チェルノブイリ原発事故の経緯の真実

雑学

チェルノブイリ原子力発電所はソビエトがウクライナの国境付近に設立した 
原子力発電である
4つの原子炉があり 5、6号炉も建設中だった 
原子炉はRBMK1000というソ連が独自に開発した炉 
大出力だがメンテナンスや操作が従来と比べて難しかった 

チェルノブイリ原子力発電四号炉は事故前夜から 
翌日の実験も為に原子炉停止作業中だった 
外部電源出力を失ったと装置しての非常事態の実験 
1983年に稼働し始めた四号炉は順調に実験の準備を進めていた 

事故当日 開始された実験は順調に進んでいると思われたがトラブルが発生 
原子炉出力が下がりすぎ オペレーションルームにいた作業員は異変に気づきながらも 
出力をあげようと安全装置のリミッターをはずす指示をだした

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四号炉のオペレーションルーム

実験は正常にもどったように見えたが作業員の見えない所で異常は続いていた 
数十分後原子炉が高温であることを知らせる警告ブザーが作動 
作業員は原因究明に躍起になるが止めることは出来なかった

原子炉はその時通常時の100倍の温度に達していた 
ブザーはなりつづくも作業員は何も出来ずに必死に原因を探していた 

そして 
1986年4月26日1時23分原子炉はメルトダウンの後爆発 

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数度続いた爆発は1000㌧の原子炉上部隔壁を吹っ飛ばし 
放射能放射線は周囲に撒き散らされた 
タービン室で働いていた作業員はふってきた瓦礫で異変に気づく 
原子炉から300m離れたオペレーションルームでは作業員が事実確認を急いでいた 
原子炉冷却水用の運河で釣りをしていた男は 
火山のような爆発だったと証言 
原子炉と建屋は一瞬で吹き飛び火災がいくつも確認された 
原子力発電所直属の消防隊がブザーを聞き 
一番早い部隊が4分後に軽装備のまま到着する 

吹き飛んだ放射能雲は西部に流されバルト海に数時間で到達した 
原子炉から3kmの距離に位置するプリピャチ市では続々と事故の報告を受けた軍隊の特殊部隊が到着していたが 
市民には知らされておらず ごく一部の住人のみが放射能を恐れ 
家に閉じこもっていた 
現場に到着した消防隊員は事故の惨状を目にするも臆せずに消化活動を行っていた 
しかし放射能は予想より協力で続々と隊員が不調を訴え病院に搬送 
200名あまりの急性障害者のうち30名ほどが命を落とした 
この隊員たちはチェルノブイリ付近の公園でその栄光を称えられているが 
その遺体は放射能を含んでいる為 鉛の棺にいれられ 二度と土に帰ることは無い 

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そうした間に放射能雲は海を超えてスウェーデンに到達した 
スウェーデンの原子力発電所では異常な放射能が検出されソビエト政府は 
この事故を発表せざるを得なくなった 

当時スウェーデンの原子力発電所では核兵器が使用されたと思われていた 
原子力発電所内では被害はそれ程ではなく 
原子炉自体は損傷していないと考えられていた 
原子力発電所の放射能測定機は4レントゲン程度の放射能を検出していたが 
その測定機が壊れており実際は20000レントゲン/hであった 
内部の作業員たちは原子炉内部に冷却水を注入しようと一夜かけて作業を続けたが 
彼らは軽装備であったため 大部分は 
事故後数週間で死亡した 

事故から三日後にようやくプリピャチ市民へ退去命令が出た 
三日分の食料を持って集合 だったので 
市民は数日で帰宅できると考えていたが彼らは二度と自分の家を見ることはなかった 

ソビエト政府は応急処置として原子炉に鉛をいれて 
核反応を抑えるように指示 
さらにその上から軍によってヘリから砂が撒かれた 

ちなみに鉛いれると温度が下がる。でも重くて底ぬけると溜まった水で爆発起こすから砂に変えたそうな 

今は1年に3cmぐらいのペースで放射性物質が地中に潜って行ってる

ホウ酸も核反応を抑えるから日本も投入してたね 
福島の場合はわからないけど チェルノブイリでは 
奇跡的にそれが効果をなしたんよう 
これらの作業は主に徴兵からまだ日にちが短い若い青年たちによって行われた 
原子炉の上部は高音で放射能も非常に強く 
危険な場所であることは明らかだったが 
隊員たちは危険ということを知らされないまま 
作業に従事していた 

ヘリからは計5000㌧もの砂が投下された 

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しかしこうした作業に従事した隊員の健康被害は重大で 
全体の80%以上がその後 病気を発症している 
ソビエト政府は原子炉をコンクリートで覆うことを決定 
そのため、ろくな防護服すら着用していない作業員は 
高濃度放射能が漏れ続ける原子炉周辺の瓦礫を 
片付けなければならなかった 

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有名な通称 象の足 

コンクリートと放射能が混ざった物質で二分間で致死量に達する 
放射線をだし続ける 
奥に裸同然の作業員が二名見える チェルノブイリの象の足とかいう見ただけで死ぬ物体

上の写真にうつっている光の帯は放射能が 
フィルムに感光したもの 
事故直後のプリピャチ市をうつした映像にも 
こうした現象が写っている 
福島第一原子力発電所でも同じようなものが確認されたが 
それがほこりやちりなのか 放射能なのかは分かっていない 

こうして驚異的なスピードで周辺の瓦礫は撤去…というより原子炉付近に固められた 
その後70万人もの作業員が 原子炉をコンクリートで 
覆う作業を開始した 
石棺と呼ばれるこの作業は最初はロボットや建設用機械を 
遠隔操作で行われていたが 
大部分が放射能で行動不能になり 
結果的に人間の手で完成した 

この作業に並行して1、2、3号炉の復旧作業が急がれた 
当時ソビエトは電力が足りておらず チェルノブイリに頼るしかなかった 
最終的に最後の3号炉が停止するのは2000年になってからである 

二度と土に還る事はないって怖い… 
こうした間も放射能汚染は続く 
当時石棺に携わった作業員たちは今 健康被害に悩まされており 
他にも精神的ショックなどでいまなお苦しんでいる人も多数いる 

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ヘリによる砂の投下 

こうしたヘリや市民の避難に使用されたバスなどは 
今はチェルノブイリ周辺の草原で朽ちている 

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子供にも深刻な影響を与えた 
当時ちいさかった子供は甲状腺癌を発症し始め 
1990年代のピークには 平均の100倍という脅威の発症率だった 
この癌を発症したあとは 甲状腺を摘出しなければならず 
手術後はその傷跡からチェルノブイリの首飾りと呼ばれた 

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放射能による被害は人間だけではなかった 
動植物も影響を受け 枯れ果てたチェルノブイリ付近の森は 
赤い森と呼ばれ 今世界でもっとも放射線量が高い地域の一つと言われて入る 

他にも動物も奇形児が生まれる例は多数あった 

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現在立ち入り禁止になっている森は奇形動物が大量にいるとされ 
住民も目撃しておることから不思議の森 などと呼ばれている 

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上の方でも載せたオペレーションルームの末路 
焼け焦げて当時の面影は無い 

チェルノブイリ原発事故はヒューマンエラーとよく言われるが 
最終的に設計自体にミスがあったとソビエトが発表している 

事故処理作業に従事した人たちは「リクビダートル 後始末する物」と呼ばれ 
その健康被害は深刻である 
チェルノブイリ付近の平均寿命は事故前と比べ10歳も低くなっている 
避難命令無視してプリピチャ市に残った老人は3週間以内に死んでたらしいな 
石棺は寿命が30年と言われており 今後の対策が必要となっている 
もっと大きいアーチ上の構造物でシェルターを作る計画も出ているが 
どうなるかは不明である 

国際原子力事象評価尺度によると 
チェルノブイリ原発事故のレベルは最高度の7 
日本の福島第一原発事故もレベル7である 

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