刑事重要判例を解説 試験対策にも「偽装心中,自殺関与,胎児傷害,危険運転致死,凶器準備集合罪,etc.」

偽装心中と殺人(最判昭和33・11・21刑集12巻15号3519頁)

【事実の概要】
 被告人は、交際中の女性Aとの関係を清算するために、別れ話を持ち出したが、Aに断られ、逆に心中を迫られた。被告人はその熱意におされて、心中することを決意したが、翌日には気が変った。被告人は、Aと別れるために、Aを山の中に誘い、心中する気がないにもかかわらず、追死する意思があるかのように装い、「先にこれを飲んで、あの世で待っていて。ボクも後から行くから」と言いながら、用意した青酸ソーダをAに手渡した。Aは、被告人が追死するものと誤信して、手渡された青酸ソーダを飲んで、死亡した。
 第1審、第2審とも、被告人の行為に殺人罪を適用した。これに対して、弁護人が上告した。

【争点】
 刑法199条は殺人罪を定め、202条は自殺関与罪と同意殺人罪を定めている。殺人罪は、死ぬ意思のない被害者の生命を侵害する行為である。刃物で急所を刺すなど直接的な生命侵害行為だけでなく、毒物をクスリと偽って、それを被害者が飲むといった被害者の行為を利用する場合にも殺人にあたる。
 これに対して、自殺関与罪・同意殺人罪は、死ぬ意思のある被害者の生命侵害に関与(同意殺人罪:承諾殺人・嘱託殺人)、または被害者に自殺を教唆し、もしくは自殺を決意している被害者を幇助する行為である(自殺関与罪:自殺教唆・自殺幇助)。
 死ぬ意思のない被害者にクスリと欺いて青酸ソーダを飲ませて死亡させれば殺人罪が成立し、死ぬ意思のある被害者に青酸ソーダだと伝えて飲ませて死亡させれば同意殺人罪や自殺関与罪が成立する。被殺者が殺してほしいと願い出て、それを受けて殺害した場合は「嘱託殺人」、被殺者に殺害することを申し向け、その承諾を得て殺害した場合は「承諾殺人」、自殺の意思を持たない者を教唆して自殺させた場合は「自殺教唆」、自殺の意思のある者を幇助して自殺させた場合は「自殺幇助」である。
 殺人罪と同意殺人罪の決定的な違いは、被害者に死ぬ意思(殺害されることへの同意)があるか否かである。また、同意殺人罪と自殺関与罪の違いは、死ぬ意思のある者が行為者によって殺害されるのか、それとも自ら命を絶つ(自殺する)のかである。死ぬ意思のある者が渡された青酸ソーダを飲んで、自ら命を絶つ場合、その行為は「自殺」であり、青酸ソーダを渡した者の行為は自殺の幇助にあたる。自殺者の自殺に関与しただけなので、殺人罪や同意殺人罪にはあたらない。
 では、本件の事案のように、心中を申し込んだのは被害者Aであり、Aには死ぬ意思があり、自ら青酸ソーダを飲んで自殺した。一見すると、Aは自殺し、被告人はそれを幇助しただけのように見える。しかし、Aの自殺の意思は被告人の追死を前提条件にしていた。追死の意思のない被告人が欺いたため、Aの自殺の意思は固まった。このように欺かれて錯誤に陥り、自殺の意思を強化した場合、Aに自殺の意思があったということができるか。
 刑法202条の「自殺」とは、被害者が承知の上で自己の生命を侵害する行為であるが(自殺の意思に基づく自殺行為)、被告人に欺かれて自殺の意思を生じたり、すでにあった自殺の意思が固まったような場合、自殺の意思があったといえるのだろうか。

【裁判所の判断】
 本件被害者は、被告人の欺罔の結果、被告人の追死を予期して死を決意したものであり、その決意は真意に添わない重大な瑕疵ある意思であることが明らかである。そして、このように被告人に追死の意思がないにもかかわらず、被害者を欺罔し、被告人の追死を誤信させて自殺させた被告人の所為は、通常の殺人罪に該当するものというべく、原判示は正当であって所論は理由がない。

【解説】
 本判決の意義は、刑法202条の「自殺」の意義について明確な判断を示した点にある。すなわち、自殺とは、たんに自らが命を絶つ行為を行うというだけでなく、自らの真意に基づいていなければならない。被害者が被告人に欺かれて自殺を決意した場合、確かに被害者は自らの命を絶つことを認識し、自らの意思に基づいているといえるが、その意思は真意に添わない重大な瑕疵ある意思であるといわなければならない。つまり、自殺の意思とは、真意に基づいて決定されたものでなければならない。

 判例は、欺罔(や脅迫など)によって自殺を決意し、それを実行しても、それが重大な瑕疵ある意思に基づいていた場合には、刑法202条の「自殺」にはあたらないと判断している。つまり、被告人が追死する意思がないことを伝えていたならば、被害者は自殺を決意しなかったであろうと判断される場合には、被害者の自殺の意思は錯誤に基づくものであって、真意に基づくものではないということである。

 なお、被害者が被告人に欺かれて、錯誤に陥って自殺を決意し、その意思は真意に基づくものであったとはいえなくても、死ぬこと(命を絶つこと)については正確に認識していたのであるから、自殺を決意するに至るまでのところで動機に重大な瑕疵があったといえても、自殺それ自体についての認識には瑕疵はない。自殺を決意した動機は錯誤に基づいているが、自らが絶つ法益が自己の生命であることの認識については錯誤はない。錯誤があっても、それは法益(生命)に関係していない場合、自殺の決意は有効であるという考え方も主張されている(法益関係的錯誤説)。

自殺関与罪と殺人罪の限界(福岡高宮崎支部判平成元・3・24高刑集42巻2号103頁)

【事実の概要】
 被告人は、A女を欺罔して自殺を決意させて、Aはマラソン乳剤原液100ccを飲んで、死亡した(詳細は裁判所の判断を参照)。

【争点】
 自殺とは、自殺者の「自由な意思」に基づいて、真意になされた自己の生命侵害である。
 自殺の教唆とは、意思の自由のない者をして、自殺の意思を生じさせる物理的・心理的な行為をいう。その結果、自殺の意思が生じて自殺した場合、自殺教唆罪(既遂)が成立し、自殺を試みたが自殺するに至らなかった場合、自殺教唆罪の未遂にとどまる。

 では、被害者を欺いて、自殺の意思を決定させた場合、その意思は「自由な意思」に基づいて決定されたといえるか。真意に基づく自殺の意思といえるか。

【裁判所の判断】
 出資法違反の犯人として厳しい追及を受ける旨の被告人の作出した虚構の事実に基づく欺罔威迫の結果、被害者A女は、警察に負われているとの錯誤に陥り、更に、被告人によって諸所を連れ回られて、長時間の逃避行をしたあげく、その間に被告人から執拗な自殺慫慂(しょうよう)を受けるなどして、更に状況認識について錯誤を重ねたすえ、もはやどこにも逃れる場所はなく、現状から逃れるためには自殺する以外途はないと誤信して、死を決意したものであり、同女が自己の客観的状況について正しい認識を持つことができたならば、およそ自殺の決意をする事情にあったもの(と)は認められないのであるから、その自殺の決意は真意に添わない重大な瑕疵のある意思であるというべきであって、それが同女の自由な意思に音づくものとは到底いえない。したがって、被害者を右のように誤信させて自殺させた被告人の本件行為は、単なる自殺教唆行為に過ぎないものということは到底できないのであって、被害者の行為を利用した殺人行為に該当するものである。

【解説】
 被告人が被害者を欺いて、または脅迫して自殺を決意させて、被害者が自殺した場合、自殺教唆罪が成立するのか、それとも殺人罪が成立するのかが問題になる。

 判例では、自殺とは自殺者の自由な意志に基づいて(真意に基づいて)自己の生命を侵害する行為であるという定義に立って、被告人が被害者を欺罔・脅迫され、それによって自由な意思決定が阻害されていたか、あるいは自由意思が著しく減退していたかを問題にする。

 例えば、被告人が「明日には核戦争が起きて、人類は滅亡するであろう。今なら、葬式を挙げてもらえる。そうすれば、あの世に行ける。死ぬなら今だ」と欺罔または脅迫し、被害者が核戦争による人類滅亡を錯誤・畏怖し、自殺を決意して、それを実行した場合、それによって自由な意思決定が阻害されたとえいるだろうか。自由な意思決定が阻害されているといえるなら、あるいは自由意思が著しく減退しているといえるなら、その自殺の意思は真意に基づいたものとはいえない。

 ただし、被害者が欺罔されて錯誤に陥ったという事実があれば、被害者の意思決定がすべて無効になるというわけではない。欺罔により錯誤に陥った事実があっても、また脅迫されて畏怖した事実があっても、それだけで自由な意思が阻害されたと評価することはできない。欺罔や脅迫があった事実を踏まえ、それがどのような内容のものであったのか、その程度を吟味したうえで、それによって被害者の意思の自由が阻害されたのかどうか、あるいは欺罔・脅迫が一般に被害者の意思の自由を阻害するほどの強度なものであったのかどうかを検討して、判断することが重要であろう。

 本件では、「あなたは出資法違反の罪で警察に追われている」と欺罔しただけでなく、長時間の逃避行を続け、置かれている錯誤を重ね、もはやどこにも逃れれる場所はない、現状から逃れるためには自殺する以外にないと誤信するほどの状況に追い込まれていたこと、その精神状態、心理状態、錯誤状況を踏まえて、自殺の意思が真意に基づかないものであると判断されている。

胎児傷害(最決昭和63・2・29刑集42巻2号314頁)

【事実の概要】 被告人は、業務上の過失により、メチル水銀を含む工場廃水を工場外の河川・海に排出し続け、それによって魚介類を汚染させた。妊娠中の女性が、その魚介類を摂取し、後に生まれた乳児が、メチル水銀による健康被害をこうむり、また死亡した。

【争点】 殺人罪・傷害罪・(業務上)過失致死傷罪は、いずれも被害者(人)の生命・健康を侵害する行為であるが、その成立の前提には、構成要件的行為が行われる際に、その行為客体(被害者)である「人」の存在が必要である。人が存在しない場合には、客体の不能(不能犯論)を理由に、殺人の故意がある場合には、殺人予備罪ないし殺人未遂の成立が否定されるだけである(行為時における一般人の認識内容を踏まえて、殺人未遂の成立が肯定される)。暴行・傷害の故意しかない場合、またはそれもない場合、傷害罪・傷害致死罪、過失致傷罪・致死罪については、未遂の処罰規定はないので、不可罰とされる。
 では、行為時において、母体のなかに「胎児」として存在していた場合については、刑法はどのような規定を設けているのか。「人」ではない「胎児」の段階においては、堕胎行為による侵害から保護される。堕胎とは故意に、胎児を母体内において死滅させる行為、自然の分娩に先立って母体から故意に人為的に排出する行為である。後者の場合、人為的に排出する行為によって堕胎罪は成立し、その生命が侵害されたことは問われない(抽象的危険犯)。堕胎罪は故意の場合にだけ処罰され、過失による堕胎は不可罰である。
 以上から、過失によって胎児を死亡・負傷させた場合、堕胎罪は故意犯であるので、過失による堕胎は不可罰である。また、胎児は人ではないので、過失致死罪・過失致傷罪は成立しない。
 では、過失によって胎児をダメージを与え、死亡しなかっらが、傷害をこうむったまま生まれてきた、または生まれた直後に、その傷害が原因で死亡した場合、どのように扱われるべきか。堕胎罪は故意犯であるので、過失による胎児への侵害は不処罰である。しかし、胎児は出生し、人となっているので、過失致傷罪・過失致死罪が成立するのか。ダメージを与えた行為時点において、行為客体である「人」は存在していなかったので、その成立は否定されそうである。そうすると、過失ゆえに堕胎罪としてだけでなく、行為時に人としての客体が存在していなかったので過失致傷罪・過失致死罪としても不可罰である。
 はたして、このような法解釈・法適用は妥当であるといえか。

【裁判所の判断】
 第1審は、排水の排出が、人に対する死傷の結果が発生する危険な行為である場合、その行為の実行の時点において、業務上過失致死傷罪の行為客体である人が存在していなければならないわけではなく、人に対する致死の結果が発生した時点において存在していれば足りるので、業務上過失致死傷罪の成立を肯定した。
 第2審は、被告人の業務上過失行為は、被害を受けた乳児が胎児8ヵ月になる時点で終了したものではなく、その行為は、胎児が母体の外に出始める(いわゆる一部露出の)時点まで継続的に行われていたものと認められるので、その行為によって一部露出した(もはや胎児ではなく)人を死傷させたとして、業務上過失致死傷罪の成立を認めた。
 最高裁は、次のように判断した。
 現行刑法上、胎児は、堕胎の罪において独立の行為客体として特別に規定されている場合を除き、母体の一部を構成するものと取り扱われていると解されるから、業務上過失致死傷罪の成否を論ずるに当たっては、胎児に病変を生じさせることは、人である母体の一部に対するものとして、人に病変を発生させることにほかならない。そして、胎児が出生し人となった後、右病変に起因して死亡・負傷するに至った場合は、結局、人に病変を生じさせて人の死または傷害の結果をもたらしたことに帰するから、病変の発生時において客体が人であることを要するとの立場を採ると否とにかかわらず、同罪が成立すると解するのが相当である。

【解説】 いずれの裁判所も、被告人の行為に業務上過失致死傷罪の成立を認めたが、その根拠が異なる。
 第1審は、行為客体に着目して、行為客体である人は、業務上過失行為が実行された時点において存在していなければならないものではなく、たとえその時点において不存在であっても、死傷の結果が発生する時点において存在していることで足りると判断した。
 第2審は、行為客体に着目せず、実行行為に着目して、それが胎児が母体から一部露出して人になった時点において継続して行われていれば、その人に対して死傷の結果が発生している以上、業務上過失致死傷罪の成立を肯定することに何ら問題はないと判断した。
 このような裁判所の根拠づけには、問題があるように思われる。第1審のように、実行行為の時点において行為客体が存在していることは必要ではないと解することも理論的には可能であるが、死傷の結果が被告人の業務上過失行為によって引き起こされた――両者の間に因果関係がある――ことが証明されなければ、無罪になってしまう。
 また、第2審のように、胎児の一部が母体から露出する時点まで、被告人の業務上過失行為が継続されていたと証明されても、同種の汚水の排出行為が継続して行われていたのではなく、種々の排水の排出行為が断続的に行われたいた場合には、被告人の排水の排出行為を一体的に捉えることはできないように思われる。な続けられていたのであるから、胎児の受けたダメージが死傷の結果が、
 最高裁は、このような問題を解決するために、実行行為の時点における人(=母体)の存在を踏まえて、致死傷の結果発生の時点における人(=乳児)の存在を根拠にして、業務上過失致死傷罪の成立を認定した。これは、具体的事実の錯誤における方法の錯誤に関する法的的符合説を応用であると思われる。例えば、故意または過失によって人=Aを死傷させようとして、隣にいた人=Bを死傷させた場合、Bに対する殺人罪・過失致死罪が成立する。意図していなかった人=Bの死傷について、法定的符合説からは故意・過失の成立が認められる。最高裁は、この学説を応用したものと思われる。
 しかし、このような事案では、Aの隣にBが存在していることを前提としているので、実行行為時においてBが存在していなければ、Bの死傷に対して故意・過失の成立は認められない。

暴行の意義(最決昭和39・1・28刑集18巻1号31頁)

【事実の概要】
 被告人は、妻Aに対して、傍らにあった日本刀を抜いて、振り回しているうちに、その切先がAの腹部に突き刺さり、失血により死亡させた。

 原審は、傷害致死罪の成立を認めた(日本刀を振り回すという暴行を故意に行ない、それから死亡を発生させた)。

【争点】
 暴行は、他人の身体に対する有形力の行使と定義されているる。一般的には、顔や手、足といった身体の部位に対して、素手で、また道具などを用いて直接接触するような方法で有形力を行使することが想定されている。
 では、直接接触しない(非接触型の)行為の場合、それは暴行にあたるか。暴行にあたらないならば、人に対して非接触型の行為を故意に行なって、負傷させたり、死亡させた場合、傷害罪にも傷害致死罪にもあたらないことになる。せいぜい、過失致傷罪や過失致死罪が成立するだけである。
 これに対して、非接触型の行為であっても暴行にあたるとするならば、傷害罪や傷害致死罪が成立する。

【裁判所の判断】
 原判決が、判示のような事情のもとに、狭い4畳半の室内で被害者を脅かすために日本刀の抜き身を数回振り回すが如きは、とりもなおさず同人に対する暴行というべきである旨判断したことは正当である。

【解説】
 刑法では、204条に傷害罪を、208条に暴行罪を規定している。その規定の方法には若干の特徴がある。
 一般に犯罪の規定は、結果犯や侵害犯の場合、一定の行為を行って、そこから法益侵害が発生するという形式で定められている。殺人罪の条文を解釈すると、人の生命を侵害しうる危険な行為を行い、それによって生命を侵害した場合に殺人罪の構成要件該当性が認められる。

 では、傷害罪はどうか。傷害罪は、人の身体を傷害した場合に成立するが、どのような行為を行うことが想定されているか。それは208条の暴行罪とセットで解釈することによって明らかになる。208条は、暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときに成立するので、傷害罪は「暴行」を行い、それによって傷害(生理的機能障害)に至った場合に成立する。従って、暴行罪は「暴行」を行い、傷害に至らなかった場合に成立する。

 つまり、暴行は傷害の原因になるうる行為であり、すなわち傷害の危険性を有する行為であると考えられる(生理的機能への危険)。そのように解すると、傷害の危険性のない身体への有形力の行使は、暴行からも除外される(友人の肩をたたくなど)。そのように解すると、有形力が人の身体へ接触しなければ傷害は発生しえないので、非接触方の有形力の行使は暴行から除外されると考えることもできそうである。

 人の身体に接触しない行為を繰り返しても、身体への侵害、生理的機能の侵害は発生しえないと解すると、非接触型の有形力の行使は、暴行にはあたらない。しかし、被害者が非接触型の行為から身をかわそうとして、避けた際に転んで負傷し、さらに死亡した場合、過失致傷罪や過失致死罪しか認められないのは、妥当とはいえない。従って、たとえ非接触型の暴行であっても、負傷と相当因果関係が認められる範囲にまで拡張し、その範囲に非接触型の有形力を暴行に含ませることも必要であろう。

 また、傷害罪と暴行罪は、個別の条文によって規定され、それれぞ法益が異なると解することもできる。例えば、傷害罪の保護法益は生理的機能であり、暴行罪は身体的安心のように区別することもできる。そうであれば、身体的安心を阻害する行為が生理的機能の侵害を発生しえなくても、それを暴行に含ませることは十分に可能であろう。

傷害の意義(最決平成24・1・30刑集66巻1号36頁)

【事実の概要】
 被告人は、大学病院において、睡眠薬の粉末を混入した洋菓子を当直医として勤務していた被害者に提供し、それを摂取した被害者が約6時間にわたる意識障害および筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせた。また、6日後、被害者が飲みかけの缶入り飲料水に同様の睡眠薬の粉末と麻酔薬を混入して飲ませ、約2時間にわたる意識障害、筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせた。

 第1審は、被告人に傷害罪の成立を認めた。これに対して、弁護人が控訴した。その理由は、次のようなものであった。「強盗致傷罪」における「傷害」と「傷害罪」における「傷害」とは、同じ「傷害」という文言で規定されているので、同じ意味において理解することができる。強盗罪の一種として「昏睡強盗罪」という類型があるが、それは「強盗罪」として扱われるだけであり、被害者が昏睡していることを理由に「強盗致傷罪」として扱われることはない。つまり、昏睡強盗罪における昏睡=意識障害は「傷害」ではないということである。このように理解すると、本件の睡眠薬等による意識障害は「昏睡」であり、それは傷害にはあたらないことになる。それにもかかわらず傷害罪の成立を認めた判決は、罪刑法定主義から問題がある。

 第2審は、昏睡強盗罪における昏睡には程度があり、それは一時的に陥り、その後回復するような昏睡であり、そのようなの場合には、昏睡強盗罪における昏睡、また準強姦罪における昏睡による「抗拒不能」に含まれるだけである。昏睡強盗罪が強盗致傷罪として扱われることも、準強姦罪が強姦致傷罪として扱われることもない。ただし、それを超える程度の昏睡=意識障害の場合、強盗致傷罪、強姦致傷罪が成立するといわなければならない。本件で問題になったのは、6時間ないし2時間にわたる意識傷害と筋弛緩作用であり、それは傷害にあたると判断される。

【争点】
 睡眠薬・麻酔薬による意識障害、筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒症状は「傷害」にあたるか。
 判例はこれを肯定した。

 睡眠薬・麻酔薬により被害者を昏睡状態=意識障害に陥れて、財物を強取したり、姦淫した場合に、強盗致傷罪、強姦致傷罪にあたるのか。それとも、昏睡強盗罪、準強姦罪にとどまるのか。昏睡強盗罪における昏睡と強盗致傷罪における意識障害とを区別する基準は何か。

【裁判所の判断】
 被告人は、病院で勤務中ないし研究中であった被害者に対し、睡眠薬等を摂取させたことによって、約6時間又は約2時間にわたり意識障害及び筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒御症状を生じさせ、もって、被害者の健康状態を不良に変更し、その生活機能の障害を惹起したものであるから、いずれの事件についても傷害罪が成立すると解するのが相当である。

【解説】
 アルコールなどの影響によって、一時的な睡眠状態に陥れ、その状態に乗じて財物を奪えば、昏睡強盗罪、その状態を利用して姦淫すれば準強姦罪が成立する。アルコールを用いた睡眠状態の惹起が強盗罪や強姦罪の手段行為である暴行に準ずるとの理解に基づいて、立法化されているのである。この睡眠状態が深刻でああれば、(昏睡)強盗致傷罪、(準)強姦致傷罪にあたる。

 強盗罪・強姦罪の手段行為としての暴行に準じて扱われる昏睡と強盗致傷罪・強姦致傷罪の加重結果である傷害とを区別する基準は、明らかではないが、意識障害に陥った時間的長さ、また原状回復に要する時間、また医師の対応の要否などを勘案んして事案に即して判断されている。

 本件では、6時間、2時間と2回に渡って被害者に意識障害・急性薬物中毒症状を発生させている。この2個の行為は、同一の行為客体であること、行為態様が同一であること、その被害内容も同じであるが、最初の行為から6日後に2回目の行為が繰り返されたものであるため、併合罪として扱うべきものである。そして、1回目の行為による意識障害などが6時間、2回目の行為による意識障害が2時間であり、自然に現状回復する性質のものであったとしても、その影響は決して軽微ではない。そのような事情を勘案するならば、傷害罪の成立を認めることができる。

 *この2個の行為は最初の行為から6日後に2回目の行為が繰り返されたものであり、同一の行為客体であること、行為態様が同一であること、その被害内容も同じであることから、包括して一罪として扱うこともできる。意識障害に陥った時間も6時間、2時間であり、一般の睡眠時間や仮眠時間と比べると同程度であり、長時間には及んでいない。

暴行によらない傷害(最決平成17・3・29刑集59巻2号54頁)

【事実の概要】
 被告人は、自宅から隣家に居住する被害者に向けて、同人に精神的ストレスによる障害が生ずるかもしれないことを認識しながら、連日連夜にわたりラジオの音声および目覚まし時計のアラーム音を大音量で鳴らし続けるなどして、同人に精神的ストレスを与え、よって全治不詳の慢性頭痛症、睡眠障害、耳鳴り症の生涯を負わせた。

【争点】
 被害者の身体に対して有形力(すなわち暴行)によって傷害を発生させうるか。

【裁判所の判断】
 被告人は、自宅の中で隣家に最も近い位置にある台所の隣家に面した窓の一部を開け、窓際及びその付近にラジオ及び複数の目覚まし時計を置き、約1年半の間にわたり、隣家の被害者らに向けて、精神的ストレスによる障害を生じさせるかもしれないことを認識しながら、連日朝から深夜ないし翌未明まで、上記ラジオの音声及び目覚まし時計のアラーム音を大音量で鳴らし続けるなどして、同人に精神的ストレスを与え、よって、同人に全治不詳の慢性頭痛症、睡眠障害、耳鳴り章の傷害を負わせたというのである。以上のような事実関係のもとにおいて、被告人の行為が傷害罪の実行行為にあたるとして、同罪の成立を認めた原判断は正当である。

【解説】
 暴行を加えた者が、被害者を傷害するにいたらなかったときは、暴行罪が成立する。暴行によって傷害にいたったときは傷害罪が成立する。暴行とは人に対する有形力の行使であり、それが被害者の身体に接触するかどうかはともかく、被害者が受けた傷害がそれに起因している場合には傷害罪が成立する。このように考えるならば、傷害罪は、暴行=有形力の行使によって惹き起こされるのが基本である。

 しかし、傷害罪の規定は、「人を傷害した者は……」と規定しているだけで、それが暴行=有形力の行使に起因するものでなければならないとはしていない。従って、暴行によらない傷害がありうるかどうかは、解釈に委ねられる。刑法は、傷害罪の規定を設けることによって、いかなる行為を規制し、どのような法益を保護しようとしているのかなどを踏まえて、傷害罪として処罰されるべき「人を傷害する行為」を限定することが求められる。

 本件は、被害者が精神的ストレスによる障害を生じさせることを意図しながら、ラジオの音声などを大音量で鳴らすなどし、それによって精神的ストレスを与えたという事実を踏まえ、その行為が傷害罪にあたると判断した。

危険運転致死傷罪(最決平成18・3・14刑集60巻3号363頁)

【事実の概要】
 被告人は、午前2時30分ころ、普通乗用自動車を運転し、信号機により交通整理の行われている交差点手前で、対面信号機の赤色表示に従って停止していた先行車両の後方にいったん停止した。
 しかし、同信号機が青色表示に変わるのを待ちきれず、同交差点を右折進行すべく、同信号機がまだ赤色信号を表示していたのに構うことなく発進し、対向車線に進出して、上記停止車両の右側を通過し、時速約20キロメートルの速度で自車を運転して同交差点に進入しようとした。
 そのため、折から右方道路から青色信号に従い同交差点を左折して対向進行してきた被害者運転の普通貨物自動車を前方14・8メートルの地点に認め、急制動の措置を講じたが間に合わず、同交差点入口手前の停止線相当位置付近において、同車右前方部に自車右前部を衝突させた。
 その衝突によって、同人に加療約8日間を擁する顔面部挫傷の傷害を、同人運転車両の同乗者にも加療約8日間を擁する頸椎捻挫等の傷害をそれぞれ負わせた。被告人は、危険運転致死傷罪の赤色信号殊更無視類型に問われた。

 本罪は、赤色信号を殊更無視し、かつ重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させる行為である。つまり、①赤色信号の殊更の無視、②重大な交通の危険を生じさせる速度での自動車運転の二つの行為から、③人の死傷結果が発生することが成立要件である(①・②→③ 結果的加重犯の類似形態)。

 第1審、控訴審において、「重大な交通の危険を生じさせる速度」にあたるかどうかが争われたが、いずれも同罪の成立を認めた。

 被告人が上告した(③は、①・②から生じたのではなく、先行車両の右側を通過して、対向車線に出たことから生じたと主張した)。

【争点】
 被告人は、進行方向の信号機が赤色を表示しているときに、先行車両の右側を通過し、時速約20キロメートルの速度で右折するために交差点に進入しようとした。その行為が、
①「赤色信号を殊更無視し」にあたるのか、
②かつ「重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」にあたるのか、
③そして、それから被害者の傷害が発生したのか。
この①②と、そこから③が発生したことが肯定できるならば、危険運転致死傷罪の赤色信号殊更無視類型の成立が肯定される。

【裁判所の判断】
 所論は、被告人が自車を対向車線上に進出させたことこそが同車線条で交差点を左折してきた被害車両と衝突した原因であり、赤色信号を殊更に無視したことと被害者らの傷害との間には因果関係が認められない旨主張する。しかし、被告人が対面信号機の赤色表示に構わず、対向車線に進出して本件交差点に進入しようとしたことが、それ自体赤色信号を殊更に無視した危険運転行為にほかならないのであり、このような危険運転行為により被害者らの傷害の結果が発生したものである以上、他の交通法規違反又は注意義務違反があっても、因果関係が否定されるといわれはないというべきである。

【解説】
 被告人は、進行方向の信号機が赤色表示であることを認識していたが、交差点を右折するために、先行車両の右側を通過し、対向車線に進入した。この行為は、赤信号をことさら無視しているといえる。
 そして、時速20キロメートルで交差点に進入しようとした。この行為は、「重大な交通の危険を生じさせる速度」で自動車を運転したといえるか。時速20キロメートルという点に着目すると、さほど急なスピードではないように思われるが、それが交差点手前であり、かつ対向車線を超えている以上、それにあたるということもできる。
 さらに、その被告人の行為から、被害者の傷害が発生したといえるか。被告人は、被害者の車両が右側から左折してくるのを認めた時点で、急ブレーキをかけて、対向車線上を超えて、さらに停止線相当位置付近において被害車両と衝突したのであるから、先行車両の右側を、そのような速度で進行しなかったならば、衝突は避けえたであろうといえる。それゆえ、被告人の運転行為から被害者の傷害が発生したものと認めることができる。
 弁護人は、被害者の傷害は、被告人が自車を対向車線上に進出させたことであり、「赤色信号をことさら無視したこと」との間には因果関係はないと主張する。しかし、進行方向の信号機が赤色を表示しているときには、先行車両の後ろで青色に変わるのを待つのが規則であるにもかかわらず、赤色を示していることを知りながら、先行車両の右側を通過して、対向車線に進出したことが、被害者の傷害を引き起こしているのである。このような一体的な行為のうちから、「赤色信号をことさら無視したこと」だけを取り出し、それと被害者の傷害との因果関係の有無を問題にするというのは妥当な議論とはいえない。

凶器準備集合罪の罪質(最決昭和45・12・3刑集24巻13号1707頁)

【事実の概要】
 構想関係にあったT派所属の400名とZ派所属の300名が、都内の某公園内において、それぞれの集会を開催した。両派の距離が狭まり、接点付近でもみ合いが始まった。T派の50名がZ派に襲いかかった。Z派もこれに応戦したが、公園の外に追い出された。
 その乱闘の際、T派は長さ1メートルの角棒を持って殴打するなどした。ただし、その角棒は、公園内の集会場に参集する前にあらかじめ用意され、携行されていたことは認められなかった(T派の一部の者(T1)が角棒を隠し持っていたが、他の者(T2)はそれを知らなかったが、T派がZ派への襲撃を開始したあと、T2が、T1がZ派を角棒で攻撃しているのを見て、T1に加勢し、T1から角棒を手渡されて、Z派を侵害(傷害罪)した可能性がある)。
 Z派を公園の外に追い出した後、T派は、公園内の元の場所に戻って集会を継続した。Z派も公園内に戻り、応戦の構えを見せた。ここに機動隊が割って入り、両派を検挙した。
 以上の事実関係において、被告人らに凶器準備集合罪が成立するかが争われた。

【争点】
 刑法208条の2第1項は凶器準備集合罪を、第2項は凶器準備結集罪定めている。
 凶器準備集合罪は、2人以上の者が他人の生命、身体または財産に対する共同加害目的をもって集合した場合において、凶器を準備して集合したとき、または凶器が準備されてあることを知りながら集合したときに成立する。

 凶器準備結集罪は、前項の場合において、凶器を準備しながら、人を結集させたとき、またはその準備があることを知りながら人を結集させたときに成立する。

 共同加害目的を持った2人以上の者が、凶器を準備して、また凶器が準備されていることを知りながら集合すること、またはそこに人を結集させたことが、本罪の構成要件的行為の中心部分である。その行為が行われたことによって本罪は成立する。その後、共同加害目的にかかる行為が開始されれば、問題はその行為が該当する罪の共同正犯へと移っていく。つまり、集合・結集によって本罪は成立し、それによって終了する(状態犯)。

 それとも、共同加害目的が実行に移され時点において、それを実行している集団は集合状態にある。この集合状態に関して、凶器準備集合罪がなおも継続して成立していると解しうるならば(継続犯)、共同加害行為の開始以降に、この集団に参加した者にも、凶器準備集合罪が成立することになる。それに対して、凶器準備集合罪は成立し終了していると解するならば、凶器準備集合罪は成立しない。

 T派がZ派を襲撃したときに用いた長さ1メートルの角棒が、集合する前に準備されていたかどうかが不明であった。本件で争われたのは、2つの問題である。1つは、この角棒が凶器準備集合罪における「凶器」に該当するのかである。かりに「凶器」に該当するとして、T派がZ派への襲撃を開始したあと、T1がZ派を角棒で攻撃しているのを見て、T2がT1に加勢し、T1から角棒を手渡されて、Z派を侵害(傷害罪)した場合、傷害罪の共同正犯とは別に、凶器準備集合罪が成立するのか。これらの問題が争われた。

【裁判所の判断】
 長さ1メートル前後の角棒は、その本来の性質上人を殺傷するために作られたものではないが、用法によっては人の生命、身体または財産に害を加えるに足りる器物であり、かつ、2人以上の者が他人の生命、身体または財産に害を加える目的をもってこれを準備して集合するにおいては、社会通念上人をして危機感を抱かせるに足りるものであるから、刑法208条の2にいう「凶器」に該当する。

 刑法208条の2にいう「集合」とは、通常は、2人以上の者が他人の生命、身体または財産に対し共同して害を加える目的をもって凶器を準備し、またはその準備のあることを知って一定の場所に集まることをいうが、すでに、一定の場所に集まっている2人以上の者がその場で凶器を準備し、またはその準備のあることを知ったうえ、他人の生命、身体または財産に対し共同して害を加える目的を有するに至った場合も、「集合」にあたる。

 凶器準備集合罪は、個人の生命、身体または財産ばかりでなく、公共的な社会生活の平穏をも保護法益とするものと解すべきであるから、右「集合」の状態が継続するかぎり、同罪は継続してい成立している。

【解説】
 2人以上の者(T1)が、共同加害の目的をもって、凶器を準備して一定の場所に集合し、またはその準備のあることを知って集合した場合、凶器準備集合罪が成立する(T1の場合、本罪が成立するのは明らか)。
 凶器が準備されていることを知らない、また共同加害目的を持たない2人以上の者(T2)が、一定の場所に集合した後、集合した者の一部の者(T1)が凶器を用いて他人に共同加害行為を開始したため、初めてT1の凶器が準備されていることを知り、そのうえで他人に対して共同加害目的を有するに至った場合も、T1による凶器準備集合の状態が続いている。
 T2は、T1が凶器を準備して集合しているのを知りながら、そこに参加(集合)していったので、T2にも凶器準備集合罪が成立する。共同加害行為については、傷害罪の共同正犯などが問われる。

保護責任者の意義(最決昭和63・1・19刑集42巻1号1頁)

【事実の概要】
 産婦人科医である被告人は、妊婦Aから嘱託を受けて堕胎した後、妊娠ん26週目の未熟児を出産させ、同児を保育器に収容するなどの未熟児の保育に必要な医療措置を施すことなく、バスタオルに包み、自己の病院内に放置して、分娩後54時間経過後、同児を死亡させた。

 第1審は、被告人の本件胎児の母体外への排出行為は優生保護法上の人工妊娠中絶にあたらず、業務上堕胎罪が成立し、またAとの黙示の意思連絡の上、生育可能な新生児に対して「生存に必要な保護」をせず死に至らせたとして、Aとの副菜による共同正犯として保護責任者遺棄(不保護)致死罪が成立するとした。

 第2審は、第1審の判断を支持した。これに対して、弁護人が上告した。

【争点】
・堕胎罪は胎児の生命への危険犯か、それともその生命の侵害犯か?
 堕胎罪とは、自然の分娩期よりも早く人為的に胎児を母体の外に排出する行為であるが、このような行為を行えば、生まれた新生児は母体外で死亡する危険がある。生まれた新生児が母体外で生育可能な状態にあったとしても、死亡する危険が認められれば、堕胎罪が成立するか。それとも、結果的に死亡しなかった場合には堕胎罪の成立は否定されるのか。

・堕胎後に新生児の生存に必要な保護をなすべき保護責任は誰にあるのか?
 胎児を人為的に母体の外に排出し、その新生児が生育可能な状態にあっても、一人で生きることは不可能である。母親や医師がその生存に必要な保護をしなければ、新生児は死んでしまうことは明らかである。このような保護をなさなかった場合、保護責任者遺棄(不保護)罪が成立するか。また、その結果、新生児が死亡した場合、保護責任者遺棄(不保護)致死罪が成立するか。

・妊婦が嘱託して産婦人科医に堕胎を嘱託した場合、妊婦には何罪が成立するか?
 妊婦が産婦人科医に堕胎を嘱託し、医師が堕胎させた場合、医師には業務上堕胎罪(刑214条)が成立するが、妊婦には何罪が成立するか。業務上堕胎罪の教唆か? それとも自己堕胎罪(刑212条。医師に嘱託して堕胎させた行為は「その他の方法」にあたる)か?

【裁判所の判断】
 被告人は、産婦人科医師として、妊婦の依頼を受け、自ら開業する医院で妊娠第26週に入った胎児の堕胎を行なったものであるところ、右堕胎により出生した未熟児(推定体重1000グラム弱)に保育器等の未熟児医療設備の整った病院の医療を受けさせれば、同児が短期間内に死亡することはなく、むしろ生育する可能性のあることを認識し、かつ、右の医療を受けさせるための措置をとることが迅速容易にできたにもかかわらず、同児を保育器もない自己の医院内に放置したまま、生存に必要な保護を何らとらなかった結果、出生の54時間後に同児を死亡するに至らしめたというのであり、右の事実関係のもとにおいて、被告人に対し業務上堕胎罪に併せて保護責任者遺棄致死罪の成立を認めた原判断は、正当としてこれを是認することができる。

【解説】
 被告人の産婦人科医は、妊婦の嘱託を受けて、自然の分娩期に先立って胎児を母体外に排出した。その行為は、胎児の生命にとって危険である。堕胎罪は、胎児の生命への危険犯である。従って、新生児が母体外で生育可能な状態にあっても、被告人の行為には業務上堕胎罪が成立する。

 堕胎によって生まれてきた新生児が、もはや母体外で生育する可能性がなく、様々な医療措置をほどこしても効果がなく、死んでしまった場合、その死亡の結果は、堕胎行為を原因として生じたものであり、堕胎罪以外の罪の成立を根拠づけるものではない。

 本件のように、新生児が母体外で生存可能な状態にあっても、一人で生きていくことはできないので、妊婦や医師による一定の医療措置が必要になる。そのような措置を施す責任のある者が、その義務に反して何もなさなかった場合、保護責任者不保護罪が成立する。

 この問題は、新生児の生存に必要な保護をなすべき者は誰なのか、誰が保護責任者不保護罪にいう「保護責任者」にあたるのかという事実認定の問題である。裁判所は、医師が保護責任者にあたると認定した上で、新生児の母体外での生育可能性があったこと、医療措置を施せば短時間内に死亡することはなかったこと、保育器のある医療機関に運ぶなどすることが迅速に可能であり、容易であったことなどから、医療措置を施さなかったことと死亡との因果関係を認め、保護責任者不保護致死罪の成立を肯定した(ここでの不作為と結果の因果関係の認定は、「十中八九、結果の回避が可能であった」という判断方法を適用していると思われる)。

 新生児が死亡したのは、元をたどれば堕胎したからであるが、その死は医療措置を施せば防げたのであるから、死の結果と因果関係は堕胎行為ではなく、医療措置を講じなかったことにある。

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