刑事判例資料集を解説 法学部生の試験対策にもお役立ち「不法領得の意思,横領罪,背任罪etc.」

不法原因給付にかかる物件の横領(最判昭和23・6・5刑集2巻7号641頁)

【事実の概要】
 AおよびBは収賄罪を行い、それを隠蔽するために、岩国警察署司法主任等を買収するための2万2千円の金銭を被告人に渡した。被告人は、それを保管中に、そのうちの2万円を自己のモルヒネ買入代金に消費した。

 原審は、被告人の行為について横領罪の成立を認めた。これに対して、弁護人が上告した。A・Bは、司法主任等を買収するために、金員を被告人に給付した。その金員は、不法原因給付(民法708条)であるので、Aらにはその金員の返還を請求できる権利はない。被告人は、この給付を受けた金員を自由に処分できる地位にある。したがって、被告人がこれを自己の用途に消費しても横領罪は成立しない。弁護人はこのように主張した。

【争点】
 収賄を隠蔽するために、上司を買収するというのは、上司に対して彼の職務に関して金員などの利益を供与することなので、供与した被告人とそれを依頼したA・Bには贈賄罪が、収受した上司には収賄罪が成立する。A・Bがそのような目的を実現するために被告人に金員を渡す(給付する)という行為は、不法原因に基づく給付にあたるので、A・Bは後からその金員の返還を求めても、その権利はない。被告人は返還に応ずる義務はない(民法708条)。

 では、A・Bに金員の返還請求権がないということは、その金員はA・Bの所有物ではないということなのか。そうであるなら、その金員は被告人の所有物なのか。そうであるなら、被告人が自己の所有物を自由に消費しても、横領罪は成立しないはずである。これが弁護人の主張である。

 これに対して、A・Bが金員を返還請求できないということは、A・Bはその金員を所有することが認められないことを意味する。被告人はその金員を占有し保管しているので、「返還請求」の問題は被告人には生じないが、だからといってその金員が被告人の所有物になることを意味しない。被告人も買収目的で金銭を受け取り、保管しているのであるから、その金銭は被告人の物ではない(あくまで他人の物である)。そうであるなら、この金銭は被告人が占有しているだけで、やはり他人の物である。自己が占有する他人の物を消費した場合には、横領罪が成立する可能性がある。 

【裁判所の判断】
 不法原因の為め給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができないことは、民法708条の規定するところであるが、刑法252条1項の横領罪の目的物は、 単に犯人の占有する他人の物であることを要件としているのであって、必ずしも物の給付者において民法上その返還を請求しうべきものであることを要件としてはいないのである。

【解説】
 最高裁は、不法原因に基づいて給付した者は、その給付物の返還を請求することはできないとしながら、その給付を受けてその物を占有・保管している場合、その給付物は「他人の物」であるから、それを占有している被告人がそれを消費した以上、「他人の物」の消費であり、それは横領罪にあたると判断した。被告人が占有している不法原因給付は、被告人の自分の物ではなく、「他人の物」である以上、それを消費する行為は横領罪にあたる。ただし、その「他人」とは誰なのかは、明らかではない。所有者が不明であっても、それが被告人の物でない以上、横領罪の行為客体になりうるというのが、この判例の特徴である。

使途を定めて寄託された金銭の他人性(最判昭和26・5・25刑集5巻6号1186頁)

【事実の概要】
 被告人は、数名の者から製茶の買付依頼を受け、その買付資金として金銭を預かって、依頼者のために保管していた途中で、これを生活費・遊興費などの自己の用途に消費した。また、製茶の統制が強化されたため、予期に反して製茶を買入れ、それを依頼者に送付することができなかった。そのような場合、預かった金銭を即時返還しなければならなかったが、私財を換金して返還するのに少し時間を要した。なお、預かった金銭のなかには、製茶の買入・送付した場合に被告人が受け取る報酬も含まれていた。

 原審は、被告人の行為に横領罪の成立を認めた。これに対して、被告人が上告した。本件の金銭は、被害者らが製茶の買入を目的として被告人に交付したものである。被告人が、製茶を買入れ、それを被害者らに送付できるようになれば、その金銭は支払代金と被告人の報酬にあて、製茶を買入できなければ、返還することになっていた。ただし、返還する場合、交付された金銭と同一の金銭である必要はなく、同じ金額の金銭を返還すればよい(例えば、交付された金銭が1万円札1枚と5千円札2枚の合計2万円であり、返還された金銭が1万円札2枚の合計2万円である)。このように代替性を備えている金銭の場合、その金銭を生活費にあてたからといって、横領罪は成 立しない はずである。被告人は、製茶の統制が極度に強化されたため、予期に反して買入・送付ができず、私財を換金して弁済を終えている。それが即時になされなかったからといって、債務の履行遅滞という民事上の事柄でしかない。また、金銭の一部には、買入・送付した場合に被告人が受け取る報酬も入っていた。金銭が買入・送付を前提にして交付されている以上、買入・送付前に消費しても横領にあたるとはいえないはずである。被告人はこのように主張した。

【争点】
 他人から委託されて、子ネコを預かったが、かわいくて、また自分になついたので、その子ネコを自分のものにして、委託者には同じ種類で同じ月齢の子ネコを返したとする。委託者にとっては、別の子ネコを返されても困るので、預けた子ネコを返すように求めるに違いない。なぜならば、ペットなどの愛玩動物には代替可能性がないからである。自己が占有する他人の代替可能性のない物を自分の物にした行為は、横領罪にあたる。

 では、他人から委託されて、金銭のような代替性のある物を保管した場合はどうか。この場合も、子ネコと同じように、委託者は後に受託者に対して返還を求める権利(債権)があり、受託者は委託者に対して金銭を返還する義務(債務)がある。しかし、金銭のように代替性があれば、受託者が保管中の金銭を使用・処分しても、委託者に同じ額の金銭を返還すれば、問題はない。従って、横領罪は成立しない。ただし、返還期日に返還せず、遅れて返還した場合、債務の履行遅滞が問題になる。債務の履行が遅滞したため、委託者のところで損害が発生したならば、受託者はその損害を補てんするなどしなければならない。このように民事上の問題として処理すれば足りる。

 それでは、他人から使途を特定して金銭を保管したが、その使途とは異なる目的に基づいて使用・処分した場合、同額の金銭を返還するだけでよいか。一方で使途を特定しているので、別の目的で使用することは許されない。しかし、他方で代替性のある金銭なので、同額の金銭を返還すれば足りる。使途が特定化されることによって、金銭の代替性が相対的に低められるならば、使途目的以外に使用した行為は横領にあたる可能性がある。

【裁判所の判断】
 上告棄却。
 使途を限定されて寄託された金銭は、売買代金の如く単純な商取引の履行として授受されたものとは自らその性質を異にするのであって、特別な事情がない限り、受託者はその金銭について刑法252条にいわゆる「他人ノ物」を占有する者と解すべきであり、従って、受託者がその金銭について、委託の本旨とは違う処分をしたときは、横領罪を構成するといわなければならない。

【解説】
 判例は、売買代金のように一般的で単純な商取引きを履行するために預けられた金銭であれば、代替性が認められるので、売買代金の支払い以外の目的から使用された場合であっても、横領にはあたらないと考えているようである。しかし、一般的な支払ではなく、使途が特定された金銭の場合は、特別な事情がない限り、その金銭を別目的で使用したなら、横領罪が成立する。

 かつて、日本銀行の職員が、1234とか、7777などの番号の一万円札を抜き取って、別の番号の一万円札と差し替えたことが話題になり、それについて日本銀行からは、とくに問題はないというコメントが発表されたことがある。日銀の職員は、様々な銀行に融資するという一般的な目的のために、その金銭を保管している。その金銭は職員のものではないので、それは自己が占有する他人の物であり、かつ代替性のある物である。そのなかから一枚を抜き取って、同じ額の一枚を入れておけば、とくに問題はない。日銀のコメントは、1234や7777の番号の一万円札であっても、融資という単純な商取引を履行するために保管している代替性のある一万円札なので 、同額の 一万円札で補てんすれば足りるという立場にたっている。

064不動産の二重売買と横領(福岡高判昭和47・11・22刑月4巻11号1803頁)
【事実の概要】 被告人は、本件山林の登記簿上の所有名義がPになっているが、その所有権がAに移転していることを知り、Aに対して山林を購入したい旨交渉したが、断られた。そこで、登記簿上の名義人Pの相続人Qから山林を取得しようと企て、昭和45年12月頃からQの自宅に訪れ、購入の話をした。しかし、QはPの代にAから借金をし、そのかたにAに山林をやったので、被告人に売ることはできないと述べた。ただし、Qは法的知識に疎く、経済的にも困っていたので、被告人は言葉巧みに働きかけ、Qが被告人に山林を売却して、裁判沙汰になはならず、万一そのようになっても被告人が引き受けるとQを誤信させて、山林を被告人に売却することを承諾させた。被告人は、10万円でQから山林 を購入し 、直ちにRに28万4千円で転売した。そして、山林の登記簿上の名義人をPからRに変更した。
 原審は、被告人は、Qと共同して横領罪を行ったと認定した。つまり、Qは山林の所有権をAに移転したのち、登記簿上の名義人もAに変更しなければならなかったにもかかわらず、そのままにしていた。つまり、Qは他人が所有する山林を占有していた。Qはこの山林を自分の所有物であるかのように被告人に売り、さらに転売して登記簿上の名義をPからRに変更した。ゆえにQには横領罪が成立する。被告人は、Qに働きかけて、山林を被告人に売らせた。その関与が横領罪の共同正犯にあたると判断された。
【争点】 売買契約を締結し、買主が売主に代金を支払い、売主が商品を買主に引き渡せば、それで売買は終了する。売主が第三者にその商品を売ることはもうできない。しかし、不動産の場合、契約締結によって所有権は買主に移転しても、登記簿上の名義が変更されるまで若干の時間を要する。このように不動産の名義が変更される前に、第三者に売却し、所有権移転登記をすることを二重売買、二重譲渡という。
 不動産の所有権は買主に移転しているが、名義の変更はまだなので、それを占有しているのは売主である。つまり、それは売主から見れば、「自己が占有する他人の物」にあたる。これを第三者に売却し、移転登記するならば、横領罪が成立する。では、不動産がすでに他人に売却されたことを知りながら、未登記であることをいいことに、不動産の占有者にその売却を強く迫った第三者は、どうなるか。そそのかして二重譲渡を行わせたので、横領罪の教唆にあたるか。あるいは、売主に手取り足取り説明して売却させた場合、たんにそそのかしただけでなく、二重譲渡を共同して行ったとして、横領罪の共同正犯にあたるのか。
【裁判所の判断】 不動産の二重譲渡の場合、売主である前記Q(本件山林の名義人Pの相続人)の所為(山林をAに売却後、P名義のまま被告人に売却した行為)が、横領罪を構成することは明らかである。ただし、その買主については、単に二重譲渡であることを知りつつこれを買受けたという場合には、民法第177条の法意に照らし、経済取引上許された行為であって、刑法上の違法性を有しないものと解すべきことは、所論のとおりである(Aは所有権を取得したが、登記簿の名義は未変更。後に購入した被告人が登記した以上、対向できない)。
 しかしながら、本件においては、買主である被告人は、所有者Aから買取ることが困難であったため、Qから買入れようと企て、単に二重譲渡になるということを認識していただけでなく、二重譲渡になることを知りつつ、敢えてQに対して、本件山林の売却を申入れたのである。Qが二重譲渡になることを理由に、その申入れを拒絶したにもかかわらず、法的知識の乏しいQに対し、二重譲渡を決意させるために、「借金はもう50年以上たっているから担保も時効になっている、裁判になっても自分が引き受けるから心配は要らない」などと執拗かつ積極的に働きかけ、その結果遂にQをして被告人に売買契約を締結するに至らしめたのである。このような事情を踏まえると、被告人の本件所為は、もはや経済取引上許容されうる範囲、手段を逸脱しており、刑法上違法な所為ということができる。しかも、たんにQを唆かして、二重譲渡させただけではなく、更にすすんで自己の利益をも図るため行ったのであるから、被告人の行為はQと共謀のうえに二重売買を行ったものと言え、横領罪の共同正犯としての刑責を免れないものというべきである。
【解説】 一般に二重売買・二重譲渡については、売主の行為は、横領罪にあたるが、買主については、たとえ二重売買になることを知りながら、それを買い受けても、そのような行為は経済取引上認められている。民法177条によれば、「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」と定められているので、不動産を購入し所有権を取得した者は、それを登記していなければ、第三者がその不動産を購入し、登記した場合、最初の購入者は第三者に対して所有権を主張して、対抗することはできない。最初の購入者が対抗できないということは、 新たな名義人に所有権が認められるということである。問題は残るが、それは二重売買した売主をQを訴えて解決するほかない。
 これに従えば、本件のAは被告人に対抗できない(転売後のRにも対抗できない)。つまり、被告人がQに山林を売却するよう働きかけ、それによってQが被告人に売却した場合、Qには横領罪が成立するが(その被害者はA)、それを唆した被告人の行為は違法ではなく、横領罪の教唆にはあたらない。
 ただし、この事案は事情が複雑である。かりにQが被告人に対して「この山林はすでにAに売却していますが、登記簿の名義人の変更はまだしていません。あなたに売ることができます。問題が生じても、私の方で対処します」と言って、被告人が二重売買になることを知りながら買ったというのであれば、被告人には二重売買の共同正犯や教唆は成立しない(被告人は背信的悪意者ではないから)。しかし、本件では被告人がQに対して強く働きかけて売却を決意させたのである、同じように扱って、民法177条を適用することは妥当ではない。したがって、被告人には横領罪の共同正犯や教唆犯が成立すると思われる。
 以上から、二重譲渡は売主側からは、横領罪にあたる。買主側は、被告人のような背信的悪意者でなければ、許される。したがって、違法ではなく、先に買い入れた者は対抗できない。それが民法177条の趣旨である。しかし、買主が被告人のような背信的悪意者である場合には、そうではない。二重売買するよう強く働きかけ、断られても執拗に話をした場合には、民法177条によって許容される範囲を超えているので、違法である。その違法な働きかけは、まずもって横領罪の教唆を根拠づけるものであるが、その行為によって自らも利益(売却差額で18万4千円の利益)を得た場合には、横領罪の共同正犯を根拠づける場合もある。被告人にとって、Qの横領行為はもはや他人が行う横領行為であるにとど まらず、 それは自分に利益をもたらす横領行為であるから、被告人には横領罪の共同正犯が成立するといえる。

横領罪における不法領得の意思(1)(最判昭和24・3・8刑集3巻3号276頁)


【事実の概要】
 A県の農業会長の被告人は、当時、食糧管理法の定めに従って、各農家からの供給米を出庫するまでのあいだ保管する業務についていた。
 A県は、昭和21年2月頃、肥料不足の対策として、米の供給を完了した農家にかぎり、余剰米1万俵で魚かすを購入することを認めた。
 肥料確保の必要性を痛感していた被告人は、少しでも早く肥料を調達するための取引を行うために、とりあえず保管中の供給米を肥料と交換するために使い、そえによって生じた供給米の不足は、後日、農家から募集した余剰米をもって補てんしようと考えて、保管中の供給米の一部376俵を3回に分けて肥料と交換するために、相手に発送した。
 原審は、被告人に対して業務上横領罪の成立を認めた。被告人が保管していた米は、被告人の所有物ではなく、各農家から預かった、政府に供出する米である。つまり、各農家から預かった供給米を保管している被告人が、それを政府に供給せず、魚かす業者に渡し、魚かすを購入する行為は、業務上の自己の占有する他人の物を横領する行為にあたる。

 これに対して、弁護人は、被告人は供給米を魚かす業者に引き渡したのであるが、その不足分は農家の余剰米によって代替し、補てんし得ると確信していたのであるから、被告人の行為が横領にあたるとしても、不法領得の意思はなかったと主張した。不法領得の意思とは、権利者を排除して、その物の経済的・本来的用法に従って使用・収益・処分する意思である。被告人には、供給米で魚かすを購入するという経済的用法に従って使用する意思はあったが、農家の余剰米で代替・補てんできると確信していたのであるから、権利者である政府・農家を排除する意思はなかったと主張した。

【争点】
 他人の物を自己の占有に移転させると、窃盗罪の構成要件に該当する。行為者がそれを意識して行っていれば、窃盗罪の故意が認められる。ただし、窃盗罪の実質は、財物の占有侵害とその移転にある(他人の財物が行為者の支配領域内に移転した)だけはなく、それに加えて不法な領得の危険にある(行為者がその財物を自分のものにしようとしている)と理解するならば、行為者の主観的な認識としては、占有侵害と移転の意思だけでなく、不法領得の意思が必要である。例えば、他人の財物を一時使用するために取った「使用窃盗」の場合、不法領得の意思がなければ、客観的には窃盗罪にあたる行為が行われたといえても、行為者に対して故意があったと非難することはできない 。そのような行為は、民事上の問題として解決するのが望ましい。

 横領罪についても同じである。自己が占有する他人の物を一時的に自分の物のように使用・処分した「一時流用」の場合も、客観的には横領罪にあたる行為が行われていても、不法に領得する意思がなかったならば、横領罪にはあたらない。

 不法領得の意思は、権利者排除意思と経済的利用意思からなるが、使用窃盗や一時流用の場合、権利者排除意思の有無が問題になる。一時的であっても、権利者を排除する認識はあったのであるから、権利者排除意思を認めることができそうである。しかし、使用後・流用後は元通りにする意識があったのであるから、必ずしも権利者を排除する意思があったとまでは言えないとも思われる。判断基準としては、権利者を排除する時間・期間がどの程度であると認識していたのか、原状を回復する可能性・確実性がどの程度あると認識していたのかが重要であると思われる。

【裁判所の判断】
 横領罪に成立に必要な不法領得の意志とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意志をいうのであって、必ずしも占有者が自己の利益取得を意図することを必要とするものではなく、又占有者において不法に処分したものを後日に補填する意志が行為当時にあったからといって、横領罪の成立を妨げるものではない。

【解説】
 本件の被告人は、政府に供給すべき米の一部を魚かす業者に引き渡したこと、その認識もあったことを認めながら、不足分は農家の余剰米によって補てんできると確信していたことを理由に「利者排除意思」はなかったと主張したようである。また、不足しがちな農家の肥料となる魚かすを早めに確保することを目的とし、魚かすを自分のものにする意図はなかったので、経済的用法に従って収益する意思もなかったと主張したようである。しかし、判例は、横領罪に成立に必要な不法領得の意思とは、「他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意志をいう」との上に立って、保管委託の任務を越えて、供給米を扱う意思があったことを理由に不法領得の意思を肯定した。やや硬直的な感は否めない。被告人に有利な判断を導くためには、緊急避難(刑37)による違法阻却、また適法行為の期待可能性の不存在による超法規的責任阻却の可能性を模索することも一考に値する。

横領罪における不法領得の意思(2)(最決平成13・11・5刑集55巻6号546頁)

【事実の概要】
 A株式会社の取締役経理部長の被告人Xは、経理副部長Yとともに同会社の資金調達運用と金銭出納保管などの業務に従事していた。
 Xは、BがA会社の株式を買い占めて、経営権を奪取しようとしていることに対抗するために、「事件屋」のCらに依頼して、Bの取引先金融機関に圧力を賭け、Bを中傷する文書を頒布して信用を失墜させて、Bに対する資金支援を妨害し、さらにBに買い占めた株式を放出させるなどして、Bを経営権奪取を阻止する裏工作をさせ、その資金と報酬として業務上保管中のA会社の現金8億9千5百万円をCらに交付した。
 Xは経理部長を解任された後、Yと共謀して、Cらに対して同様の工作を依頼し、その資金と報酬として、Yが業務上保管中のA会社の現金約2億8千万円をCらに交付した。

 第1審は、Xらが本件資金をCらに支出した行為は、A会社の方針に沿う行為であり、A会社のために行われたものであるから、不法領得の意思が欠けるとして、業務上横領罪の成立を否定した。これに対して検察官が控訴した。

 控訴審は、本件支出はA会社のためにする行為とは言えないとして、業務上横領罪の成立を肯定した。その理由として、(1)A会社はBがA社株を放出した後、それを買い取る方針を決定していなかった、Cによる工作が成功するかどうかも不明確であった、Xは社長に対してCに現金を交付したこと、その目的を報告していなかった、またXはかつてBと通じてA会社の経営権を握ろうとして、A社株を売却するなどして利益を得たり、Bから利益配分を受け、その後はBから裏切り者扱いされ、それに対抗するためにCにA社の現金を交付して、工作を依頼したりしていたたので、このような事情を踏まえると、Xの意図は、A会社のために行ったというよりは、自己の弱みを隠し、それを薄める意図があり、またCに対する度重なる現金交付が問題化するのを避ける意図があったといえる。また、(2)本件の現金交付の目的であるA株の買い取りは、会社法の「自己株取取得禁止」に違反し、それはA会社自身でも行うことが許されない行為であり、BがA社株を放出後、C・Xがその株を買い、それを占有して、A社が買い取りできるようにすることは、A社に「自己株取得禁止」にあたる行為をさせることを意味するので、それはA会社のためにする行為とはいえない。
 このような理由を挙げて、控訴審は業務上横領罪の成立を認めた。これに対して、Xが上告した。

【争点】
 Xは、Cらに依頼して、BからA会社の株を買い戻し、それをA会社が買い取れるようにした。それはA会社のためにする行為といえるか。商法などでは、株式市場で自由に売買できる株式会社の株を、その会社が買い取ることを禁止している。従って、会社はその行為を行えない。会社が行えない行為は、その経理部長も行なえない。経理部長がその行為を自分で行わずに、Cに行わせる行為も認められない。従って、Cにその行為を行わせるために、業務上保管中の現金をCに交付することも認められない。それは業務上占有する他人の物を横領する行為にあたるといえる。

 第1審は、業務上横領罪の成立を否定したが、それは、Xがその行為は「A会社の方針に沿う行為であり、A会社のために行われたものである」と認識していたので、不法領得の意思が欠けると判断したからである。Xの行為が、それ自体として、会社法によって禁止されている自己株取得であり、「A会社の方針に沿う行為」ではなく、また「A会社のために行われたものである」からでもない。

 控訴審は、これに対して、被告人には不法領得の意思があったと判断した。それが(1)において説明されている。(2)は自己株取得は「会社の方針に沿う行為」ではなく、また「会社のために行われた行為」ではないことの理由である。論理の順番でいえば、Xの行為は「会社のために行われた行為」ではなく、業務上横領罪の構成要件に該当し(2)、それについて不法領得の意思もあった(1)という順序で述べる方が分かり易い。

 本件の争点は、Xに不法領得の意思があったか、権利者であるA会社を排除する意思があったか、金銭を交付することによって自ら収益を図る意思があったかという点にある。

【裁判所の判断】
 本件交付の意図が専らAのためにするところにあったとすれば、不法領得の意思はなく、業務上横領罪の成立は否定される。しかし、本件交付におけるXの意図は専らAのためにするところにはなかったと判断して、本件交付につきXの不法領得の意思を認めた原判決の結論は、正当である。

【解説】
 BがA会社の経営権を奪おうと計画しているのを経理部長Xが知ったとき、彼はどのような行動をとるべきか。社長に報告・相談して対策を検討し、何らかの対抗策を打ち出す。その対抗策は、法令違反がなければ、会社の正当な業務なので、「会社の方針に沿う行為」、「会社のために行われたもの」といえる。従って、横領などには当たらない。しかし、XはYと共謀して、Bに対向するために、自社株を取得する資金として会社の金を仕事屋Cに交付した。これは会社のために行われた行為ではない。しかも、業務上横領罪の構成要件に該当する。Xの意図は、「専らAのためにすることにはなかった」ので、不法領得の意思も認められる。最高裁は、控訴審の認定をそのまま踏襲して、不法領得の意思を認めたものと思われる。

横領か背任か(大審院昭和9・7・19刑集13巻983頁)

【事実の概要】
 A村の村長XはB会社の社長Yと親交があったところ、同人から経営が行き詰っていると相談を受け、A村の基本財産から金銭を貸与してほしいを依頼を受けた。Xは、村長の業務として保管している基本財産から、議会を経ないで、昭和3年10月3日に5400円を、同年11月18日に424円34銭を預金名義をもってYに交付した。

 原審は、XとYに業務上横領罪の成立を認めた。これに対して、弁護人は、Xには不法領得の意思がないので、業務上横領は認められないが、成立するとすれば背任罪にとどまる主張して、上告した。

【争点】
 XがAから依頼されて、その財産を保管している場合、Xはそれを保管するのが業務であって、それ以外のことをすることはできない。依頼された業務の内容が明確で、かつ限定されている場合、それ以外の行為を行うと、それは権利者であるAにしかできない行為であるので、業務上の横領にあたる。

 ただし、Xが保管だけでなく、運用も依頼されている場合、運用は依頼の範囲内の行為であるので、横領にはならない。ただし、その運用はAの利益になるような運用であるので、Xが自分の利益になるよう、またAに損害を与えるよう運用した場合には、背任罪が成立する。

 このように横領罪と背任罪は、行為者が行った行為が依頼・委任されている業務・事務の範囲内の行為なのか、範囲内の行為であれば背任罪が、範囲外の行為であれば横領罪が問題になる。ただし、範囲内か範囲外かを区別するためには、行為者が行った行為の内容・性格だけでなく、行為者がどのような意図から、どのような計算に基づいて行なったのかという点も踏まえて判断されている。

【裁判所の判断】
 他人のために、その事務を処理するにあたって、自己の占有する本人(他人)の物を自ら不正に領得するのではなく、第三者の利益を図る目的をもって、その任務に背いた行為を行ない、本人に財産上の損害を与えたときは、背任罪を構成する。
 Xは、Yに頼まれて、自己が村長として職務上管理するA村の基本財産を「同村の計算において」、B会社に貸与することを決意した。しかも、B会社の利益を図るために、議会を経ずに、Yに交付した。それは、A村の事務を処理する村長Xが、その任務に背いた行為を行い、それによってA村に財産上の損害を与えた行為であり(それは背任罪にあたり)、Yはそれに関与したといえる(背任罪の共同正犯といえる)。

【解説】
 A村の村長Xは、B会社の社長Yからの懇請に応じ、Aの基本財産から金銭を貸し与えた。原判決は、X・Yを業務上横領罪の共同正犯とした。その理由は、次のようなものである。この基本財産はA村のものである。XはA村の村長の職務として、その基本財産を管理している。その基本財産を貸し与えるためには、村議会の決定を経なければならない。Xは議会の決定を経ずに、Yに基本財産から金銭を貸し与えた。それは、業務上自己が占有する他人の物を、権利者でなければできない行為である。従って、業務上横領罪が成立する。

 もしもXが管理している村の基本財産を他人に貸与する場合、議会を経なくてもできるならば、Xの行った行為は、権利者でなければできない行為ではなく、管理者の村長Xにも許されている行為であるといえる。ただし、その行為はXがA村の名義で、A村の計算において行うことしか許されていない。XがXの名義で、Xの計算において行った場合には、それは許されない行為であり、業務上横領罪になる。

 本件では、XはA村の名義で、A村の計算において行ったので、それはA村ための行為であるといえる。ただし、Xにそれが許されているのは、そうすることによってA村の利益になると考えられるからである。Yに金銭を貸与する行為が、A村の利益になるからである。しかし、XはYに貸与したのは、親交があり、Yの経営を手助けしたいからであったった、それは、A村の財産をYに貸与した行為はA村の名義・A村の計算において行われた行為であるが、Yに利益を図るために行っているので、任務に背く行為であるといわなければならない。それによってA村に損害が発生した場合には、それは背任罪にあたる。

 Xの行為に関与したYについては、Xに業務上横領罪が成立する場合には、Yには業務上横領罪の共同正犯が成立する。Xに背任罪が成立する場合には、Yには背任罪の共同正犯が成立する。ただし、このような認定は、次のような理論によらなければならない。つまり、業務上横領罪も背任罪も身分犯であること、Xにその身分があるが、Yにはその身分がないこと、身分犯に非身分者が関与した場合には、非身分者には刑法65条1項を適用して、身分犯の共同正犯または共犯が成立するという理論である。原審では、Yに業務上横領罪の教唆ではなく、共同正犯の成立が認められたのは、村の基本財産を自ら領得しているからである。かりにXに背任罪が成立する場合でも、共同正犯になると思われる。

横領後の横領(最判平成15・4・23刑集57巻4号467頁)

【事実の概要】
 宗教法人Aの責任役員の被告人Xは、宗教法人法やAの規則が定める規則に従わずに、平成4年4月30日に土地1をBに、平成4年9月24日に土地2をCに売却して、所有権移転登記を終了した。被告人は業務上横領罪で起訴された。

 Xは、これらの売却に先立って、土地1について、昭和55年4月11日に極度額2500万円の根抵当権を設定して登記を終了し(抵当権1)、さらに平成4年3月31日に債権額4300万円の第二順位の抵当権を設定して登記を終了し(抵当権2)、土地2について、平成元年1月13日に債権額3億円の抵当権を設定して登記を終了した(抵当権3)。弁護人は、これらの抵当権設定行為によって、すでに業務上横領罪が成立しているので、その後Xによって行われた本件の売却行為は、「不可罰的事後行為」であって、業務上横領罪にはあたらないと主張した。

 第1審は、土地への抵当権設定行為は、土地が有する経済的価値を侵害する行為であり、土地の売却行為は、土地の所有権、すなわち経済的価値を含め、土地が有する価値のすべてを第三者に譲渡する行為であり、両者を比較すれば、後者の行為の違法性は、前者の行為の違法評価に包含し尽くされているとはいえないと判断して、Xの売却行為は業務上横領罪にあたると判断した。

 控訴審は、以下のような理由から、原審の判断を維持した。抵当権1と抵当権3については、業務上横領罪が成立するが、すでに公訴時効が完成しているため、それを処罰することはできない。このように先行行為を処罰できない場合に、後行行為がその不可罰的事後行為であるとして処罰できないとするのは不合理であるとして、弁護人の主張を斥けた。そして、抵当権2については、土地1の売却交渉の開始後に少額の資金の必要に迫られてなされたものであり、売却代金が入れば、それで借入金を返済して、抹消することが当初から予定されていたのであるから、実質的に見ればXにとって、土地代金の一部先払いを受ける行為にするないし、またAにとっても抵当権設定よりも売却の方がはるかに損害が大きいから、抵当権2を重視して、その後の売却行為を不可罰的事後行為と見るのは本末転倒である。

 これに対して、弁護人が上告した。

【争点】
 窃盗罪や横領罪などの行為によって、財物を取得した後、その財物を棄損しても、その行為は、すでに成立している窃盗罪や横領罪の事後に行われ、窃盗罪・横領罪の違法性を評価するにあたって、それに包含することができるので、あらためて器物損壊罪などの別罪を構成しない。これを不可罰的事後行為という。ただし、不可罰というのは器物損壊罪としては不可罰であるという意味であって、それは窃盗罪・横領罪の違法性を評価・判断するときに、それに包含される(それゆえ、窃盗罪や横領罪と共に処罰される事後行為=共罰的事後行為と呼ばれることがある)。

 XはAから横領罪によって財物(不動産)を取得した。その財物はXの財物ではなく、依然としてAの財物、他人の財物である。それを秘して他人に売却し、金銭の交付を得た場合、それは詐欺罪にあたる。Xはあたかも自分の財物であるかのように装って、他人を欺いて錯誤に陥れて、金銭を交付させているからである。では、窃盗や横領して得た財物であることを公言して他人に売却した場合はどうか。その場合、まずは買い受けた他人に盗品等の有償譲受罪が成立する。これに対応する盗品等の有償譲渡罪については、処罰規定がないので、Xの譲渡した行為は処罰されない。しかし、Xが有償譲渡した行為は、権利者でなければ行えない行為なので、「自己が占有する他人の財物を横領した」といえそうである。ただし、この有償譲渡が横領にあたるとしても、その違法性がすでに行われた窃盗罪や横領罪の違法性に包含されて判断される場合には、別罪を構成しない。これが不可罰的事後行為の考え方である。

 事後の行為の違法性が先行する行為の違法性に包含されるかどうか、事後の行為の違法性が先行する行為の違法性を超えている場合には、不可罰的事後行為にはならない。これが第1審と控訴審の判断である。

【裁判所の判断】
 委託を受けて他人の不動産を占有する者が、これにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了した後においても、その不動産は他人の物であり、受託者がこれを占有していることに変わりはなく、受託者が、その後、その不動産につき、ほしいままに売却等による所有権移転行為を行ない、その旨の登記を了したときは、委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をしたものにほかならない。したがって、売却等による所有権移転行為について、横領罪の成立自体は、これを肯定することができるというべきであり、先行の抵当権設定行為が存在することは、後行の所有権移転行為について犯罪の成立を妨げる事情にはならないと解するのが相当である。

【解説】
 最高裁の判断は、第1審・控訴審とは異なる。不可罰的事後行為にあたるかどうかの判断基準として、事後の行為の違法性が先行行為に包含されるかどうかを問題にしていない。むしろ、横領によって得られた不動産は「自己の占有する他人の不動産」であり、それを売却するなど権利者でなければできない行為をしている以上、横領にあたると判断した。

背任罪における「事務処理者」の意義(最判昭和31・12・7刑集10巻12号1592頁)

【事実の概要】
 被告人は、昭和27年5月末頃、Aとの間に自己所有にかかる木造家屋(約27坪)につき極度額20万円とする根抵当権設定定契約を締結し、Aに白紙委任状、印鑑証明書等の抵当権設定登記に必要な書類を交付したが、Aにおいていまだ登記を完了していないことを知りながら、自己の営業資金を得るために、同年9月27日頃、B方において同人から20万円を借りうけるにあたり、同一の家屋につき極度額を20万円とする第一順位の根抵当権設定契約を締結してこれを投棄し、Aの抵当権を後順位の抵当権にさせた。被告人は、背任罪により起訴された。

 第一審は、被告人に対して、背任罪につき無罪を言い渡した。被告人は、Aに対して、白紙委任状、印鑑証明書、権利証などを一括して交付していたので、その家屋の登記はAにおいて完了しなければならず、被告人にはその家屋の保全義務はない。Aが登記しなかった家屋について、被告人がそれを登記しても、その保全義務がない以上、登記したことに対して責任は問われないので、背任罪にはあたらないと判断した。被告人は抵当権設定者として、抵当権者であるAの登記に協力する義務を負った者(Aのために、Aの登記に協力する事務処理者)ではない、つまり背任罪の行為主体ではないからである。

 これに対して、第2審は、被告人に背任罪の成立を認めた。Aが登記しなかったのは、被告人からそのように要請を受けたからである。また、被告人はAに対して、同一家屋につき他に抵当権を設定して借金することはしないと述べていた。従って、被告人は抵当権設定者として、抵当権者であるAの登記に協力する義務があった(他人のために、その他人の事務を処理する者)。それにもかかわらず、それを怠って(その任務に背く行為をして)、Bに抵当権を設定して(第三者Bの利益を図るために行為をして)、Aの抵当権を後順位のものにした(Aに財産上の損害を発生させた)。従って、被告人には背任罪が成立する。

 これに対して、被告人が上告した。抵当権設定者である被告人が抵当権者のAの登記に協力するための事務は、被告人に固有の事務(被告人自身の事務)であって、Aの事務ではない。たとえ、Aの抵当権が後順位に落ちても、抵当物件の価格が十分であれば、Aに財産上の損害が発生したとはいえない。本件では、Aに対する背任罪が成立するのではなく、むしろBに対する詐欺罪が成立するとした判例に反する(被告人は、Aとの間で家屋につき抵当権設定契約をした事実を秘して、Bに家屋に抵当権が設定されていないと誤信させて、Bに20万円を交付させた)。

【争点】
 刑法247条の背任罪の成立要件は、
(1)他人のためにその事務を処理する者(他人のための事務処理車)が、
(2)自己若しくは第三者の利益を図る目的(自己・第三者図利目的とりもくてき)
   または本人に損害を加える目的(本人加害目的)に基づいて、
(3)その任務に背く行為(任務違反行為)を行って、
(4)本人に財産上の損害(財産上の損害)を発生させた
ときに成立する。
 本件では、(1)と(4)について成否が争われた。

【裁判所の判断】
 抵当権設定者は、その登記に関して、これを完了するまで、抵当権者に協力する任務を有することはいうまでもないところであり、右任務は主として他人である抵当権者のために負うものといわなければならない。

 抵当権の順位は、当該抵当物件の価額から、どの抵当権が優先して弁済を受けるのかの財産上の利害に関する問題であるから、本件被告人の所為たるAの1番抵当権を、後順位の2番抵当権たらしめたことは、既に刑法247条の損害に該当するものといわなければならない。

【解説】
 背任罪の行為主体は、「他人のためにその事務を処理する者」である。「その事務」の「その」とは「自己」ではなく、「他人」を指す。つまり、「他人のためにその事務を処理する者」とは、他人のために、その他人の事務を処理する者のことである。従って、他人のために、自己の事務を処理する者は、背任罪の行為主体ではない。
 例えば、弁護士は依頼者から法律相談を受ける。法律の知識や判例の動向などを説明する。それは、依頼人のために行う業務である。この法律相談は、依頼人の事務か、それとも弁護士の事務か。「法律相談」は、弁護士資格を有する者しかそれを行うことは許されていない。従って、それは弁護士の事務である。

 背任罪の構成要件的結果は、本人のところで財産上の損害が発生したことである。この財産上の損害とは何か。本件の事案においては、抵当権が設定された家屋それ自体の経済的価値が低下したことなのか、それとも当該家屋に対するAの抵当権を後順位のものにして、それを登記する権利実現の可能性を低下させたことなのか。弁護人は前者の見解を主張したが、最高裁は後者の見解を主張して、「財産上の損害の発生」を肯定した(判例071参照)。

任務違背行為の意義(最決平成21・11・9刑集63巻9号1117頁)

【事実の概要】
 被告人Aは平成元年(1988年)4月から6年6月までT銀行の代表取締役頭取、被告人はBは同月から9年11月までT銀行の代表取締役を務め、被告人Cは不動産会社D、高級リゾートホテルEの実質的経営者であった。T銀行は昭和58年(1983年)からDに対する融資を開始し支援したが、平成5年(1993年)には経営状況は悪化し、実質倒産状態に陥っていた。Aは頭取在任中に、Dの資産状態・経営状況を熟知しながら、資金の融資を決定し、実質無担保でこれを実行した(総額で約8億4千万円)。Bもその路線を継承し、77億3千万円以降を融資した。DはG地区の開発事業で返済することを考えていたが、その返済が期待できる状態にはなかったし、A・Bもそれを認識していた。

 A・Bはぞれぞれの融資につき特別背任罪(刑法の背任罪の加重類型=会社法960条1項)、Cはその共同正犯として起訴された。

 第1審は、本件各融資の実行がA・Bそれぞれの任務に違反する行為であるとしつつも、第三者・自己の図利目的または本人への加害目的を否定して、被告人全員を無罪とした。

 これに対して、原審は、回収の見込みのない融資をすることは許されないとして、本件各融資が任務違反行為にあたるとして、A・Bは自己保身目的から融資を継続したとして、自己図利目的を認め、A・Bに特別背任罪、Cにその共同正犯の成立を認めた。

 これに対して、被告人らが上告した。被告人らは、Cに実質無担保で融資したのは、そうすることによってCの経営状態を改善し、T銀行への損失を極小化することが目的であったと主張した。

【争点】
 銀行の融資担当者は、相手方に融資する際に、その経営状態、事業計画、その実現可能性などを踏まえて、融資した元本と利息を含めて回収できるかどうか判断する。それは、銀行のために、銀行の業務・事務として行われる。従って、被告人A・Bは、他人のためにその事務を処理する者にあたる。

 A・Bが、融資にあたってCが経営するDの経営状態などを正確に判断する任務を負っていたにもかかわらず、その任務に背いて融資した場合、任務違背行為にあたる。

 故意の要件としては、任務違背行為を行っている認識に加えて、自己(A・B)・第三者(C)に利益を図る目的または本人(T銀行)に害を加える目的が必要である。

 そして、融資が回収できなくなり、銀行に財産上の損害を発生させることで、(特別)背任罪の成立が認められる。

【裁判所の判断】
 Dグループは、本件各融資に先立つ平成6年3月期において実質倒産状態にあり、グループ各社の経営状況が改善する見込みはなく、既存の貸付金の回収のほとんど唯一の方途と考えられていたG地区の開発事業もその実現可能性に乏しく、仮に実現したとしても、その採算性にも多大な疑問があったことから、既存の貸付金の返済は期待できないばかりか、追加融資は新たな損害を発生させる危険性のある状態にあった。被告人A及び同Bは、そのような状況を認識しつつ、抜本的な方策を講じないまま、実質無担保の本件各融資を決定、実行したのであって、上記のような客観性を持った再建・整理計画があったものでもなく、所論の損失極小化目的が明確な形で存在したともいえず、総体としてその融資判断は著しく合理性を欠いたものであり、銀行の取締役として融資に際し求められる債権保全に係る義務に違反したことは明白である。そして、両被告人には、同義務違反の認識もあったと認められるから、特別背任罪における取締役としての任務違反があったというべきである。

【解説】
 被告人A・Bは、Cが経営するDの経営状態が悪化していたことを知りながら、融資を継続した。一般的に考えれば、それは回収の見込みのない融資であり、銀行の融資担当者の任務に背く行為であるといえる。また、そのような融資をすれば、銀行に損害を加えることになることを認識しているといえる。また、融資が回収不可能になれば、銀行に財産上の損害が発生する。従って、銀行のためにその事務を処理する者が、その任務違背行為を行って、本人に害を加える目的から、財産上の損害を発生させたことになり、背任罪が成立することは明らかである。

 しかし、ある程度まで融資したが、経営状態が改善しなかったから、それ以上の追加融資をやめてしまうと、経営破たんを助長することになりかねない。かりにG地区の開発計画が順調に進めば、追加融資の分だけでなく、先に行った融資も歩い程度回収でき、銀行の損失を最小限に抑えることが可能性であれば、追加融資は必ずしも任務違背行為とはいえないし、その目的も本人加害目的とはいえない。

財産上の損害(最決昭和58・5・24刑集37巻4号437頁)

【【事実の概要】
 被告人Xは信用保証協会Aの支所長、Yは支所長代理として、融資に関する債務保証承諾の申し込みを受け付け、申込者の弁済能力の有無を判断して、1企業者につき700万円を限度とする融資を行う権限が与えられていた。それを超える融資については、資産状況などに関して調査説明書を作成して、同協会長あてに稟議(りんぎ)し、それが検討した上で指示した事項を遵守し、同保証協会のために誠実に職務を遂行すべき任務を有していた。
 ところが、X・Yは共謀の上、Zの利益を図る目的で、Zに返済能力がないことを知りながら、Zに対する1000万円の債務保証承諾 の申し込みを受け、その資産状況、売上高につき事実に反する調査説明書を作成し て、同協会長あてに稟議し、特定の不動産に抵当権の設定をすることを条件に保証することを指示されていたにもかかわたず、それをなさずに、Zに信用保証書を交付して、1000万円の融資を行った。
 さらにX・Yは、Zに返済能力がないにもかかわらず、950万円の債務保証承諾の申し込みを受けたにもかかわらず、同協会長に稟議せず、その指示を受けずに、信用保証をなす決定をし、Zに950万円の融資をした。

 Zは、信用保証協会からの合計1950万円の債務を不履行するには至っていなかった。XとYは背任罪で起訴された。

【争点】

 背任罪の成立には、他人(本人)に「財産上の損害」を発せ営させることが必要である。背任罪は、財産犯のなかでも「全体財産に対する罪」として分類される唯一の犯罪類型である。他の財産犯は「個別財産に対する罪」であり、とくに財物を客体とする罪については、その占有の侵害と移転については可視的であり、その事実の容易である。しかし、「財産上の損害」の有無の認定は容易ではない。一般には、被害者の財産状態を評価したうえで、被害者の財産の価値が減少すべきでなかったにもかかわらず、行為者の行為が行われたために減少したとき、または被害者の財産の価値が増加すべきであったにもかかわらず、行為者の行為が行われたために増加しなかったとき に「財産 上の損害」の発生が認められる。

 ただし、財産の価値の増減をどのようにして判断するか。その判断方法には、法的見地から判断する方法と経済的見地から判断する方法がある。

【裁判所の判断】

 刑法247条にいう「本人ニ財産上ノ損害ヲ加へタルトキ」とは、経済的見地におい て本人の財産状態を評価し、被告人の行為によって、本人の財産の価値が減少したとき又は増加すべかりし価値が増加しなかったときをいうと解すべきであるところ、Xが本件事実関係のもとで同協会をしてZの債務を保全させたときは、同人の債務がいまだ不履行の段階に至らず、したがって同協会の財産に、代位弁済による現実の損失がいまだ生じていないとしても、経済的見地においては、同教会の財産的価値は減少したものと評価されるから、右は同条にいう「本人ニ財産上ノ損害ヲ加へタルトキ」にあたるというべきである。

【解説】

 例えば、銀行が企業に対して、一定の不動産を担保にして1000万円の融資を行ったとする。銀行には1000万円の債権が、会社には1000万円の債務がある。銀行は不動産を担保 にしている。会社が債務を履行できなかった場合、銀行は1000万円の価値のある土地を取得する。または、不動産市場において転売して、1000万円の現金を得る。このように法的な見地から見た場合、だれのところにも財産上の損害は発生していない。
 しかし、回収見込みがないにもかかわらず(つまり債務不履行になることを認識しながら)、しかもその土地が1000万円の価値がなかったにもかかわらず融資しした場合、なだ債務不履行になっていないからといって、何の問題もないかというと、そうとはいえない。経済的な見地から見た場合、銀行に1000万円を回収できないリスクが発生している以上、「財産上の損害」が発生していると考えることもできる。

 最高裁は、後者の経済的見地から判断し、財産上の損害の意味を「経済的財産概念」としてとらえている。

背任罪における図利加害目的(最決平成10・11・25刑集52巻8号570頁)

【事実の概要】
 被告人は、A銀行の監査役、顧問弁護士であった。A銀行は、B社と密接な関係にあり、Bが倒産するとAの危機にもつながる可能性があった。Bは、同社の遊休資産である土地を売却して、Aから借りている補償金の償還資金を捻出するために、C社とD社がAから融資を受けて、この土地を購入することになっていた。しかし、融資の物的担保は大幅に不足し、さらにC・Dの返済能力にも不安があった。それにもかかわらず、被告人はAの代表取締役X、融資担当取締役Yと共謀して、C・Dに融資をした。本件融資は、Aの融資事務取扱要領などに違反し、融資金の回収が困難になる可能性があることは明らかであった。3人は特別背任罪で起訴された。第1審・控訴審ともに、被告人らに特別背 任罪の成 立を認めた。

【争点】
 被告人ら3人は、A銀行のために、A銀行の名義で企業に融資するかどうかを判断する事務を処理する者であった。彼らのC・Dへの融資は、同銀行の融資取扱要領に違反していたので、任務違反行為であるといえる。そして、融資金が回収困難になっているので、経済的財産概念を基準にすれば、財産上の損害が発生していることも明らかである。

 では、自己(被告人、X、Y)や第三者(B、C、D)の利益を図る目的があったか、あるいは本人(A)に害を加える目的があったか。

【裁判所の判断】
 被告人らは、Bと密接な関係のあるAに利益を図るという動機があったにしても、その資金確保のためにAにとって極めて問題が大きい本件融資を行わなければならないという必要性、緊急性は認められないこそ等にも照らすと、……本件融資は、主として右のようにB、C及びDの利益を図る目的をもって行 なわれたということができる。そうすると、被告人およびXらには、本件融資につき特別背任罪におけるいわゆる(第三者)図利目的があったというに妨げなく、、被告人につきXらとも共謀による同罪の成立が認められるというべきであるから、これと同旨の原判断は正当である。

【解説】
 A銀行とB会社は密接な関係にあり、Bが倒産するとAの危機にもつながる可能性があった。もしも、Bが倒産すると、Aも連鎖的に倒産することが明らかであれば、Aの倒産を回避するためには、Bの倒産を回避しなければならず、そのためにはC・Dに融資しなければならないことになる。そうすると、融資取扱要領などに違反してC・Dに融資したのは任務違背行為であり、回収の見込みのない融資をしたので、財産上の損害も発生しているといえるが、それは本人(A)に害を加える目的から行われたとはいえない。ゆえに、特別背任罪は成立しないと主張することもできる。

 本件の事案では、Aに利益を図るために、Aにといって極めて問題の大きい融資を行わなければならない 必要性・緊急性があったとは認められないと認定した。つまりBの倒産に連鎖してAも倒産する緊急性がなかったので、C・Dへ融資しBの倒産を回避する目的は(第三者)図利目的にあたると判断されている。

不正融資の借り手側の責任(最決平成15・2・18刑集57巻2号161頁)

【事実の概要】
 不動産会社Aの実質的経営者の被告人XとYは、住宅金融専門会社Bから融資を受けていた。その後、バブル経済が崩壊したが、B社の社長ZはAへの融資を継続した。Aは他の金融機関から融資を受けれない状況になったが、Zは自己の責任を回避し、保身を図るとともに、Aの利益を図る目的で迂回融資するなどの方法でAへの融資を続けた。XとYは、抜本的な経営改善策を講じないまま、Bに対して融資の申し入れを続けた。

 第1審は、Zに特別背任罪の成立を認めた(改正前の商法486条1項)。その身分のないX・Yについても、Zと意思を通じて、Zの任務違背行為を利用して、特別背任の図利目的と故意に基づいて行為をしたので、刑法65条1項を適用して特別背任罪の共同正犯が成立すると判断し、その刑については刑表65条2項を適用して、刑法の背任罪(刑法247条)のそれによるとした。

【争点】
 銀行の融資担当者が無担保で融資すると、それは任務違背行為であり、銀行に害を加える目的も認められ、背任罪が成立する。このような融資が背任罪にあたるとき、借り入れた側は、背任罪の教唆犯やその共同正犯にあたるのか。

 融資は、貸し手と借り手によって成り立つ。このように犯罪の成立に相手方の存在が必要な犯罪を必要的共犯(対向犯)という。対向犯の典型は贈賄罪と収賄罪であり、双方ともに処罰あれる。また重婚罪については、相手が既婚者であることを知っていた以上、その人が未婚者であっても、双方に重婚罪が成立する。このような対向犯の双方を処罰する規定が設けられている場合、判断は容易である。しかし、背任罪は相手方を処罰する規定はないので、一般的に言えば相手方は処罰されない。借り手に背任罪が成立しても、借り手は不処罰である。しかし、融資の依頼の方法、仕方、発覚しないように工作するなどした場合、借り手もまた背任罪の共犯、場合によっては共同正犯にな る可能性がある。

【裁判所の判断】
 A会社の代表取締約の被告人Xは、B社のZら融資担当者がその任務に違反するに当たり、支配的な影響力を行使することもなく、また、社会通念上許されないような方法を用いるなどして積極的に働きかけることもなかったものの、Zらの任務違背、B社の財産上の損害について高度の認識を有していたことに加え、Zらが自己及び A社の利益を図る目的を有していたことを認識し、本件融資に応じざるを得ない状況にあることを利用しつつ、B社が迂回融資の手順を採ることに協力するなどして、本件融資の実現に加担しているのであって、Zらの特別背任について共同加功をしたのと評価を免れないというべきである。

【解説】
 Xは、Zに対して支配的な影響力を行使しなかったし、社会通念上許されない方法を用いなかった。しかし、Zの任務違反、B社の財産上の損害について「高度の認識」を有していたし、Zらが自己の利益を図る目的、およびAの利益を図る目的を持っていたことも認識していた。しかも、Zが本件融資に応じざるを得ない状況にあることを利用しつつ、迂回融資の手順を探るなどして協力した。このような事実を踏まえた結果、一般的には不正融資の借り手は処罰されないといえても、本件については、「特別背任罪の共同正犯」にあたると判断された。

 最高裁は、Xの関与に関して、まず成立する犯罪としては、刑法65条1項を適用して商法の特別背任罪の共同正犯の成立を認め、次いでその処断刑としては、刑法65条2項を適用して刑法の背任罪の法定刑を適用した。このような刑法65条の適用方法は、必ずしも適切ではない。刑法の背任罪と商法の特別背任罪では、前者が基本類型、後者がその加重類型なので、Xには直接的に刑法65条2項を適用して、刑法の背任罪の共同正犯が成立すると判断するだけでよい。

 刑法65条1項は、真正身分犯(構成的身分犯)に非身分者が関与した場合について規定し、刑法65条2項は、不真正身分犯(加重的・減軽的身分犯)に非身分者が関与した場合について規定しているので、この判例の刑法65条の適用方法は妥当とはいえない。

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