刑事判例資料集を法学部生にもわかりやすく解説「不法原因給付,キセル,無銭飲食,誤振り込み,詐欺etc.」

不法原因給付と詐欺罪(最判昭和25・7・4刑集4巻7号1168頁)

【事実の概要】
 被告人は、経済統制法規によって取引が規制されている錦糸1梱(こん)半を闇相場の54万円で買い受ける契約をし、2万円(手付金)を渡した。被告人は、残代金の52万円を支払うにあたって、2個のカバンのうち1個には現金25万円を入れ、他の1個には古雑誌などを入れて現金が入っているように見せかけ装い、2個のカバンに合計52万円が入っているように装って、被害者に残代金の支払いを受けるものと誤信させ、同人から錦糸1梱半の交付を受けた。被告人は被害者への27万円の支払い義務を免れた。

 原審は、被告人の行為について詐欺罪の成立を認めた。これに対して被告人が上告した。被害者が売却した錦糸は「国有錦」であり、その取引は経済統制法によって規制されている。被害者には、これを売却する自由はなく、従って「売却」したとしても、その対価を受け取る権利はない。したがって、被害者が国有錦を売却した後、その対価を受け取ることがきなくても、それは当然のことである。法により取引が禁止された国有錦を販売し、欺かれて代金を受け取ることができなくても、そこには刑法が保護すべき法益の侵害は発生していない。さらに、闇相場で物を売り買いする「闇取引」は、当事者が任意に行う財産的処分であるので、それは刑法の保護対象には入らない。本件の行為もまた闇取引における駆け引きの範囲内にあるから、経済統制法規で処罰されることも、また刑法の詐欺罪で処罰されることもない。

【争点】
 戦後直後の経済統制法規では、国有錦糸(絹織物用の糸)は取引が規制されていた。取引自体が規制されているのであるから、それを売買する契約を結んでも法的に無効であり、そのような契約は法による保護の対象から除外される。したがって、「販売したのに、代金が支払われない」と被害を訴えることはできない。また、相手方に錦糸の返還を請求することもできない(民法708条:不法原因給付物には返還請求権は認められない)。

 このように損害賠償を請求することも、返還請求することもできない物について、被害者を欺いて交付させ、その占有を取得した行為に詐欺罪が成立するのか。成立するというならば、民法上の財産の保護の考え方と、刑法による財物の保護の考え方の間に違い(矛盾)が生ずることになる。民法では保護しないが、刑法では保護される。そのような理屈が通るならば、1国の法秩序のなかに、このような矛盾した2つの考えが成り立つことになるが、それははたして妥当か。妥当ではないであろう。しかしながら、民法には民法固有の目的・課題が、刑法には刑法固有の目的・課題があり、それらが違っていても、決して「矛盾」とはいえないであろう。そのように考えるならば、不法な原因に基づいて財物を給付・交付させた行為に詐欺罪が成立する余地がある。

【裁判所の判断】
 欺罔手段によって相手方の財物に対する支配権を侵害した以上、たとい相手方の財物交付が不法の原因に基づいたものであり、民法上其返還又は損害賠償を請求することができない場合であっても、詐欺罪の成立をさまたげるものではない。

 詐欺罪のごとく他人の財産権の侵害を本質とする犯罪が処罰されるのは、たんに被害者の財産権を保護することだけが目的なのではなく、人を欺いて財物を交付させるという違法な手段による行為が、社会の経済秩序を乱すおそれがあるからである。社会の秩序を乱すという点に関しては、闇取引によって行われた欺罔行為も、通常の取引の場合と同じである。経済統制法規によって処罰される闇取引であっても、このように社会の秩序を乱す方法で相手を欺いて財物を交付させている以上、刑法の詐欺罪の適用を免れない。

【解説】
 不法な原因に基づいて給付した財物は、返還請求することができない(民708)。たとえ欺かれて給付した場合であっても、不法原因に基づいている以上、返還請求することはできない。例えば、「代金を支払うから」と欺かれて、覚せい剤や拳銃のような所持すること自体が法によって禁止されている物を引き渡したとする。その後、代金の支払いを拒否されても、「だまされた。覚せい剤を返してくれ」と返還請求できるかというと、それはできない。相手方は、返還請求に応ずる義務はない。

 しかし、このような民法上、返還請求権と返還義務がなくても、刑法では財物を欺いて交付させている以上、財物詐欺罪が成立する。返還請求できない物に対しては所有権など主張できないと考えられるが(覚せい剤を所有する自由はない)、刑法の窃盗罪や財物詐欺罪によって保護される法益は、財物に対する事実上の占有である。財物に対する法的で適正な占有はもちろん、返還請求権の及ばない物であっても、それを事実上占有している者については、その占有もまた保護される。

国家的法益と詐欺罪の成否(最決昭和51・4・1刑集30巻3号425頁)

【事実の概要】
 国は、その所有する未墾地を旧農地法61条以下の規定により売却処分することを公示した。被告人XとYは、国が定める増反者等の選定の基準適格者ではなかったが、Zがその資格を持っていたので、Zと共謀して、県知事に対してZ名義で買受予約申込書などの必要書類を提出し、本件未墾地の所有権を得た。Zには、その土地を保有し、開墾利用して自己の農業経営にあてる意思はなく、国から本件未墾地の売り渡しを受けた後は、その所有権をYに移転させることを意図していた。被告人らは、この事情を秘して、県知事に欺いて、本件国有地を取得した。ただし、旧農地法には、このような行為を処罰する規定はなかった。検察官は、被告人らを詐欺罪で起訴した。

【争点】
 財物詐欺罪(刑法246条1項)は、人を欺いて財物を交付させる行為である。欺くことによって錯誤に陥れ、それに基づいて財物の交付を受け、それを取得することによって成立する。

 欺くとは、虚偽の事実を真実であると誤信させることである。Xが「私はZです」と述べて、県知事を欺いた場合、それは作為による欺く行為(欺罔ぎもう行為ともいう)である。Zが「取得した土地を開墾する意思がない」ことを秘して、県知事が「自分Zにはその意思がある」と誤信させた場合、それは不作為による欺く行為であるが、「開墾する意思がない」という真実を告知すべき義務があったにもかかわらず、その義務に反して不作為の態度をとった場合でなければ、欺いたとはいえない。Zに真実を告知すべき義務はあったのか。当時の旧農地法には、県知事を欺いて未墾地を取得する行為を処罰する規定はなかったので、告知義務はなかった。

 詐欺罪は、個人的法益に対する罪の章に規定されているので、欺いて交付させた財物は個人が所有または占有する財物である。土地に対する他人の占有を排除して、事実上支配すると、窃盗罪ではなく、不動産侵奪罪が成立する。窃盗罪の行為客体の財物には不動産は含まれない。ただし、詐欺罪の場合、その行為客体の財物には不動産が含まれる。判例・通説は、それを認める。

 では、国家が所有する土地を欺いて取得した場合、個人的法益に対する罪である詐欺罪は成立するか。

【裁判所の判断】
 欺罔行為によって国家的法益を侵害する場合でも、それが同時に、詐欺罪の保護法益である財産権を侵害するものである以上、当該行政法(旧農地法)が特別法として詐欺罪の適用を排除する趣旨のものと認められない限り、詐欺罪の成立を認めることは、大審院時代から確立された判例であり、当裁判所もその見解をうけついで今日に至っているのである。

【解説】
詐欺罪は、人を欺いて、錯誤に陥れ、その錯誤に基づいて財物を交付させて、それを自己または第三者にの支配領域内に移転させる(占有する)行為(246条1項)、また財産上の利益の処分行為をさせて、自己または第三者に得させる行為(同2項)である。

 これらは、客体が財物と利益とで異なるだけで、それ以外の要件は同じである。しかも、詐欺罪は「個人的法益に対する罪」の章に規定されているので、個人の財物・利益以外の国家、自治体、法人などの財物・利益は、本罪の行為客体には含まれないと解することもできる。

 しかし、本件の事案では、県知事を欺いて、旧農地法の未墾地を取得した行為につき、刑法の財物詐欺罪の成立を認めた。国家所有の財産に対して、刑法の個人的法益に対する罪の規定を適用したのはなぜか。

 形式論から見れば、個人的法益に対する罪の規定を国有地の詐取事案に適用することはできないように思われるが、しかし県知事という「人」を欺いて、未墾地という「財物」(詐欺罪の客体の財物には不動産も含まれる)を交付させているので、詐欺罪が成立すると解することもできる。

 ただし、国家や法人が所有する財物を刑法ではなく、農地法という特別法で保護し、その規定を適用することを定めている場合には、刑法(一般法)ではなく、特別法(特別刑法)が優先的に適用される(「特別法は一般法に優先する」という原則)。開墾する意思がないにもかかわらず、それがあるかのように装って農地を取得する行為について、農地法が一定の処罰規定を設けている場合には、一般法である刑法ではなく、特別法である農地法が優先的に適用される。農地法に処罰規定がない場合には、刑法の詐欺罪の規定が適用されたのである。

詐欺罪と財産上の損害(1)(最決昭和34・9・28刑集13巻11号2993頁)

【事実の概要】
 被告人は、17名の顧客に対して、中風や小児麻痺などの難病に特効のある新しい治療機器と称して電気あんま器(価格1500円程度)を販売し、代金として金員(2100円)を受け取った。

【争点】
 詐欺罪は、人を欺いて財物を交付させる行為である。虚偽の事実を真実であると告知して、人を錯誤に陥れ、それによって財物を交付させ、その占有を取得すれば、(財物)詐欺罪が成立する。

 相手を欺いて錯誤に陥れ、商品購入の意思を生じさせて、代金として金銭を交付させたが、相手方がその代金に相当する商品を受け取った場合、財物詐欺罪は成立するのか。

 条文は、財物を交付させたことによって成立すると規定しているので、それによって何らかの財産上の損害が発生することは詐欺罪の成立要件ではないと思われる(財産的損害発生不要説)。しかし、財産上の損害が全く発生していないにもかかわらず、あるいはそれが僅かであるにもかかわらず、詐欺罪の成立を認めるのは妥当でないようにも思われる(財産的損害発生必要説)。

 かりに財産的損害の発生が必要であると解した場合、その実態はどのようなものか。交付した金員の金額と受け取った商品の価格が対応していれば、財産的損害は発生していないと言うことも可能である。交付した金銭がやや多く、その差額が僅かであれば、財産的損害は発生しているが、刑罰で対応しなければならない被害とはいえない場合もある(実質的個別財産害必要説)。

 しかし、欺かれて先祖代々守ってきた土地を売り渡して、相当対価を受け取った場合、差額のような損害は発生していなくても、そのような土地を手放したことそれ自体が損害であると解することもできる(形式的財産的損害必要説)。

 本件は、最高裁が一定の判断を示した事案である。

【裁判所の判断】
 たとえ価格相当の商品を提供したとしても、事実を告知するときは相手方が金員を交付しないような場合において、ことさら商品の効能などについて真実に反する誇大な事実を告知して相手方を誤信させ、金員の交付を受け取った場合は、詐欺罪が成立する。

【解説】
 本件では、被告人は1500円程度の電「気あんま器」を特定の疾患に特効がある「医療機器」と称して販売し、客から2100円を交付させた。600円の差額が生じているので、財産的損害の発生が要件であるとする立場からも、形式的にも実質的にも損害が発生しているといえる。

 かりに、被告人が客に1500円の電気あんま器を医療機器と称して客に売り、客から1500円を交付させた場合でも、つまり被告人が客に価格相当の商品を提供した場合でも、詐欺罪が成立すると判断された。この判断は、財産的損害発生不要説の立場からの判断であると思われる。詐欺罪の規定は、「財物の交付」によって成立すると規定しているので、その財物の金額価格に相当する商品が提供されたことは、詐欺罪の成否に影響しない。

 このような判例の見解は、財産犯のなかには、「個別財産に対する罪」と「全体財産に対する罪」の2種類があって、詐欺罪は「個別財産に対する罪」であり、「全体財産に対する罪」は背任罪だけであるという考えに基づいている。「個別財産に対する罪」とは、詐欺罪だけでなく、窃盗罪や強盗罪、恐喝罪、横領罪などの犯罪であり、それは個々の行為客体の財物の占有を取得したり、財物を領得することによって成立する犯罪である。それに対して、「全体財産に対する罪」とは、被害者の財産状態にプラスとマイナスが生じて、それを全体として見たときに悪化している場合に成立する犯罪である。財産犯としては背任罪だけである。

 このような財産犯の分類に従えば、判例の見解を理解することができよう。ただし、このような判断は、形式的財産的損害発生必要説からも同じように示すことができる。

詐欺罪と財産上の損害(2)(最判平成13・7・19刑集55巻5号371頁)

【事実の概要】
 被告人らは、大阪府から「くい打ち工事」を請け負い、その工事を進めていたところ、その工事によって生ずる汚泥の処理量が約522立方メートルと見積もられていたにもかかわらず、実際には約45立方メートルほどであったため、被告人らは、見積量と実際の処理量が大きく食い違うと、工事完了検査に合格しないことを恐れ、522立方メートルの汚泥を適正に処理したとする内容虚偽の処理券を作成した。
 被告人らは、この処理券を大阪府の担当者に提出し、見積量とほぼ同量の汚泥を処理したとの錯誤に陥らせて、検査に合格後、担当者に検査調書を作成させた。被告人らは、大阪府に対して、当該検査調書を送付し、府の職員に支払決済させ、被告人の会社の口座に7288万円を振替入金を行わせた。

 第1審は、検査員が処理券の虚偽に気が付いていたならば、汚泥の処理が適正になされた否かを検査するために、合格が留保されたであろうから、被告人らの行為によって府の担当者が錯誤に陥り、それによって支払金が決算され、入金されたとして、その因果関係を認め、詐欺罪の成立を肯定した(詐欺の被害額は7288万円)。

 第2審は、不法投棄があったと認定し、その場合には支払い代金が減額されることを理由にして詐欺罪の成立を認めた(工事によって生じた汚泥は、産業廃棄物として処理業者に有償で廃棄を依頼しなければならないが、被告人らはそれを不法に投棄し、45立方メートルまで減らした。工事代金の7288万円は、処理された汚泥が522立方メートルの場合の金額であって、汚泥が45立方メートルであれば、その分だけ減額される。つまり、45立方メートルの汚泥処理分の工事代金は正当であって、差額の477立方メートル分の汚泥処理分の工事代金を受け取ったのは不当である。控訴審がこのように判断したとすれば、それは「個別財産に対する罪」としての本件の財物詐欺罪を「実質的個別財産説」の立場から理解したものと理解することができる。

【争点】
 詐欺罪は、人を欺いて→錯誤に陥れて→財物の交付行為or利益の処分行為をさせて→それが移転することによっで成立する。詐欺罪の成立は、→の印で示した因果経過をたどることが必要である。

 虚偽の事実を真実であると告知すれば、相手はそれを信じて、錯誤に陥る。その錯誤に基づいて、財物を交付する。欺罔行為が財物の交付を誘発するのが、詐欺の特徴である。かりに虚偽の事実を告知して、被害者を欺いて、錯誤に陥らせて、財物を交付させても、その財物が交付される予定になっていた財物である場合、その財物の交付は欺罔行為によって誘発されたとはいえない。そのような場合、それは詐欺の未遂にあたるか。その財物が交付されるべき財物であるなら、人を欺き、錯誤に陥らせているが、それと当該財物の交付とは関連性がないので、詐欺の未遂にはあたらないように思われる。

 ただし、その財物交付が予定されていても、その交付の方法や時期が決まっている場合、欺いて、別の方法・時期に財物を交付させたならば、話は異なってくる。欺罔行為によって錯誤に陥れて、予定時期よりも不当に早く交付させたというならば、その交付された財物は、交付が予定されていた財物とは社会通念上別個のものであるので、詐欺既遂罪が成立することになる。

【裁判所の判断】
 最高裁は、支払額が減額されるという原判決の判断を否定して、判決を破棄し、原審に差し戻した。
 請負人が本来受領する権利を有する請負代金を欺罔手段を用いて不当に早く受領した場合には、その代金全額について刑法246条1項の詐欺罪が成立することがあるが、本来受領する権利を有する請負代金を不当に早く受領したことをもって詐欺罪が成立するというためには、欺罔手段を用いなかった場合に得られたであろう請負代金の支払いとは社会通念上別個の支払に当たるといい得る程度の期間支払を早めたものであることを要すると解するのが相当である。第1審判決は、被告人両名が内容虚偽の処理券を提出したことにより、これを提出しなかった場合と比較して、工事完成払金の支払期間をどの程度早めたかを認定していないから、詐欺罪の成立を認める場合の判示として不十分であるといわざるを得ない。
 差戻審(高裁)は、詐欺罪の成立を否定した。

【解説】
 被告人らは、大阪府からくい打ち工事を請け負った。その工事終了後には請負代金を受け取る権利がある。被告人らの会社の口座に振り込まれたのは、受け取る権利があるこの請負代金である。これについて詐欺罪が成立するというためには、虚偽の処理券を提出するなど欺いた行為によって、被告人らが本来受け取る請負代金を「不当に早く」受け取った場合だけである。そのような場合にだけ、被告人らは、受け取る権利のある請負代金ではなく、それとは社会通念上別個の支払金を受け取ったということができるからである。

 大阪府の請負工事の場合、大阪府は請負業者が提出した書類が形式的に整っていれば、それをもとにして請負代金を支払うことになっているようである。「書類には虚偽の時効が記載されていない」という前提があるようである。そうであれば、被告人らの手続は一応適正であり、7288万年全額につき受け取る権利がある。後に虚偽が発覚した場合、大阪府は請負業者に返還するよう求める。虚偽の申し立てをして、その返還義務を免れた場合には、利益詐欺罪が成立する。

詐欺罪と財産上の損害(3)(最決平成22・7・29刑集64巻5号829頁)

【事実の概要】
 被告人は、Bらと共謀して、カナダへの不法入国を計画している中国人のために、A航空のチェックインカウンターの係員に対して、その中国人をBとしてカナダ行きの飛行機に搭乗させる意図を秘して、あたかもB自身がその飛行機に搭乗するかのように装い、B自身の航空券と日本国旅券を係員に提示して誤信させて、搭乗券を交付させた。また、被告人はCらと共謀して、同様の行為を行った。被告人は、詐欺罪の共同正犯(刑法60条、246条1項)で起訴された。
 第1審は詐欺罪の成立を認めた。被告人が控訴したが、控訴審も原審の判断を維持し、控訴を棄却した。
 これに対して被告人が上告した。

【争点】
 海外旅行する際に、まず旅行代理店で航空券を予約し、「予約券」(Eチケット)を受け取る。そして、飛行場の受付カウンターの係員に対して、その「予約券」とパスポートを提示して、「搭乗券」を受け取り、荷物などを預ける。そして、出国手続のために、搭乗券とパスポートを提示して、搭乗ロビーに移動する。そして、飛行機に搭乗する際に、搭乗券とパスポートを提示して、最終確認を終えて、飛行機に乗る。

 ある日本人が搭乗券の交付後に、その人と顔が似た中国人に搭乗券とパスポートを渡し、その中国人がその搭乗券とパスポートを持って、出国手続をとって飛行機に搭乗し、カナダに入国したとする。その中国人はカナダの入管法の不法入国罪にあたる。それに協力した日本人は、その幇助罪にあたる。また、中国人は日本から適法に出国していないので、日本の入管法の不法出国罪にあたる。それに協力した日本人は、その幇助罪である。しかし、日本には日本人の出入記録だけがあり、カナダにはその日本人の入国記録しかない。中国人がその日本人になりすまして、日本を出国し、カナダに入国したことを知るにはどうすればよいのか。

 このような「そっくりさん」が全世界にいる。それを止めさせるためには、指紋認証などのシステムを導入する必要がある。しかし、日本国のパスポートの申請時に外国人が日本人になりすました場合には、指紋認証システムも効果がない。日本から不法に出向し、カナダに不法に入国した外国人を捕えるのは難しい。それに協力した日本人を捕えるのも難しい。

 しかし、出国手続の際に、係官が日本語で質問して、外国人であるため上手く答えられないことがある。このようにして不法出国が事前に発覚することもある。その外国人は不法出国の未遂(入管法71条:1年以下の懲役)、それに協力した日本はその幇助が成立する(刑法63条、68条1項3号:6月以下の懲役)。

 国境を超える犯罪が世界的な問題になっているなか、それに協力した日本人が6月以下の懲役で済むというのは疑問である。厳罰を求めるならば、その日本人が行った行為が別の刑罰法規に触れていないかどうか、そちらの法定刑の方が重くないかどうかを調べる必要がある。そこで活用が期待されのが、詐欺罪(10年以下の懲役)である。被告人(日本人)が、搭乗カウンターの係員を欺いて、搭乗券を交付させたというならば、財物詐欺罪で処罰できる。

 しかし、自分名義の予約券とパスポートを提示して、自分宛ての搭乗券の交付を受けているので、問題はなさそうである。とはいえ、被告人は自分が搭乗せず、外国人に搭乗させる計画を秘密にしていたのである。係員はそれを知らずに、その日本人が搭乗すると勘違いして、搭乗券を交付した。被告人が係員にその計画を秘したことが「欺く行為」であったといえるなら、それは財物詐欺罪にあたる。

【裁判所の判断】
搭乗券の交付を請求する者自身が航空機に搭乗するかどうかは、本件係員らにおいてその交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきであるから、自己に対する搭乗券を他の者に渡してその者を搭乗させる意図であるのにこれを秘して本件係員らに対してその搭乗券の交付を請求する行為は、詐欺罪にいう人を欺く行為にほかならず、これによりその交付を受けた行為が刑法246条1項の詐欺罪にあたることは明らかである。

【解説】
 人を欺いて錯誤に陥らせて、財物を交付させれば、詐欺罪が成立する。
 欺く行為は、虚偽の事実を真実であると誤信させることであるが、それを積極的に告知する「作為」の場合もあれば、真実を告知しないことによって、錯誤に陥らせる「不作為」の場合もある。不作為の場合、真実を告知すべき義務があるにもかかわらず、その義務を果たさなかった不作為が欺く行為にあたる。

 本件では、最高裁は、「自己に対する搭乗券を他の者に渡してその者を搭乗させる意図であるのにこれを秘して本件係員らに対してその搭乗券の交付を請求する行為」と述べて、被告人に意図の内容を係員に告知する義務があったか否かについて明らかに述べてはいない。被告人が意図を秘したという事実を不作為と捉え、それが欺く行為にあたるというのであれば、その点を明確にする必要がある。しかし、被告人が「意図を秘して、あたかも自分が搭乗するつもりであるかのように装った」というふうに事実認定し、それは作為であると判断するならば、作為義務の問題は起こらない。

誤振込み(最決平成15・3・12刑集57巻3号322頁)

【事実の概要】
 被告人は、通帳の記載から、入金される予定のないBからの振込み(75万31円)があり、誤振込みであることを知ったが、これを自己の借金の返済に充てようと考え、銀行の窓口係員に対し、誤った振込みがあった旨を告げることなく、その時点で残高が92万円余りになっていた預金額のうち、88万円の支払いを請求し、同係員から88万円の交付を受けた。

 第1審は、詐欺罪の成立を認めた。預金債権を有する口座名義人といえども、誤振込みであることを認識した以上、当該振込金相当額を引き出して現金化することは、「銀行取引の信義則」からして許されない行為というべきである。対銀行との関係で見る限り、右誤振込みの金額部分にまで及ぶ預金の払い戻しを受ける正当な権利は有しないものと解するのが相当であるから、口座名義人がその情を秘し通常の正当な預金払戻しであるかのように装って同払戻し請求を行うことは、違法な欺罔行為に該当する。従って、詐欺罪が成立する。

 第2審も、原審の判断を維持して、控訴を棄却した。銀行の実務として、振込依頼人と受取人との間での紛争に銀行が事実上、巻き込まれるおそれがあることなどに照らすと、被告人から払戻請求を受けた銀行としては、当該預金が誤振込による入金であるということは看過できない事柄というべきであり、誤振込みの存在を秘して入金の払戻を行うことは詐欺罪に該当する。

 被告人が上告した。

【争点】
 Bが被告人の預金口座に誤って75万円ほどを振込んだ。

 そもそも、誤振込みされた金銭であっても、口座の名義人はそれに対する正当な権利を有するならば、いかなる罪も成立しない。

 誤振込みされた預金には正当な権利は及ばないならば、その預金を占有しているのは誰か。

 この預金を占有しているのは銀行であるなら、誤振込みされた預金が自分の正当な預金であるかのように装って(作為)、銀行員を欺いて払戻しさせる行為は、詐欺罪にあたる。あるいは、銀行員に誤振込みの事実を隠す不作為によって(告知すべき義務に反して)、払戻しを受ける行為であっても、詐欺罪にあたる。

 この預金を占有しているのは口座の名義人であるなら、銀行員に対して自分の正当な預金であると装う場合も、また誤振込みの事実を秘す場合も、払戻しを受ける行為は、自己の占有する他人の物を横領する行為であり、横領罪にあたる。

【裁判所の判断】
 自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には、銀行に上記の措置を講じさせるために、誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があると解される。社会生活上の条理からしても、誤った振込みにについては、受取人において、これを振込依頼人等に返還しなければならず、誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないのであるから、上記の告知義務があることは当然というべきである。そうすると、誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求することは、詐欺罪の欺罔行為い当たり、また、誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤にあたるというべきであるから、錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する。

【解説】
 誤振込みの場合、振込依頼人は一般的に正しく振り込んだと思い込んでいる場合が多い。本来の受取人から振込みがなされていないことを指摘されて、ようやくそれに気づくのがほとんどである。

 本来の受取人が依頼人に未振込みを指摘するまでに、口座の名義人が誤振込みに気づいたとき、信義則上、銀行に誤振込みのあったことを告知すべき義務がある。社会生活の条理からしても、誤って受け取った人は振込依頼人に変換すべき義務がある。

 その義務に反して、預金口座から誤振込み分を含む預金の払い戻しを請求する行為は、不作為による欺く行為といえる。そして、銀行係員が預金を払戻して、その現金を交付することで、詐欺罪が成立する。

 詐欺罪が成立するのは、誤振込みされた預金は、銀行が占有しているからである。

無銭飲食・宿泊(最決昭和30・7・7刑集9巻9号1856頁)


【事実の概要】
 被告人は、所持金もなく、かつ支払の意思もないにもかかわらず、支払うかのように装って、旅館に数日間宿泊し、3万2290円相当の飲食の提供を受け、その後「自動車で帰宅する知人を見送ると欺罔して被害者方の店先に立ち出でたまま逃走し」、その代金合計3万2290円の支払いを免れた。

 第1審は、刑法246条1項と2項の区別をせずに、246条を適用して、詐欺罪の成立を認めた。
 被告人は、最初から対価を支払う意思がないのにあるように装って相手方から給付を受ける財物詐欺罪の場合と相手方から給付を受けた後に支払いを免れるために欺罔行為を行う利益詐欺罪の場合とでは、成立時期に相違が生ずるにもかかわらず、原判決はその認定について首尾一貫しないと主張して、控訴した。

 第2審は、被告人の控訴を棄却した。犯人が最初から欺罔の意思をもって飲食遊興した場合でも、相手方を最終的に欺罔した行為が終了した時点において、代金の支払いを免れようとする欺罔行為が終了し、ここに詐欺罪は既遂に達したというべきであって、包括的に1個の詐欺罪が成立する。

【争点】
 詐欺罪(刑法246条)には、財物詐欺罪(1項)と利益詐欺罪(2項)がある。
 財物詐欺罪は、人を欺いて錯誤に陥らせて、財物を交付させる行為であり、利益詐欺罪は、人を欺いて錯誤に陥らせて、利益を処分させる行為である。

 最初から代金を支払う意思がないにもかかわらず、それがあるかのように装って相手を欺いて、錯誤に陥れて、飲食を提供させた場合、飲食は財物にあたるので、提供させた時点で財物詐欺罪が成立する。これに対して、当初は支払いの意思があったにもかかわらず、その後支払う意思がなくなり、代金の支払いを免れるために、相手を欺いて、錯誤に陥れて、代金の請求を放棄する意思表示をさせて、代金の支払いを免れた場合、債務や支払い義務の免除は利益にあたるので、利益詐欺罪が成立する。

 財物詐欺罪の場合、飲食を注文する時点で詐欺罪の実行の着手が認められ、飲食の提供がなされた時点で既遂に達する。これに対して、利益詐欺罪の場合、飲食後、代金の支払時に、相手方を欺いた時点で詐欺罪の実行の着手が認められ、代金の請求を放棄する意思表示がなされた時点で既遂に達する。無銭飲食が詐欺罪にあたるとしても、財物の場合と利益の場合で既遂の時期が変わる。本件では、いずれの詐欺罪が問題になっているのか。財物か、利益か。

【裁判所の判断】
 詐欺罪で得た財産上の利益が、債務の支払を免れたとこであるとするには、相手方たる債権者を欺罔して債務免除の意思表示をなさしめることを要するものであって、単に逃走して事実上支払をしなかっただけでは足りるものではないと解すべきである。されば、原判決が「原(第1審)判示のような飲食、宿泊をなした後、自動車で帰宅する知人を見送ると申欺いて被害者方の店先に立出でたまま逃走したこと」をもって代金支払を免れた詐欺罪の既遂と解したことは失当であるといわなければならない。しかし、第1審判決の確定した本件詐欺事実は……、逃亡前すでにAを欺罔して、代金32290円に相当する宿泊、飲食等をしたときに刑法246条の詐欺罪が既遂に達したと判示したものと認めることができる。されば逃走して支払を免れた旨の判示は、本件犯罪の成立については結局無用の判示というべく、控訴を棄却した原判決は結局正当である。

【解説】
 第1審は、被告人は最初から支払う意思がなく飲食を受けたこと、そして友人を見送るといって外に出て、そのまま逃走し、支払を免れたことを認定したが、前者が財物詐欺罪、後者が利益詐欺罪にあたることを述べずに、「詐欺罪」が成立すると判断した。この第1審の判断は、本来分けられるべき財物詐欺罪と利益詐欺罪を分けて論じていないので問題がある。

 これに対して、第2審は、被告人が最初から欺罔の意思をもって飲食遊興した(財物詐欺罪が問題になる)場合であっても、代金の支払いを免れようとする欺罔行為が終了し、そして支払いを免れた時点で(財物)詐欺罪が既遂に達したと判断している。財物詐欺罪の実行から始まり、途中から支払を免れる利益詐欺に切り替わっていても、それは全体として財物詐欺罪の実行行為として理解することができるという主張である。しかも、欺かれた被害者が支払い請求を放棄する意思表示をしていないにもかかわらず、支払を免れたと認定した点には問題がある。最高裁は、この点を「失当」と非難している。従って、被告人に欺かれた被害者が支払いの請求を放棄する意思を表示していない以上、この事案では利益詐欺罪は問題にはならない。これが最高裁の考えのようである。

 そうすると、本件で問題になりうるのは財物詐欺罪だけである。それは成立しうるだろうか。そこで最高裁は、第1審判決が「被告人が被害者を欺罔して、代金32290円に相当する宿泊、飲食等の提供を受けたと事実を認定したことを根拠にして、その時点で財物詐欺罪が成立していると判断した。第1審は財物詐欺罪と利益詐欺罪を混同するような判断をしたものの、財物詐欺罪が成立することを根拠づける事実については正確に認定していたので、財物詐欺罪が成立することに間違いはない。そうすると、第1審や第2審が、被告人が逃走して支払を免れたことについて言及するのは無用である。第2審が被告人の控訴を棄却したのも、結果論ではあるが、正当である。

キセル乗車(大阪高判昭和44・8・7判時572号96頁)


【事実の概要】  被告人Xは、A(米子)駅からD(京都)駅まで乗車する意思があったにもかかわらず、A(米子)駅・B(上井)駅間の乗車券とC(園部)駅・D(京都)駅間の乗車券だけを購入して、B(上井)駅・C(園部)駅間の乗車料金の支払いを免れることを計画した。Xは、A駅で乗車する際に、本当はD駅まで乗車し、途中のB・C駅区間を無賃乗車する意図を隠して、A駅の改札係員にA・B駅間の乗車券を提示して乗車した。Xは、B駅までの間に車内検札を受けた後、B・C駅間の乗車券を持っていないにもかかわらず、精算せずに乗車を続けた。Xは、D駅に到着後、その行動に不信に思い尾行していた鉄道公安員に乗車券の提示を求められ、C・D駅間の乗車券を提示したが、未使用だったため職務質問を受け逮捕され た。Xは利益詐欺罪で起訴された。
 第1審は、鉄道営業法29条の不正乗車罪の成立するが、利益詐欺罪については、欺罔行為が行われたとはいえないとして、その成立を否定した。利益詐欺罪における欺罔行為は、被害者が財産上の利益を処分する行為(B・C駅間の乗車料金の支払い義務の免除)に向けられたものでなければならない。そして、被害者の財産的処分行為と結果(B・C駅間の乗車料金の支払い義務を免れたこと)との因果関係は直接的なものでなければならない。Xが「キセル乗車」の意図を秘して、A駅の改札係員にA・B駅間の乗車券を提示した行為は、A駅構内に入場して、A駅から列車に乗車する機会を得ることに向けられたものである。A駅の改札係員がXにA駅から列車に乗る機会を与えても、Xが財産上不法 な利益を得たとはいえない。Xの行為が利益詐欺罪にあたるためには、XがB・C駅間の乗車料金の支払い義務を免除する許諾行為(処分行為)に直接向けられ、それを行わせるために欺罔行為を行っていなければならないが、A駅の改札係員にはB・C駅間の乗車料金の支払いを免除する許諾権はない。従って、被告人はA駅で欺罔行為を行ったことにはならない。
【争点】  第1審の判断の理屈で考えると、被告人に利益詐欺罪が成立するためには、以下の事実が必要である。まず前提として、この事案において問題になる財産上の利益は、B・C駅間の乗車料金の支払いの免除である。これが前提である。この利益の処分権は誰にあるか。その支払いの免除を許諾する権限は誰にあるか。A駅の改札係員は、被告人がA駅から乗車するための有効な乗車券を所持していることを確認するだけであって、その後のB・C駅間の乗車料金について職務は及ばない。被告人はB駅やC駅で降車していないので、B駅・C駅の係員に対する欺罔行為や、彼らの処分行為は問題にはなりえない。そうすると、D駅の改札係員だけが残る。
 もし被告人がD駅の改札係員に対して、B・C駅間の乗車料金が未払いであることを秘して、C・D駅間の乗車料金を提示したなら、D駅の係員は「この乗客はC駅で乗車してきた」と錯誤し、B・C駅間の未払いの乗車料金の請求は行わないであろう。つまり第1審の論理を前提にすれば、被告人の欺罔行為は、D駅の改札係員の「B・C駅間の未払いの乗車料金を請求しない」という不作為の処分行為(しかも、それは無意識に行われる)に向けられたものでなければならないことになる。そうすると、被告人は、D駅の改札係員に対してC・D駅間の乗車券を提示する前に、つまり利益詐欺罪の実行に着手する前に、鉄道公安員に逮捕されているので、利益詐欺罪は未遂にもならない。鉄道営業法の不正乗車の罪が成立するにとどまる。
【裁判所の判断】  破棄自判(原審の判断を破棄し、裁判所自らが改めて判断を示した)。利益詐欺罪の成立。懲役3月。執行猶予2年。
 Xが乗車区間の一部について乗車券を所持していても、その乗車券を行使することが不正乗車による利益を取得するための手段としてなされるときは、権利の行使に仮託したものに過ぎず、とうてい正当な権利の行使とはいえないから、その乗車券を有する区間を包括し、乗車した全区間(A・D駅間)について(利益)詐欺罪が成立する。
 Xが不正乗車の意図を秘して、A駅の改札係員に乗車券を提示した場合、その乗車券は有効であっても、不正乗車の手段として行われているので、それによって詐欺罪の実行の着手が認められる。A駅の改札係員は、錯誤に陥ったため、その乗車券を回収することができず、被告人の駅構内に入場させた。そのため、列車の車掌は被告人に対して、「D駅まで輸送する」という有償的役務を提供する処分行為を行った(作為)。これによってXは、D駅までの輸送という利益を得た。
 詐欺利得罪における利得は、処分行為から直接生ずるものでなくてはならないが、同罪は、被欺罔者以外の者(列車の車掌)が処分行為をする場合であっても、被欺罔者(A駅の改札係員)が組織体(国鉄・鉄道会社)の一職員であって、被欺罔者(A駅の改札係員)のとった処置により、当然にその組織体の他の職員(列車の車掌)から有償的役務の提供を受け、これによって欺罔行為をした者(X)が財産上の利益を得、または第三者をして得させる場合にも成立するものと解すべきである。従って、Xの改札係員に対する欺罔行為は、国鉄職員の右処分行為に直接指向されたものというべきであり、また、右処分行為はXの利得と直接因果関係があるから、 詐欺利得罪にいう欺罔行為および処分行為があったといわなければならない。
【解説】  不正乗車やキセル乗車は、「タダで電車に乗ること」である。被告人はそれによって「得」をした、「利益」を得た。鉄道会社はそれによって「損」をした、「利益」を失った。この場合の「利益」とは何か。第1審は、本件の「利益」はB・C駅間の未払い乗車料金の支払い義務(債務)の免除であることを前提にしていた。これに対して、控訴審は「A・D駅間の輸送という有償的役務」が「利益」であると捉えている。このように「利益」の捉え方が異なれば、その喪失が問題になり始める時期(利益詐欺罪の実行の着手時期)も異なる。第1審では、D駅の改札係員にC・D駅間の乗車券を提示する時点であり、控訴審ではA駅の改札係員に対してA・B駅間の乗車券を提示する時点である。
 以上の問題に加えて、本件の事案において、被欺罔者と財産的処分行為者とが同一人物である必要があるか否かが問題になっている。一般的に言えば、財物の場合も、利益の場合も両者が同一であることがほとんどであるが、本件のような国鉄・鉄道会社という組織体が相手の場合、組織体では分業体制がとられていることが多いのでのが、直接目の前にいる人を欺いても、その人が処分行為を行う権限があるとは限らない。控訴審が、このような事情を踏まえて、A駅の改札係員が欺かれたときに、列車の車掌による有償的役務の提供が当然に行われる場合について、欺罔行為が処分行為に直接向けられていたことを認めたのは興味深い。

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