公職選挙法における事後買収罪の解釈論上の問題について

公職選挙法における事後買収罪の解釈論上の問題について

 はじめに
 一 本件公訴事実の概要
 二 公職選挙法の事後買収罪の成立要件について
 三 選挙人および選挙運動者買収罪の成立要件について
 四 本件の事案における検察官の主張について
 五 結論

 はじめに

 本稿は、公職選挙法被告事件(平成30年(わ)130号)に関して、山口地方裁判所刑事部に提出した意見書に起訴状および検察官の「冒頭陳述要旨」と若干の補正を加えたものである。

 一 本件公訴事実の概要


 本件の公訴事実は、以下のとおりである(固有名詞は記号で記載する)。
 公訴事実
 被告人は、平成29年10月1日施行のX県Y市議会議員一般選挙に立候補したCの選挙運動者であったものであるが、同選挙に際し、前記Cに投票又は同人のために選挙運動若しくその周旋活動をしたことの報酬とする目的をもって、同月9日、X県Y市内の割烹Zにおいて、同選挙の選挙人及び選挙運動員である別紙一覧表記載のDほか10名に対し、1人当たり1459円ないし2459円相当の酒食の供応接待をしたものである。

 罪名及び罰条
 公職選挙法違反 同法221条第1項第1号、第3号

 本件の事実関係の概要は、検察官の「冒頭陳述要旨」に以下のとおり記載されている(固有名詞は記号で記載し、事実関係に直接関係のない事項は省略する)。

(罪名)公職選挙法違反                        (被告人)A
 第1 身上関係
1宗教法人U寺(以下、寺院と略す。)V寺院3世住職の長男として、X県内で出生、大学卒業後、(省略)V寺院の18世住職に就き、犯行時に至る。
2(省略)
3(省略)

 第2 事実関係
1犯行に至る経緯
(1)寺院における被告人の立場等
 寺院には、本家のV寺院、傍系のW寺院があり、被告人がV寺院の18世住職に、その長男がW寺院の4世住職に就いていたところ、長男は若年であることから、被告人が、事実上、両寺院の住職として活動していた。
(2)被告人及び寺院門徒による過去の選挙運動経験等
 被告人は、平成21年施行のY市議会議員選挙に際し、寺院の門徒から初当選を目指して立候補したBを当選させるため、寺院の女性門徒で構成される仏教婦人会(以下、仏婦会と略す。)、その他の門徒らに依頼して、電話による投票依頼等の選挙運動を実施し、Bは同選挙に当選した。
 平成25年施行のY市議会議員選挙には、Bが再選を目指して立候補したほか、寺院からCが初当選を目指して立候補した。被告人は、B、C両名を等しく支援すれば寺院の門徒の票が割れ、共倒れするなどと懸念し、寺院としてBを支援する方針とした。
 Cは、同選挙において市民団体「ふるさとを考える会」(以下、「考える会」と略す。)の支援を受けて選挙活動を展開したが、被告人は、仏婦会の会員にCのウグイス嬢として活動するよう依頼したり、Cの地元である地区の門徒に、Cの後援会への入会を勧誘するなど側方支援をした。
 BおよびC両名は、同選挙に当選し、被告人は、同選挙後、Bが主催した慰労会に参加者として出席した。
(3)本件選挙においてCを応援した経緯
 平成29年春頃、Bが同年施行のY市議会議員選挙(以下、本件選挙と略す。)への不出馬を表明した一方で、Cは、2期目の当選を目指して立候補することを表明した。
 被告人は、寺院として全面的にCを支援する方針としたが、Cが前回選挙で最下位当選であったこと、前回選挙以降、「考える会」が解散し、Cの後援会会長が他界していたこと、前回選挙時、仏婦会による選挙運動を取り仕切った女性門徒が、対立候補者の支援に回ったことなどの状況から、Cの再選を危ぶんでいた。
(4)被告人による選挙運動や門徒に対する運動依頼等
 ア 被告人は、同年7月頃以降、Cの後援会リーフレットを門徒に配布し、門徒らに後援会への加入を勧誘し、寺院発行の新聞にCが立候補した旨掲載して広報するなどした。
 また、被告人は、仏婦会会長を務めるEに、同会会員らによるCの選挙応援を依頼したほか、同会会員FおよびGにウグイス嬢を依頼し、付き合いのある葬祭業者従業員に選挙カーの運転を依頼するなどした。
 さらに、被告人は、選挙期間中である同年9月26日から同月28日にかけ、3度にわたり開催されたCの個人演説会に自ら出席するとともに、寺院門徒を動員し、同月27日に開催された個人演説会では、寺院を会場として提供するなどした。
イ 被告人からCの選挙応援を依頼されたEは、仏婦会の会員を動員して、役割分担の下、寺院納骨堂2階に被告人が設置させた2台の固定電話を利用して電話による投票依頼を行ったり、寺院の台所において弁当を作り、選挙事務所に配布したり、寺院門徒の名簿を元に選挙用葉書の宛名書きをして投函するなどした。
 被告人は、選挙用葉書の宛名書きに際し、仏婦会会員らに依頼して、同葉書の通信面に「苦戦しております。」旨記載させた上、「寺院住職」の印を押印させるなどした。
ウ 一方で、Cは、「考える会」の元会員であるHに後援会会長を依頼するなどし、Hら元同会会員は、主として選挙事務所における選挙運動等を行っていた。
エ 同年10月1日、本件選挙が施行され、Cは、925票を獲得して定員22名中20位で当選した。
(5)被告人が、本件選挙後、選挙人、選挙運動者に対する慰労会を開催しようと考えていたこと
 被告人は、Dら門徒らに対し、本件選挙期間中から、「選挙が終わってCさんが当選したら、パーッとやろういね。」など声をかけ、同年10月1日の投開票日にCが当選するや、選挙事務所において、周囲の門徒らに対し、「熱が冷めんうちにやろういね。」などと言い、近日中に慰労会をやろうと声をかけていた。
(6)本件会合場所の利用状況等
 被告人は、かねて本件会合場所である割烹Zの女将であるIの内縁の夫の葬儀を執り行ったことをきっかけとして、寺院の年間行事の打ち上げ等で、割烹Zを利用していた。
 割烹Zでは、1人当たりの料理代金が最低5000円、酒や清涼飲料は別料金で提供していた。被告人は、かねてから寺院の年間行事の打ち上げに際して、1人当たり5000円の料理を割烹Zで予約していたが、行事の手伝いをしてくれた門徒に対する謝礼の趣旨から、門徒からは、1人当たり2000円ないし3000円の会費しか徴収せず、食事代金との差額を負担していた。
 また、被告人は、打ち上げ等の際には、寺院に寄進されるなどした酒類を予め割烹Zに持ち込み、これを飲酒していた。
(7)本件会合準備状況等
ア 被告人は、同月3日、Dが経営する印刷業者に立ち寄り、Dと、近日中に、本件選挙に当選したCの当選祝いと市会議員を勇退したBの慰労会を開催したい旨話し合った上、居合わせたBに対し、同月7日の都合を尋ねた。
イ Eは、同実には、別の予定があったうえ、投開票日直後に祝賀会を開催することが公職選挙法に抵触することを懸念し、1か月程度の期間を置いて開催することを提案したが、被告人は、「ボランティアで手伝った門徒をねぎらう意味であるから、選挙の熱が冷めないうちに開催したい。」などと言い、同月9日午後6時から、割烹Zにおいて、男性3000円、女性2000円の会費で本件会合を開催することとした。
ウ 被告人は、本件選挙運動等を行った門徒のみならず、「考える会」の元会員ら選挙事務所スタッフについても、割烹Zの食事代金と会費の差額を負担するつもりであった。
エ 被告人は、同月3日、Cに電話をかけ、同人に本件会合の開催を伝えると共に、Cにおいて、選挙事務所スタッフを本件会合に誘うよう依頼した。
 Cは、当選直後にかかる会合に出席することが、公職選挙法に抵触するのではないかと不安を感じたが、熱心に支援してくれた被告人の気遣いをむげにできないなどと考え、参加を了承した。
 Cは、自らが本件会合参加者の会費の一部を負担すべきであると考え、それを被告人に申し出たところ、被告人から10万円を用意するよう言われた。
オ また、被告人は、その頃、Eに電話をかけて、選挙運動等に従事した門徒を本件会合に誘うよう依頼し、さらに、割烹Zに電話をかけ、同月9日午後6時から、1人当たり5000円の食事により、30名程度が参加する宴会を予約した。
 さらに、被告人は、旧知の間柄でもある寺院門徒のJ、Kのほか、F、前記葬祭業者従業員及びその妻子を、自ら本件会合に誘った。
 なお、被告人は、同月3日又は4日頃、Dと本件会合の段取りを計画する中、横断幕の作成やC及びBに贈る花の費用が必要であると考え、女性門徒の会費を3000円に変更することを決めたが、選挙事務所の女性スタッフの会費については2000円のままにしようと考えた。
カ 被告人は、同月6日、D経営の印刷業者において、「祝 Cさん、今後のご活躍を期待いたします」、「ほっ Bさん 心よりご慰労申し上げます」などと記載した横断幕や、発行者を「寺院住職 A」とする領収書を作成した。被告人は、これまでに寺院の年間行事後の打ち上げで、領収書を発行したことはなかった。
キ 被告人は、同日の夜、Bから、Iが商工会の行事で北海道に行っており、本件会合前日である同月8日に帰山する旨聞き、割烹Zに電話をかけたうえ、Iの妹に対し、本件会合の料理は、オードブルでも構わない旨告げた。
ク 被告人は、同月9日午後1時過ぎ頃、D及びBと共に割烹Zに赴き、会場となる広間に横断幕を設置したり、配席を決めるなどし、その際、寺院で保管していた焼酎2、3本を持ち込んだうえ、一旦、帰宅した。

2犯行状況等
(1)被告人は、同日午後6時前頃、寺院名義の車両3台で参加者を迎えに行った上、割烹Zに送り届けた。
 参加者は、受付をしていたDとEに対し、それぞれ2000円ないし3000円の会費を支払った。
 被告人は、会費は一律3000円だと考えていたDから、「会費を2000円だと聞いている参加者がいる。」旨報告を受けたが、その差額は、自ら負担する旨答えた。
 また、被告人は、その頃、Cから10万円の支払いの申し出を受けたが、Bから祝儀として2万円を受け取っていたことから、Cからも同額の2万円を受け取るにとどめた。
(2)被告人は、同日午後6時頃から、自ら司会進行を務めて本件会合を開催し、公訴事実記載の犯行に及んだ。
(3)なお、参加者中、公訴事実別表記載の本件会合の参加者は、被告人から本件会合に誘われた当時から会合終了に至るまで、割烹Zに支払う食事代の一部を被告人が負担するであろうことを認識していたが、その他の参加者は、被告人から本件会合に誘われた当時からその旨認識していなかったか、当時はその旨認識していたものの、会合終了までの間に、その認識をなくしたものである。

二 公職選挙法の事後買収罪の成立要件について


 検察官は、上記の公職選挙法被告事件の起訴状と冒頭陳述要旨において、被告人の行為が公職選挙法第221条第1項第3号の罪に該当すると主張している。以下において、公職選挙法の基本的性格、選挙人・選挙運動者の事前買収罪および事後買収罪の要件の特徴、両罪の関係を踏まえた上で、検察官の主張の当否について検討する。

1公選法の基本的性格
 公職選挙法(以下、公選法と略す。)は、公選の公務員を選出するための規則と手続を定めた法であり、公明かつ適正な選挙を実施するために様々な規定を設けている。それに法的な基礎を与えているのは、憲法と地方自治法である。
 憲法は、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」(憲15条1項)、「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」(同3項)、「すべての選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問われない」(同4項)と規定し、公務員を選定および罷免する選挙を国民の固有の権利として保障している。さらに、衆議院および参議院の「両議院の議員およびその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない」(憲44条)と定め、また地方公共団体の組織および運営に関しても、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」(憲92条)とし、国会および地方公共団体の組織と運営に関して特別の法律を設けるとしている。このような憲法の地方自治原則に基づいて、地方自治法は、「普通地方公共団体の議会の議員及び長は、別に法律で定めるところにより、選挙人が投票によりこれを選挙する」(地自法17条)と定め、選挙権および被選挙権の要件を規定している(地自法18条、19条)。国会および地方公共団体の公務員の選挙に関する手続と規則を定めるのが公選法である。
 公選法は、「日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明かつ適正に行われることを確保し、もって民主政治の健全な発展を期すること」を目的としている。公選法は、民主政治の健全な発展という目的を実現するために、選挙が公明かつ適正に施行されるための制度と規則を詳細に定め、選挙の公明および適正と選挙人の意思表明の自由を侵害・危殆化する行為を規制・禁止している。その方法は、大別して2つある。
 第1は、選挙を公明かつ適正に施行する見地から、禁止行為を類型化して行政的に規制する方法である。例えば、公選法11条1項(禁錮刑以上の刑に処せられ、その執行が終わっていない者など)、11条2項(公職選挙法違反の罪を犯したことにより被選挙権を有しない者)などの規定に該当するために被選挙権を有しない者は、公職の候補者となることはできない。その要件に該当する者がたとえ立候補を表明しても、それは法的に無効である。公選法は、このように立候補の資格要件を明確にすることによって、選挙の公明と適正を確保している。
 第2は、選挙人や被選挙人(候補者)の意思表明の自由を侵害ないし危殆化する行為を類型化し、刑罰を用いて規制する方法である。例えば、特定の候補者を当選させるために、選挙人や選挙運動者に対して金銭を供与しまたは供応接待するならば、それは選挙人の意思表明の自由に対して不正な影響を及ぼし、それによって選挙の公明と適正に著しい影響を及ぼすことになる。それは、候補者と選挙運動者が候補者の政策と実績、人柄を訴えて、当選を得るのではなく、選挙人の票や選挙運動者の選挙活動をカネやモノで買い上げて、それによって当選を得るということを意味する。また、選挙人や選挙運動者がカネやモノを目当てにして、選挙の前後において特定候補者に投票したことまたはしなかったこと、その候補者のために選挙運動をしたことまたはしなかったことの報酬として候補者や他の選挙運動者に金銭や供応接待を求めるならば、自由な意思表明と選挙運動を阻害し、それよって選挙の公明と適正に甚大な影響を及ぼすことになる。それは、候補者の政策と実績、人柄に共感して投票し、またはその当選を得るために選挙運動に従事するのではなく、カネやモノを目当てにして投票行動や選挙運動を決め、それによって候補者の当選を促すことを意味する。いずれも選挙の公明および適正を否定する行為に他ならない。公選法は、このような選挙における選挙人の意思表明の自由や選挙運動者の選挙運動の自由を買収する行為、さらには選挙人や選挙運動者が自らの自由を売り込む行為を規制するために、峻厳な刑罰で臨んでいる。
 これら2つの方法は、選挙の公明と適正を害する行為を規制する点において共通しているが、立候補の無効という行政的な処分で対処するか、それとも刑罰を科すかという法律効果の点において大きな違いがある。公選法上の禁止行為であっても、処罰の対象となる限り、刑法典の総則規定が適用される(刑8条)。従って、刑罰権の濫用とその恣意的な行使がなされないよう、犯罪の成立要件は刑法の基本原則に基づいて明確化されなければならない。

2公選法の罰則の基本構造と保護法益
 公選法は、第16章の罰則において、様々な選挙犯罪を類型化している。例えば、特定の候補者を当選させ、または当選させないために、選挙人や選挙運動者に対して利益を供与などし、または選挙人や選挙運動者が特定の候補者を当選させ、または当選させないために、候補者らに利益の供与を要求するなどする「選挙人・選挙運動者買収罪」(221条、222条)、立候補を辞退させるなどの目的に基づいて候補者などに対して利益を供与するなど「候補者買収罪」(223条)、選挙に際して候補者・選挙運動者などに暴行や威力を加え、またはそれらの者を拐引する「選挙自由妨害罪」(225条~235条)、詐偽の方法をもって選挙人でない者を選挙人名簿または在外選挙人名簿に登録させたり、また選挙人でない者が投票などを行う「不正投票に関する犯罪」(236条~238条)、選挙運動期間より前に選挙運動し、または投票を依頼するために戸別訪問をする「事前運動罪・戸別訪問罪」(239条)、さらに飲食物の提供、禁止文書・図画の配布、新聞・雑誌などの不正利用など選挙運動に関する各種の違反行為(243条~244条)などが類型化されている。
 これらの犯罪類型は、選挙人・選挙運動者や候補者の権利、すなわち投票・選挙運動の自由や被選挙権の自由な行使を侵害ないし危殆化し、またはその自由を取引の対象として自ら歪めることによって、選挙の公明および適正に有害な作用を及ぼす行為である。選挙権と被選挙権は、意思表明の自由という個人の基本的人権であり、選挙の公明および適正を確保し、選挙制度と代議制民主主義を形式的にも実質的にも保障する法的基礎である。従って、公選法上の選挙犯罪の保護法益は、選挙人・選挙運動者、候補者の被選挙権を核に据えて理解しなければならない。選挙制度は、憲法に明記された国民主権と住民自治の原則に基づく代議制民主主義の制度として、有権者・選挙人が国政・地方自治へ参加する権利を保障する制度である。政治参加のための制度である以上、最大限の自由が尊重されるべきであり、その自由を侵害し、有害な影響を及ぼす行為は厳しく規制されねばならないが、同時にその手段として刑罰権を行使することは慎重でかつ謙抑的でなければならない。選挙において清廉潔白さを求めるあまり、選挙人や候補者に対して過剰なほどの倫理性を求めるならば、少しでも疑惑があれば、公選法違反として問題視し、漏らさず断罪するような社会風潮を作り上げてしまいかねない。そのような過剰な反応が繰り返されるならば、選挙が実施されるたびに違反行為が繰り返されているかのように報じられ、選挙には不正が付きものであるかのような印象を与え、結果として選挙に対する有権者の期待や信頼を損ねてしまいかねない。最終的には、民主的な政治の実現を願う人々を選挙から遠ざけてしまうことになるであろう。選挙の公明および適正と民主的な政治の実現を望む世論が過度に刑罰に依存することがないようにするために、自由な選挙が保障され、公共的な政治意識が育まれる社会的環境が作られねばならない。選挙と選挙運動に対する刑罰権の過度な介入に歯止めをかけるために、公選法上の各種の選挙犯罪の規定の目的および保護法益を、選挙人・選挙運動者および候補者の選挙権・被選挙権を基本に据えて構成し、選挙犯罪の成立要件を理論的に明確化することが望まれる。
 各種の選挙犯罪の規定のなかでも重要な位置を占めているのが、公選法第221条の選挙人および選挙運動者買収罪であり、選挙の公明および適正を確保し、選挙人と選挙運動者の自由を保障する立場から解釈・適用することが望まれる。本罪は、金銭供与・供応接待だけでなく、その申込みが行われただけで成立する規定になっている。金銭供与等を申込む行為に選挙の公明・適正を害する危険性が内在しているという意味において、本罪はいわゆる抽象的危険犯の類型である。法益侵害の発生を成立要件とする一般の侵害犯の場合、条文に明記された行為に該当する行為が行われても、その法益侵害性が証明されなければ、未遂犯処罰規定が設けられている場合を除いて処罰されることはない。しかし、危険犯、その中でも抽象的危険犯の場合は、構成要件該当行為が行われれば、その有害性や危険性の発生が擬制されるため、立証の負担は大幅に軽減されている。それは遺棄罪などの個人的法益に対する犯罪の場合には例外的に認めることができるが、選挙犯罪のような社会的ないし国家的法益に対する犯罪の場合には慎重な運用が求められる。選挙の公明・適正という社会や国家の法益を保護することを意識しすぎて、危険性の実態が希薄な行為にまで刑罰を科すような愚に陥らないよう、法を解釈し適用する者は細心の注意を払う必要がある。抽象的危険犯であっても犯罪である以上、一般の有権者が、「このような行為は選挙を歪めるひどい行為だ」、「当選をカネで買っているのではないのか」と受け止めるような明確な行為に限定しなければならない。

三 選挙人および選挙運動者買収罪の成立要件について


 公選法第221条は、選挙人および選挙運動者買収罪を規定している。そのうち選挙人・選挙運動者への事前買収罪(第1項第1号)、事後買収罪(同第3号)、事前・事後利益受供与等罪(同第4号)は、次のように定められている(第2号については本件の事案に関係しないので省略する)。

 第221条第1項 次の各号に掲げる行為をした者は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
1 当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき、
3 投票をし若しくはしないこと、選挙運動をし若しくはやめたこと又はその周旋勧誘をしたことの報酬とする目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し第1号に掲げる行為をしたとき、
4 第1号若しくは前号の供与、供応接待を受け若しくは要求し、第1号若しくは前号の申込みを承諾し又は第2号の誘導に応じ若しくはこれを促したとき

1第1号の事前買収罪の規定について
 第1号の選挙人・選挙運動者への事前買収罪は、特定の候補者の当選を得るように、または当選を得させないようにするために、選挙人または選挙運動者に対して金銭等を供与すること(金銭供与)、その供与を申込むこと(金銭供与申込)、もしくは約束すること(金銭供与約束)、または供応接待をすること(供応接待)、それを申込むこと(供応接待申込)、もしくは約束すること(供応接待約束)である。
 選挙は、候補者本人とその支援者・支援団体などの選挙運動者が候補者の当選を得るために、候補者の公約、実績、人柄を選挙人に訴え、支持を拡大することによって展開される。選挙の当落は、候補者とその支援団体が、国内外の政治・経済情勢の動向を正確に捉え、それが国政・地方政治に及ぼす様々な影響を予測し、どのような施策が国民・住民にとって必要であるのか、また国民・住民のためには、国内外の政治・経済情勢をどのように変えていくべきかを明らかにし、それを広範な選挙人に訴えることによって決まる。特殊な政治ブームが起こり、また「風」が吹いて選挙人の政治意識に変化が生ずることがあるが、選挙の動向は究極的には選挙人の自由な意思表明と判断・選択によって決まる。選挙には、様々な政党、後援会、政治団体・組織が関与するが、それらに期待されるのは、選挙人がどの候補者・政党に投票するか、または投票しないかを自由に決定し、意思表明できるよう、正確な情報を提供することであり、その上で各々の陣営が推す候補者が当選するための選挙運動を推進することである。自己の陣営の候補者が当選するために、あるいは他の陣営の候補者の当選を阻むために、選挙人に金銭等を供与もしくは飲食を提供し、または特定の候補者を支援する団体の選挙運動者として選挙運動に従事させるために、同様の行為を行うことは、選挙人・選挙運動者をカネやモノで誘惑し、その自由を買い取り、本来的に自由に行われるべき投票と選挙運動を歪めることになる。そのようなことがまかり通るならば、候補者の当落は、公約や政策の優位性ではなく、カネの力によって決まることになる。それは、代議制民主主義を根幹から否定する行為に他ならない。

2第3号の事後買収罪の規定について
 第3号の選挙人・選挙運動者への事後買収罪は、選挙人が投票をし若しくは投票しなかったこと、選挙運動者が選挙運動をし若しくはやめたこと、またはその周旋勧誘をしたことの報酬とする目的をもって、第1号に掲げられた行為、すなわち金銭供与、金銭供与申込、金銭供与約束、供応接待、供応接待申込、供応接待約束を行うことである。本罪は、一見すると事前に約束された金銭供与・供応接待を事後に履行する行為を処罰する規定であるかのように見える。つまり、ある者が選挙期間中に選挙人・選挙運動者に対して投票や選挙運動への従事を依頼し、それに応じたならば選挙後に金銭等の供与または供応接待をすると約束し、選挙が終わった後、選挙人・選挙運動者が依頼どおりの行為(投票・選挙運動に関する作為・不作為)をしたことに対する報酬として、事前に約束していた金銭供与または供応接待をする行為を処罰する規定であるかのように見える。しかし、そうではない。選挙の投票期日前に金銭等の供与の約束がなされた場合には、その時点において事前買収罪が成立しているので、選挙後に金銭等が供与されても、それは事前の約束の履行でしかなく、あらためて事後買収罪を構成することはない。そうすると、事後買収罪は、ある者が選挙人や選挙運動者に対して、金銭供与や供応接待の約束をすることなく、投票・選挙運動に関して投票や選挙運動を依頼し、選挙後にそれに対する報酬として金銭供与や供応接待する行為を処罰する規定であると解される。
 ただし、本罪がそのような行為を処罰する規定であるとしても、金銭供与・供応接待は選挙後に行われるのであるから、そのような行為がいかなる意味においてすでに実施された選挙の公明・適正を害するのかは明らかであるとは言えない。選挙戦の最中に、選挙人に対して自己の陣営の候補者に投票するよう、また対立陣営の候補者に投票しないよう働き掛けることは、公選法で認められた選挙運動であり、また人に対して自己の陣営の候補者の選挙運動に従事することを求め、また対立陣営の選挙運動者にその支援をやめるよう働き掛けることは、それ自体としては公選法に違反する行為ではない。つまり、選挙期間中において金銭供与や供応接待の約束をせずに、選挙人や選挙運動者に投票・選挙運動に関して作為・不作為を依頼する行為は、それ自体としては選挙の公明・適正を害するような行為ではない。それにもかかわらず、選挙後に選挙人・選挙運動者に対して金銭を供与または供応接待する行為が処罰されるのはなぜなのか。第3号は、その点に関して明確な規定を欠き、あいまいであると言わざるを得ない。従って、それを解釈によって補う必要がある。第3号の規定は、選挙後に選挙人等に金銭供与・供応接待する行為の全てを事後買収罪として処罰するのではなく、投票・選挙運動に関する作為・不作為に対する「報酬」として供与する目的(「報酬とする目的」)をもって行われた場合だけを処罰対象として限定している。つまり、選挙後の金銭供与・供応接待が処罰される実質的な理由は、それが投票・選挙運動に関する作為・不作為の報酬であるからである。両者の間に対価関係があること、このことが事後の金銭供与・供応接待を違法行為たらしめる本質的な要素である。それこそが抽象的危険犯である本罪の成立範囲を実体的に明確化し、限定する要素であると言える。
 では、このような対価関係は、どのような場合に認定することができるのか。それは、まずは選挙期間中に選挙人等に対して金銭供与・供応接待以外の事項を報酬として提供することを約束していた場合に認定することができる。金銭供与・供応接待以外の何らかの利益を供与することを約束しても、それは第1号の事前約束罪にはあたらないが、選挙後にその約束の履行として金銭供与・供応接待が行われた場合には、両者の間に対価関係を認めることができる。また、選挙期間中に選挙人等が通常の投票・選挙運動の依頼を受けて、それに応じ、選挙後に依頼者に対して、その「報酬」として金銭の供与や供応接待を求めるような場合にも対価関係を認めることができる。前者は事前に約束されるものが金銭供与や供応接待であることを秘して、そして後者は選挙人・選挙運動者がカネ・モノ目当てで投票・選挙運動に関する作為・不作為をなすことを秘して、いずれも事前の利益供与約束・供応接待約束の規定を潜脱する行為であるといえる。第3号の規定は、このような行為に適用されると考えられる。

3第4号の事前・事後利益受供与等罪の規定について
 第4号の規定は、選挙人・選挙運動者が事前もしくは事後の金銭供与・供応接待を受け若しくはそれを要求する行為、または他人から事前・事後の金銭供与・供応接待の申込みを承諾するなどの行為である。つまり、選挙前に他人(買収側)からの金銭供与・供応接待を受けること、それを他人に申込むこと、他人からの申込みを承諾すること、選挙後にそれらの行為を行うことである。事前・事後の承諾罪と受供与・受供応接待罪は、買収側と選挙人等の双方において成立する必要的共犯(対向犯)の関係にある。従って、買収側が選挙人等に利益供与・供応接待を申込んでも、選挙人等がそれに応じなければ、買収者のところで選挙人等への申込罪が成立しても、選挙人等のところでは承諾罪は成立しない。また、選挙人等が金銭供与・供応接待を受けても、それが当選を得る目的でなされていること、または投票・選挙運動に関する作為・不作為に対する報酬であることの認識がない場合には、買収者のところで事前・事後の利益供与・供応接待罪が成立しても、選挙人等のところでその受供与罪・受供応接待罪は成立しない。

四 本件の事案における検察官の主張について


1第3号の事後買収罪の規定の解釈
 日常において取り組まれている選挙運動は、国政選挙であると、地方選挙であるとにかかわらず、ある程度まで組織化された団体によって担われている。政党、政治結社、後援会、市民団体などよって政策協定が結ばれ、有権者の代表として相応しい人が候補者として擁立され、その当選を期して後援会の関係者が一丸となって選挙戦を闘う。そのような選挙が、日本社会において一般化している。後援会の関係者は、選挙人・有権者に対して、候補者の政策と実績、人柄などを広報し、その支援を訴える。また、対立陣営に勝る選挙戦を展開するために、選挙人・有権者に対して後援会への入会を訴え、選挙運動者の拡大を図る。候補者を支援して選挙運動に取り組む後援会の関係者は、公選法の禁止行為に該当する行為、とくに事前買収に該当する行為を行っていると疑われないよう細心の注意を払って選挙活動を行う。支持を訴えられた選挙人、後援会への入会の勧誘を受けた人は、一般には自己の政治信条に照らして、投票するかどうか、後援会に入会するかどうかを決める。その際に金銭等の授受が約束されたり、実際に授受がなされれば、第1号の事前の金銭供与罪、第3号の事前の金銭受供与罪などが成立することは明らかである。
 選挙が施行され、候補者の当落が決定すると、候補者と後援会関係者は、勝因・敗因を分析し、支援をしてくれた選挙人・選挙運動者に対してお礼と今後の決意を述べ、自らの政治理念を実現するために次の一歩を踏み出す。その際、ひとまずは選挙が終わったので、祝賀会・残念会や慰労会などを催し、候補者と選挙運動者の間で忌憚のない意見交換をするような場が設けられることもまれではない。このような行為が事後の供応接待罪や受供応接待罪に該当するとして、第3号の規定が適用されるならば、どうなるであろうか。選挙運動において苦労を共にしてきた者同士の交流、選挙運動を通じて有権者に共感を広げてきた人間的な絆を犯罪として処罰することにならないであろうか。もしそのような交流が処罰されるならば、政治に関心を持つ市民は、政治や選挙運動に関与することをためらうに違いない。その結果、市民の手で民主的な政治を実現することが阻まれ、選挙から市民が離れていくという政治風土が作られてしまいかねない。政治は政治のプロに任せておけばよい。市民はそれをチェックするだけでよい。そのような風潮が広がるならば、日本において健全な民主主義の成長は望めなくなるであろう。
 このような不当な処罰が行われないようにするためには、第3号の事後買収罪の成立要件を明確にしなければならない。そのためには、公選法の目的である選挙の公明・適正、そして選挙犯罪の保護法益である選挙人・選挙運動者の意思表明の自由と投票・選挙運動の自由を中心に据えることが必要である。先に述べたように、第3号の事後買収罪の成立要件として、金銭供与・供応接待が投票・選挙運動に関する作為・不作為への「報酬」としてなされていること、つまり両者の間に対価関係があることを重視しなければならない。それは法文には直接的には記述されていないが、法文解釈によって導き出される本罪の構成要件要素、すなわち「報酬とする目的」という主観的要素に対応する客観的な「書かれざる構成要件要素」である。

2本件会合の開催の経緯と同日の模様
(1)本件会合開催の経緯とその趣旨
 検察官の起訴状には、「被告人は、平成29年10月1日施行のX県Y市議会議員一般選挙に立候補したCの選挙運動者であったものであるが、同選挙に際し、前記Cに投票又は同人のために選挙運動若しくその周旋活動をしたことの報酬とする目的をもって、同月9日、X県Y市の割烹Zにおいて、同選挙の選挙人及び選挙運動員である別紙一覧表記載のDほか10名に対し、1人当たり1459円ないし2459円相当の酒食の供応接待をしたものである。」と記載されている。そこには、Dほか10名がCの選挙運動若しくはその周旋活動をしたことの事実、被告人が割烹Zにおいて酒食を提供するにあたってDらが選挙運動したことの報酬とする目的をもっていたことが記載されている。それを裏付ける事実関係は、「冒頭陳述要旨」の「第2 事実関係」の「(1)5」にある。すなわち、「被告人は、D(以下『D』という。)ら門徒に対し、本件選挙期間中から、『選挙が終わってCさんが当選したら、パーッとやろういね。』など声をかけ、同年10月1日の投開票日にCが当選するや、選挙事務所において、周囲の門徒らに対し、『熱が冷めんうちにやろういね。』などと言い、近日中に慰労会をやろうと声をかけていた。」というものである。この「選挙が終わってCさんが当選したら、パーッとやろういね。」というのは、当選後のCのための祝勝会を開催することを意味しているが、Dらがその祝賀会に参加することが、なぜ選挙運動に従事したことの「報酬」となるのか明らかではない。両者の間に対価関係があることは、「冒頭陳述要旨」において明確に記述されていない。
 Dらの選挙運動と本件会合との間に対価関係があったというためには、Dらが選挙運動に従事したことが、投票・選挙運動に関する作為・不作為に当たること、被告人が本件会合をその報酬とする目的をもって開催したこと、会費は料理代金よりも少ないこと、被告人がその差額を負担したこと、それによってDら参加者に差額相当の供応接待をしたことが明らかにされなければならない。被告人が差額を負担したことによって、Dらが料理代金よりも少ない会費で飲食の提供を受けたことが供応接待にあたり、それが選挙運動に従事したことの報酬であること、両者の間に対価関係があることが証明されなけければならない。そのような対価関係を裏付ける事実がないならば、Dらが従事した選挙運動は通常の選挙運動であり、公明・適正な選挙運動であったと言わなければならない。また、彼らが参加した本件会合は、選挙運動とは無関係な会合であったと言わなければならない。検察官の起訴状と冒頭陳述要旨には、DらがCの当選を得るために選挙運動に従事した事実、選挙後に割烹ZにおいてCの当選祝いとBの慰労のための本件会合が開催された事実、Dらがそれに出席した事実が記載されているが、Dらが選挙活動に従事したことと割烹Zにおいて酒食の提供を受けたことの間に対価関係があること、後者が前者の報酬であることについて明確に記述してはいない。
 このような記載がなされたのは、第3号の事後買収罪の成立要件について、選挙人・選挙運動の投票・選挙運動に関する作為・不作為とその後の金銭供与・供応接待のうち2つの要件がそろえば、それだけで本罪が成立すると解釈しているからであると思われる。しかし、寺院の住職である被告人が、Dら門徒に対して、選挙運動とは全く無関係に酒食を提供することがありうることを考慮に入れるならば、被告人の行為が事後の供応接待に当たると言うためには、両者の間に対価関係があった事実を明確に記述しなければならない。検察官がそれを記載しなかったのは、この対価関係が第3号の事後買収罪の「書かれざる構成要件要素」であることを正確に理解していないことに起因しているものと思われる。そのような法解釈は不十分であるとの誹りを免れない。

(2)本件会合の開催費用のうち被告人が負担した実質的な金額
 被告人は、最終的に10月9日の午後6時から割烹Zにおいて、1人当たり5000円の食事により30名程度の参加で、男性3000円、女性2000円の会費として予約し、差額は被告人とCが負担することと決めた。その後、本件会合の出席予定者は44人になり、会場の予約は1人5000円で44名分でなされ、合計22万円が割烹Zに支払われる予定であった。これに対して、実際の出席者は43名であり、そのうちの一般参加者は37名で、会費3000円の参加者が32名で計9万6000円、会費2000円の参加者が5名で計1万円、その合計は10万6000円であった。主賓として招かれたB夫婦とC夫婦はそれぞれ2万円を納め、その合計が4万円であった。被告人は割烹Zに22万円を支払っているから、被告人は差額の7万4000円を本件会合の開催のために負担したことになる。検察官は、被告人が負担した差額をこのように算定している。
 先にも述べたように、本件会合の目的は、Cの当選祝いだけでなく、勇退したBの慰労を兼ねたものであった。かりにCの当選祝いの会合がDらの選挙運動への従事に対する報酬とする目的から開催されたものであったとしても、被告人が一般参加者のために7万4000円を負担したと計算することはできない。本件会合の会場で飾られた横断幕には、「祝 Cさん 今後のご活躍を期待いたします」のほかに、「ほっ Bさん 心よりご慰労申し上げます」と書かれていたのであるから、Bの慰労を兼ねたものであったことは明らかである。そうすると、Cの当選祝いとBの慰労は本件会合の趣旨としては等分であり、Dらの選挙運動への従事とBの慰労と関係があったとは言えない。それを踏まえると、被告人がDらへの報酬として負担した金額は7万4000円ではなく、その半分の3万7000円であることになる。そして、祝賀されるC夫妻、慰労を受けるB夫妻を除く一般参加者の37名で均等に割れば、被告人が一般参加者1人当たり負担したのは1000円になる。さらに、被告人が割烹Zに支払った料理代金のうち、2万円は寺院常任総代会から支出されている。常任総代会は、権利能力なき社団であり、被告人とは別に独自の会計係と口座を持っている。それを被告人が支払った3万7000円から控除すると1万7000円になり、それを一般参加者で均等割すると1人当たり459円程度になる。検察官は、起訴状において公訴事実として、「別紙一覧記載のDほか10名に対し、1人あたり1459円ないし2459円相当の酒食の供応接待をした」と記載し、検察官が提出した別紙一覧の11名の名前のうち、Lら3名の買収額を2459円、Dを含む8名の買収額を1459円、その合計金額を1万9049円と記載している。この金額がどのような計算方式によって出されたかは明らかではないが、本件会合はBの慰労の趣旨をも兼ね備えていること、寺院常任総代会が本件会合の経費として2万円を支出していることを踏まえると、検察官が主張するような金額にはならない。そのような買収額の算定は明白な根拠に基づいているとは言えない。
 さらに、被告人は本件会合の開催に際して寺院に寄進された焼酎2、3本を持ち込み、一般参加者がそれを飲んだことによって、割烹Zに支払った料理代金は、参加者がZで実際に飲食した代金よりも少ない金額で済んだことになる。その点を考慮に入れると、被告人が一般参加者のために負担した金額は、実質的に459円を下回ることになる。居酒屋や料理店などで提供される酒類の価格は飲料の種類や銘柄などによって様々であるが、一般的に提供される焼酎の料金としては、1杯当たり数百円程度であり、1、2杯飲めば、500円程度の料金が請求されることは珍しくはない。そのように考えると、被告人がDら一般参加者のために負担した差額459円は持ち込んだ焼酎の価格によってほとんど相殺され、被告人のところで負担した金額は実質的には僅かでしかないことになる。それは社会通念上、社交儀礼の範囲の負担であったと思われる。

(3)本件会合で提供された食事の実質的相当額
 本件会合には、被告人、B夫妻、C夫妻のほか、一般参加者として37名が参加したが、検察官は、このうち被告人が供応接待したのが11人であったと主張している。冒頭陳述要旨の「第2 事実関係」の「2 犯行状況等 (3)」において、「なお、参加者中、公訴事実別表記載の本件会合の参加者は、被告人から本件会合に誘われた当時から会合終了に至るまで、Zに支払う食事代の一部を被告人が負担するであろうことを認識していたが、その他の参加者は、被告人から本件会合に誘われた当時からその旨認識していなかったか、当時はその旨認識していたものの、会合終了までの間に、その認識をなくしたものである」と記載しているが、11名とは、被告人が差額を負担することを認識していた参加者の人数である。
 さらに、それ以外の26名は、2つの集団に区別されている。つまり、被告人がそのような負担をするとは認識していなかった者と当時はその認識はあったが、会合終了までにその認識をなくした者とに区別されている。認識をなくした者とは、どのような参加者であるかというと、検察官の求釈明に対する回答書3によると、「食事を見て差額負担がないものと考え直した者」である。つまり、割烹Zには1人当たり5000円の料理を予約したが、実際に提供された料理は会費相当程度(2000円ないし3000円程度)であったため、被告人による差額の負担はもはや行われないと認識した者である。
 割烹Zが客に請求する飲食代金は、食事の原材料費、準備・調理にかかる水光熱費、店員の人件費だけでなく、店舗の維持管理費なども含まれ、また被告人が割烹Zに支払った費用以外にも、Cの当選祝賀とBの勇退慰労の横断幕の作成費用なども集められている。そのような経費を計算に入れると、「食事を見て差額負担がないものと考え直した」というのは、必要経費を計算に入れても、5000円を下回る程度の料理であったということである。そうすると、先に述べたように、被告人がDら一般参加者のために459円程度の差額を負担したこと、また被告人が本件会合に焼酎を持ち込んだことによって、被告人の実質的負担額がそれを下回り僅かになったことを踏まえ、本件会合の食事の内容を考慮に入れると、被告人が負担した金額は実質的に限りなくゼロに近くなり、Dらの一般参加者に供応接待したと言うことはできないと思われる。

3被告人の行為の事後買収罪の構成要件該当性と社会的相当性
 被告人が、Cの当選を得るために選挙運動に従事したことの報酬とする目的をもって、本件会合を開催し、そこにDらを参加させ、459円程度あるいはそれ以下の金額を負担したと仮定しても、その行為が公選法の事後買収罪にあたるのかが問題となる。そもそも事後買収罪とはどのような行為を禁止するために設けられた規定であるのか。
 選挙は、候補者が選挙人に訴えている政策、社会活動などを含む実績、人柄などによって、そしてどのような人たちがその候補者を支援しているのか、その思いと熱意によって決まる。選挙人は、選挙や候補者などに関する情報に基づいて、その真価を確認するために、選挙期間中に展開されている選挙戦に注目している。そのようななかで、特定の候補者を支援する陣営が、酒食を提供するかわりに、選挙人にその候補者に投票するよう依頼したり、選挙戦を攻勢的に闘うために、支持者でない者を選挙運動に勧誘し、候補者が幅広い階層によって支持されているかのように装っていることが明らかにされたならば、その候補者の陣営は自由になされるべき投票と選挙運動を買い、当選を得ようとしているとして厳しく指弾されるであろう。また、投票や選挙運動の依頼を受けてそれに応じ、選挙が終わった後に、候補者やその関係者がその報酬としてカネやモノを供与するようなことをしたならば、それを見た一般の人々は、候補者は事前に報酬を与えなかっただけで、最初から得票と選挙運動をカネとモノで買うつもりでいたのだなと受け止めるであろう。さらに、選挙人や選挙運動者が投票や選挙運動への協力の依頼に応じ、選挙が終わった後に、候補者やその関係者にカネやモノを要求しているのを一般の人々が見たならば、選挙権を切り売りし、それで私腹を肥やしている者がいることに激しい憤りを感じるであろう。公選法が事前買収と事後買収に同じ刑罰を科すことによって規制しているのは、選挙をカネやモノで左右し、それを食い物にする卑しい行為だからである。
 問題なのは、被告人や本件会合の11人の一般参加者がこのような卑しい行為を行ったというのか、被告人が11人の選挙運動者に対する報酬として本件会合を開催し、厳格に見積もっても459円程度の差額しか負担しなかったが、それによって本件選挙の公明・適正が害されたというのかという点である。検察官の冒頭陳述要旨からうかがわれるように、Cの当選を得るために選挙運動に従事したのは、寺院の女性門徒で構成される仏婦会の会員とその他の門徒である。その人々は、信仰心から現世の政治に関与した人々であり、決してカネ・モノ目当てから選挙運動に関わったのではない。被告人は、本件会合をCの当選祝いとBの慰労を兼ねた催しとして開催し、一般参加者から2000円ないし3000円の会費を徴収した。当初は被告人が差額を負担するものと認識していたが、「食事を見て差額負担がないものと考え直した者」がいるほど食事の質は会費相当のものでしかなく、飲食代と会費との間に差額があったとしても、せいぜい500円程度であった。しかも、本件会合の開催の趣旨は、被告人がBを慰労し、そしてCの当選を祝い、その当選のために尽力された仏婦会の門徒らと喜びを共有するためであった。このような一連の事実を踏まえるならば、被告人の行為は、Dら選挙運動者が選挙運動をしたことまたは選挙人にその周旋勧誘をしたことの報酬とする目的をもって供応接待をしたということはできない。従って、公選法221条第1号第3号の事後買収罪の構成要件に該当しているとはいえない。かりに本件会合が選挙運動をしたことの報酬とする目的をもって開催されたと認定でき、同罪の構成要件該当性を肯定しうるとしても、被告人が負担した差額は1人当たり459円、総額で1万7000円でしかなく、さらに本件会合に焼酎が持ち込まれたこと、食事の内容が会費相当であったことなどを踏まえると、社会通念上、社交儀礼の範囲内にあり、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処される程の違法な行為であるとは言えない。

五 結論


 本件の事案において、検察官は、被告人が本件選挙に際し、Cに投票し、または同人のために選挙運動若しくはその周旋活動をしたことの報酬とする目的をもって、平成29年10月9日に割烹Zにおいて選挙運動者のDほか10名に対し、1人当たり1459円ないし2459円相当の酒食の供応接待をしたとして、罪名として「公職選挙法違反」、「罰条」として「同221条第1項第1号、第3号」を挙げている。しかし、その主張は当を得ないものといわなければならない。
 第1に、検察官は被告人が選挙後に選挙運動の報酬とする目的をもってDらに供応接待をしたと主張するが、本件会合はDらが選挙運動に従事したことへの報酬として開催されたものではない。検察官が主張するように、本件会合がDらの選挙運動への従事の報酬として開催されたものであることを裏付けるためには、選挙運動への従事と本件会合との間に対価関係があることを証明しなければならない。被告人が選挙運動への報酬とする目的から本件会合を主催したという主観的事情だけでは、選挙運動への従事と本件会合との間に対価関係があることを裏付ける理由にはならない。検察官は、第3号の事後買収罪の違法性を基礎づける書かれざる構成要件要素としての対価関係の存在を裏付ける事実を示していないので、被告人の行為は事後の供応接待に当たることを証明していると言うことはできない。本罪が抽象的危険犯であることをもってしても、そのような検察官の主張を受け入れることはできない。
 第2に、検察官は、本件会合が選挙運動への報酬として開催されたことを前提にして、Dほか10名の選挙運動者に対して1人当たり1459円ないし2459円相当の酒食の供応接待をしたと主張するが、本件会合はCの当選祝いと勇退したBの慰労を兼ねた会合であって、たとえCの当選祝いの部分がDらの選挙運動への従事の報酬としての意味を持っているとしても、本件会合の全体が報酬であるというのは事実に合わない。本件会合の会場に掲げられた横断幕にはBの慰労の趣旨が記されていたのであるから、本件会合の経費の総額からその分の費用は控除され、残額が選挙運動への報酬額になるはずである。検察官がその点を考慮に入れなかったことは、事実認定を誤ったものであると言わなければならない。本件の選挙運動者の中にはBが初出馬した時から選挙運動に関わってきたのであるから、彼らにとっても本件会合にはBの慰労の意味が含まれていることは明らかである。その点を考慮に入れずに、供応接待の金額を1459円ないし2459円と計算したのは事実に合致しない。
 第3に、検察官は被告人の行為が事後供応接待罪にあたると主張しているが、かりに同罪の構成要件に該当するとしても、その法益侵害性や実質的違法性について何ら言及することなく、法文の形式的要件に該当することをもってのみ本罪の成立を主張しているが、それは理解できるものとはいえない。公選法は、選挙の公明と適正を実現するために、種々の行為を禁止・規制しているが、それらのうち刑罰が科されるのは、選挙の公明と適正を害し、選挙人と選挙運動者の自由を著しく侵害するからである。本件選挙の施行において、果たして選挙運動者のうちの誰の意思が著しく侵害されたというのか。他の候補者のために選挙運動しようとしていた者がCのための選挙運動に従事させられたとか、他の候補者のための選挙運動をやめたといった事実があったのか。選挙の公明・適正が害されるほどの不正な介入を被告人が行ったというのか。その点を具体的に指摘することなく、被告人の行為が事後供応接待罪の要件を形式的に満たしているというだけの理由で刑罰を科すというのは、刑罰権の甚だしい濫用であり、恣意的な行使であると言わなければならない。
 そして第4に、検察官の主張には、現代社会における政治と市民の関係、民主主義社会において市民ボランティアが選挙を担うことの意義への理解と配慮が感じられないと言わなければならない。巨大な政党には巨大企業がスポンサーとして控え、政治資金名目で巨額の献金を行うことが当たり前になっている。また、国政政党には毎年のように政党助成金が政党の運営費用として支給され、一般の市民的感覚からずれた使い方をしていると、時おりマスメディアなどで報じられている。地方政治においても、議員が政務調査と称して国内外に出張して、領収書を偽造・変造するなどして政務活動費を詐取し、それが刑事事件にまで発展している。政治に対する失望感は、日増しに蔓延している。このような失望感を払拭するためには、市民がボランティアとして政治や選挙に関わり、政治を市民の手に取り戻すことが不可欠である。本件の被告人や選挙運動に従事した門徒らは、そのような善良な市民である。検察官が主張するように、被告人の行為を事後買収として処罰することによって、果たして選挙の公明と適正が実現できるのだろうか。むしろ自由な選挙運動を抑え込み、民主政治の健全な発展を阻害しているのではないのか。本件の事案に対する検察官の法解釈・法適用に対して、そのような疑念を抱かざるを得ない。

 以上の意見を踏まえ、山口地方裁判所刑事部が、本件の事案に関して、適正な事実認定とそれに相応しい法的判断をされることを求めるものである。

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