ヘルムート・オルトナーから学ぶ、日本が死刑を廃止すべき理由

刑法

ヘルムート・オルトナー 国家が人を殺すとき--死刑、世界の現実、そして日本が死刑を廃止すべき理由

 二〇一七年一二月一六日の穏やかな冬の日、私は東京にいた。日比谷図書文化館で「過去の克服」をテーマに開催される公開討論会に出席するためであった。私は近現代史研究の第一人者である東京大学教授の石田勇治氏と議論した。ドイツと日本は、第二次世界大戦後、責任を果たすために、どのように自身の歴史に向き合ってきたのか。それが論点であった。沈黙を続ける。他の国の歴史と比較して相対化を図る。ただ恥を忍ぶ。いずれの向き合い方をしてきたのか。現在においても、それは政治、司法、社会の場で議論される論点なのか。公共圏における議論において、そのような歴史を議論することは何かの役に立つのか。役立つとしても、それはどのように役立つのか。「過去という名の現在」。それが土曜日の午前中のテーマであった。
 その翌日も同じであった。私は、刑事司法及び少年司法に関する教育・学術研究推進センターの第五回講演会の報告者として招かれた。裁判官、刑事法研究者、保護監察官など問題関心の高い専門家を前にして、「記憶する義務」について話した。私の国で取り組まれてきた自らの過去との向き合いについて、苦労を伴う、そして時おり痛みを伴うに向き合いついて報告した。私の父と祖父の世代は、世界に恐怖と野蛮をもたらした。報告したのは、その過去の憂鬱な一コマである。彼らのなかには、上官の命令を受けて行動した者、上司の指示に従順に従った官僚、イデオロギー的に洗脳された確信犯など様々な人々がいた。また、全体の動きに歩調を合わせただけの付和随行者、何も語らずに口を閉ざし続けた者、ただ成り行きを見守ることしかできなかった傍観者もいた。いわゆる第三帝国が没落した後、彼らが遺したものに対して、ドイツ人はいかに向き合ったのか。直視することを拒んだのか。その責任の一端を認めたのか。それを全面的に認めたのか。私はそのようなことを語った。
 責任が問われるのは、個々人だけではない。その世代全体も問われる。個別的な行為だけでなく、歴史の全ての章節に及ぶ。社会的な責任と個人的な責任である--それらは互いが互いの原因となって発生した結果であり、相互に補充し合う関係にあるが、それはどの点において相互の原因になり、相互に補充し合っていたのか。どのような経過をたどれば、非人道性と野蛮性が結合し、巨大な同盟関係へと結実し得たのか、果たしてその道のりはどのようなものであったのか。
 実行犯はすでに死亡している--犠牲者も歴史の証人もまた同じである。それは事実である。従って、現代という時代は、実行犯であれ、犠牲者であれ、個人のレベルにおいて記憶し続けることが益々困難な時代である。そのような時代に少しでも目を向けるならば、必要なことは「いかにして結実し得たのか」ということを知ることである。必要なことは、記憶するために努力を重ねることだけではない。「記憶する義務」もまた求められている。「いかにして結実し得たのか」という問いに時効が設けられるようなことがあってはならない。その問いに時効期間などない。私の国だけではない。日本も同じである。
 私の報告に耳を傾けてくれた人々から、賛同の拍手をいただいた。講演後、活発な討論が行われた。義務が履行されなかったのは、どの点においてか。その責任は誰にあるのか。何がなされるべきか。教育機関、例えば学校や大学はいかなる役割を引き受けることができるのか。そして最後に、政治、学問、そしてマスメディアは、記憶する義務という点において、どのような責務を果たすべきなのか。そのようなことが議論された。
 それが日曜日の午後のテーマであった。人道性を測る基準が必要であること、それに意義があること、人権と人間の尊厳を擁護しなければならないこと、そのことを私達が議論していたとき、その場所から数キロメートルしか離れていないある場所で、二件の死刑の執行が準備されていた。私たちは、現代との関連性を欠いたまま、過去の克服に関して議論を交わしていたというのだろうか。

死刑――旧態依然とした復讐と贖罪の要求

 死刑は、二日も経たないうちに執行された。日本政府は、国際的な批判をよそに二件の死刑判決の執行に許可を与えた。死刑判決を受けた殺人犯は、関光彦と松井喜代司であった。関は四人を殺害したかどで、一九九二年に死刑の判決を受けた。行為当時、一九才であり、日本の法律によれば、未成年であった。マスメディアが調べたところによると、行為時に未成年であった死刑囚に死刑が執行されたのは、二〇年ぶりであったという。私が夜にインターネットで検索して分かったのは、日本の人々が異様なほど声を上げることを抑えていることであった。マスメディアでは内容の希薄な報道が手短にされただけであった。解説が付けられることもなく、ましてや批判的なコメントなど全くなかった。政治は沈黙し、裁判官から抗議の声が上がったことも確認できなかった。わずかであるが、日本の刑事法研究者が抗議しただけであった。
 死刑の執行に対して人権活動家から個別的な批判が起こった。人権団体のアムネスティ・インターナショナルは、数年来、日本の死刑執行の方法や勾留の要件の問題点を指摘してきたが、責任を負うべき人物が批判的な意見に耳を傾けることはほとんどなかった。個々の裁判官、弁護士、刑事法研究者は、近年においても、死刑--日本では絞首によって執行される--の廃止を求めて繰り返し発言しているが、国民の賛同を得るには至っていない。日本国民の過半数が死刑を支持しているからである。政府が死刑を執行する理由もそこにある。右翼保守派の安倍晋三氏が二〇一二年一二月に首相に就任して以降、すでに三六人に死刑が執行されている(二〇一九年二月現在)。それでも日本は世界第三の経済大国であり、先進国の一つである。先進国とはいっても、今なお死刑に固執している数少ない先進国の一つでしかないのだが。

 日本――死を迎えるまでの長期間の待機

 日本ではそうなのか。昨年の七月に一三件の死刑が、一二月には二件の死刑が執行された。二〇一二年以降、これで三六件の死刑が執行されたことになる。日本では、死刑を言い渡された人は、それが執行されるまで何年も待たされることがある。人権活動家が特に残虐であると批判しているのは、その執行時期が死刑囚には伝えられないことである。最終的に法務大臣の死刑執行命令が出されれば、ほとんどの死刑囚が生き続けられるのはあと数日である。時には数時間しかないこともある。要するに彼らは、明日が彼らにとって最後の日になるかもしれないという恐怖の中で長いあいだ生き続けているのである。
 変化の兆しは見えない。従来の執行実務を少しでも変えようという明白なシグナルが政治の側から発せられなくなって、相当の時間が経ってしまった。とはいえ、死刑の廃止を求める国際的な圧力が日本にかけられている。日本は二〇二〇年の五輪開催国であり、このような時代遅れの刑罰に固執し続けるのは相応しいことではない。
 アムネスティ・インターナショナルは、死刑廃止を展望しつつ、死刑の執行を猶予するために調整するよう呼びかけている。

 求められている啓発運動

 求められているのは、死刑廃止のための啓発運動であり、社会的な警告である。人権活動家、刑事法研究者、法学部教授--そのような人々は、死刑の施行に対する国民の姿勢を変えるために共闘し、廃止法案を軌道に乗せるためにイニシアチブを発揮して団結しなければならない。法律家の団体や協会、政治集団や政党、さらにはマスメディアに求められているのは、そのような運動を積極的に支援し、それと共闘することである。
 問題を明らかにしようではないか。死刑に対する態度を変え、法案が軌道に乗るように世に知らしめようではないか。共闘を開始しようではないか。
 皆さんの前には困難な道が待っているであろう。反対論、論戦、頑なな態度、根深い偏見が待ち構えているであろう。
 私は、声を大にして言いたい。死刑を廃止するために、普遍的な人権のために、人道性のために、いかなる困難が立ちはだかろうとも、共に闘おうではないか。

*ヘルムート・オルトナー(Helmut Ortner) 一九五〇年、ドイツ・ゲンドルフ生まれ。ジャーナリスト・著述家。一九七八年以降、多数の著作を刊行。著書に『ヒトラーの裁判官 フライスラー』(須藤雅美訳・白水社)、『国家が人を殺すとき』(須藤雅美訳・日本評論社)がある。

【付記】
 ヘルムート・オルトナー氏は、著書『国家が人を殺すとき』(須藤正美訳・日本評論社)の日本語版の出版にあたり、二〇一九年二月末に来日し、司法記者クラブでの記者会見や日弁連主催の講演会などの場で死刑制度をめぐる世界的動向を紹介し、日本における廃止運動の強化と前進の必要性を訴えた。本稿の訳者である本田は、三月一日開催の龍谷大学犯罪学研究センター主催の研究会に出席し、死刑制度に対する氏の見解と日本の廃止運動に対する強い思いを知ることができた。
 オルトナー氏が主張する死刑廃止論は、二つの理論的支柱によって支えられている。法治国家思想とは民主主義思想である。独裁と専制が制圧していた過去の歴史において、支配と統治の強力な手段は刑罰、なかでも死刑であった。直接的で物理的な形態において行使されることもあれば、宗教的な様式や法の外皮をまとうこともあるが、いずれにせよ支配の手段の最たるものは生命の剥奪の威嚇力であった。国家に刃向かう者は法の否定者であり、法の名の下においてを否定されねばならない。オルトナー氏は、『ヒトラーの裁判官』(須藤正美訳・白水社)のなかで、ナチの民族裁判所長官のローラント・フライスラーが野蛮な法に基づいて、吐き捨てるように死刑を言い渡した事実を刻銘に記すことによって死刑のリアリズムを明らかにした。
 戦後ドイツはナチの暴力支配と決別し、国民を主権者とする社会を建設するために基本法を制定した。そこに刻まれた法治国家の思想の核には、人間の尊厳とその基盤である生命権がある。国家の任務は、この法治国家の思想的基盤を維持・強化することであり、民主主義の責務はそれを常に監視することである。凶悪な犯罪が発生し、国民の不安は増大していないのかというと、もちろんそのような事実はある。凶悪な犯罪を行った者は死をもって罪を償うべきだと訴える世論がないのかというと、もちろん仇討ちと報復の気持ちはある。しかし、このような情動が社会の中から湧き起ろうとも、それを抑制するのが民主主義なのである。刑罰は犯罪を抑止し、人々の権利を保護することに資すると解されているが、その手段としての死刑は最終的には民主主義的な社会を内在的に蝕む野蛮へと回帰することにならざるを得ないのである。ヨーロッパの諸国には、このような後戻りを許さない民主主義を粘り強く築いてきた伝統がある。同じことが日本にできないはずはない。オルトナー氏は日本の死刑廃止運動に強い期待を寄せている。私たちには、その期待に応える責任がある。

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