刑事判例資料一覧「社交儀礼か賄賂か」「「職務に関し」の定義」etc.

賄賂罪の客体(最決昭和63・7・18刑集42巻6号861頁)

【事実の概要】

 Xは、旧大蔵省証券局証券監査官として有価証券届出書および有価証券報告書の審査等を担当していた。A社は、自社の株式を東京証券取引所に上場させようとして、新規発行株式940万株の公募増資を行うことにつき、それを担当していたXに対して、A社財務部長代理Yが、審査に対する謝礼の趣旨で前記新株のうち1万株を親分け株として「発行価格」で提供する旨申し出をし、XはYの申し出を承諾して、前記1万株を引き受け、Yにその代金を支払った。

 第1審は、本件株式について、上場始値が公開価格を確実に上回ることが見込まれ、発行会社または取扱証券会社と特別の関係にあるもの以外の一般人がたやすく入手できないものであることを認めたうえで、上場始値と公開価格との差額相当の利益をわいろにあたると判断した。

 控訴審、賄賂にあたる利益について、株券公布日にその株主となるべき地位(差額相当は、差額を取得しうる期待利益と解した)とらえなおし、第1審判決を破棄自判した。

 これに対して被告人が上告した。

【争点】

 旧大蔵省(財務省)の証券局・証券監査官は、株式の新規発行を希望している株式会社の株式を審査することを職務としている。その審査に対する謝礼の趣旨で金銭などを受け取ると、それは利益の収受にあたるので、収賄罪が成立する。では、公開予定の株式を公開前に発行価格で提供を受けることは、「利益」の収受にあたるのか。その場合の利益とは、どのような内容か。第1審のように発行価格と上場始値の「差額」か。それとも控訴審がいうように、公開前に株を発行価格で取得し、株式交付日にその株主となるべき地位をいうのか。

 本件の株がどのような性質のものであったのか。それを具体的に認定して、本件の公開株が収賄罪の客体の利益にあたるか否かを認定しなければならない。

【裁判所の判断】

 本件は、A社、B社その他の株式会社の株式が東京証券取引所等において新規に上場されるに先立ち、あらかじめその株式が公開された際、贈賄側の者が公開に係る株式を交換価格で提供する旨の申し出をし、収賄側の者がこれを了承してその代金を払い込むなどしたという事案である が、右株式は、間近に予定されている上場時にはその価格が確実に公開価格(発行価格)を上回ると見込まれていたものであり、これを公開価格(発行価格)で取得することは、これらの株式会社ないし当該上場事務に関与する証券会社との特別な関係にない一般人にとって、極めて困難であったというのである。以上の事実関係のもとにおいては、右株式を公開価格(発行価格)で取得できる利益は、それ自体が贈賄収賄の客体になるものというべきであるから、これを同趣旨に出た原判断は、正当である。

 新規株を購入すること自体、一般の投資家には困難なことであるので、それを得たことは、一般には得られない利益を得たも同然であるといえる。たとえ公開価格(発行価格)での購入であっても、その後、確実に公開価格を上回ると予想されていたの だから、上回る分に相当する利益を得たといえる。

【解説】

 上場株は、公開されれば、だれでも購入できる。それを公開前に発行価格で購入しても、少し早めに購入できただけで、株主になるのは、購入者と同じ、株券交付日であって、そのことをもって特段の利益を収受できたとはいえないように思われる。また、株式は値上がりすることもあれば、値下がりすることもあり、確実に上がるという保証がない限り、上場始値と公開価格の差額は算定するのが困難である。算定困難なものを利益とすることはできない。

 しかし、発行株数には限りがあり、大口の投資家が買い集めたりすることもあるので、一般の個人投資家には手が届かないこともある。そういう意味では、公開前に購入すること自体が「利益」にあたると考える こともで きる。また、新規株式を発行する株式会社の成績が好調で、収益を上げている場合、新規株は高い確率で値上がりし、公開価格を上回ることが予想される。その時点で売却すれば、上回った分の「利益」は算定可能であると考えることができる。

社交儀礼と賄賂罪(最決昭和50・4・24判時774号119頁、判タ321号66頁)

【事実の概要】

 被告人は、国立和歌山大学教育学部付属中学校の教諭であったが、生徒の父母9名から前後12回にわたり、贈答用小切手12通、額面合計12万円を受け取った。

 第1審は、そのうち3回について、単純収賄罪の成立を認めた。これに対して、弁護人は、本件小切手は社交儀礼の範囲内のものであり、またその一部は職務外の指導に対する報酬であるから、同罪を構成しないと主張して控訴した。

 原審は、被告人が、①昭和41年4月下旬ころ、新規にその学級を担任することになったAの母Bから贈答用小切手5千円を受け取り、②昭和43年3月下旬ころ、それまで2年間にわたって学級担任として教育指導を担当してきたCの母DおよびEの父Fから、それぞれ贈答用小切手1万円を受け取った事実を認定したうえで、①の事実につき、社交儀礼の範囲を超えたものであり、学級担任教諭としての職務に関するものであり、学習等につき好意ある指導を受けたいという趣旨のもとに供与されたわいろであると認定し、②の事実につき、社交儀礼の範囲を超えたものであり、学級担任教諭としての職務に関するものであり、学習等につき好意ある指導を受けたことの謝礼の趣旨の もとに供 与されたわいろであると認定し、弁護人の控訴を棄却した。

 これに対して、弁護人が上告した。

【争点】

 公務員が、その職務に関して、利益を受け取る行為が収賄罪として処罰される実質的な理由は、利益の供与を受けた事実が明らかになれば、一般に公務員の職務の純粋性や公正中立性に不信や疑念が抱かれるからである。つまり、収賄罪の保護法益は、公務員の職務の中立性に対する社会的信頼であるといえる。逆にいえば、公務員がその職務に関連して利益を受けても、そのような不信・疑念が生じず、社会的信頼が損なわれなければ、収賄罪にはあたらない。その判断基準としては、供与されたモノの内容、その価格・金額が社会的に慣行として行われている儀礼の範囲内にあるか否かである。

【裁判所の判断】

 ①について、生徒Aの母Bは、かねてから子女の教員に対しては季節の贈答や学年初めの挨拶を慣行としていたものであって、これらの贈答に関しては、儀礼的挨拶の限度を超えて、教育指導につき他の生徒に対するより以上の格段の配慮、便益を期待する意図があったとの疑惑を抱かせる特段の事情も認められないのであるから、本件小切手の供与についても、被告人が新しく学級担任の地位についたことから父兄からの慣行的社交儀礼として行なわれたものではないかとも考えられる余地が十分存するので…、学級担任の教諭として行うべき教育指導の職務行為そのものに関する対価的給付であると断ずるには、…合理的な疑いが残る。

 ②について、被告人が法令上の義務的時間の枠をはるかに超え、かつ学校教員に寄せられる社会一般の通常の期待以上のものがあったのではないかとも考えられる場合、その教育的指導が、教諭としての職務に基づく公的な面を離れ、児童生徒に対するいわば私的な人間的情愛と教育に対する格別の情熱の発露の結果であるともみられるとするならば、かかる極めて特殊な場合についてまでその教育指導を被告人の当然の職務行為であると即断することは、教育公務員の地位身分とその本来の職務行為とを混同し、形式的な法解釈にとらわれて具体的事実の評価を誤るものではないかとの疑念を抱かせる。

【解説】

 公務員がその職務に関して受け取ることが許されている利益は、勤務先の公務所が支給する月々の給与だけである。それ以外のところから、職務に関して利益を受け取ることは許されない。ただし、講師として派遣され講演などを行った場合、自分が立て替えた交通費などは受け取ることが認められており、また打ち合わせの際に提供されるお茶・お菓子などは社会通念上認められる範囲内で許される。このような一般の公務員の場合、他者から利益を受け取る機会はあまりないが、教育公務員の場合、児童生徒をはさんで、父母や地域とのつながりが強く、また教育に対する熱意への自然な感謝の気持ちから、見合いを勧めたり、家に招いて食事を提供したり、季節の贈答品を 渡したり することがある。このような利益をきっぱりと断ると、人間的に情の伝わらない人だと決めつけられ、うまく仕事が進まないこともありうる。悩ましい問題である。

 本件は、教育公務員が置かれているリアルな状況を踏まえて、収賄罪の形式的な解釈にとらわれて具体的事実の評価を誤るのを避けた一例として興味深い。[ad]

「職務に関し」の意義(1)(最決平成17・3・11刑集59巻2号1頁)

【事実の概要】

 被告人Xは、警視庁警部補として、調布警察署地域課において交番勤務し、犯罪の捜査等の職務に従事していた。その際、警視庁多摩中央警察署刑事課が捜査中の事件に関して、告発状を提出していたYは、①告発状の検討、助言、②捜査情報の提供、③捜査関係者への働きかけなどの有利かつ便宜な取り計らいを受けたいとの趣旨でXに対して3回にわたって現金を供与した。Xは、そのような趣旨であることを認識しながら、その現金を収受した。

 第1審および控訴審は、被告人Xにつき、単純収賄罪の成立を認めた。

 これに対して、被告人Xは、上記①②③の事項は、いずれもXの職務権限に属するものではないことを理由に上告した。

【争点】

 公務員がその職務に関して利益を収受すると、収賄罪にあたる。例えば、警視庁の警察官Xが東京都内に潜伏している被疑者Yを逮捕するために逮捕状を執行することになっていたが、Yを逮捕をしないことの見返りにYから利益を収受した場合、それが収賄罪にあたることは明らかである。また、それは警視庁に配属されているが、所轄の異なる警察官の場合でも、同じである。

 ただし、Yが捜査の管轄権の及ばない千葉県警の警察官Zに対して、逮捕を免れるために利益を供与し、Zがそれを収受した場合、Zには収賄罪が成立するかどうかは具体的に検討する必要がある。利益の収受が職務と関連性がない場合、収賄罪にはあたらないが、被疑者Yが犯罪組織の構成員であり、その組織が東京都から千葉県にまで広域に活動していることが明らかで、警視庁と千葉県警が広域捜査の協定を締結している場合には、千葉県警の警察官であっても、一定の範囲内において捜査権を有していると判断される。

【裁判所の判断】

 警察官法64条等の関係法令によれば、同庁警察官の犯罪捜査に関する職務権限は、同庁の管轄区域である東京都の全域に及ぶと解されることなどに照らすと、被告人が、調布警察署管内の交番に勤務しており、多摩中央警察署刑事課の担当する上記事件の捜査に関与していなかったとしても、被告人の上記行為は、その職務に関し賄賂を収受したものであ るというべきである。したがって、被告人につき刑法197条1項前段の収賄罪の成立を認めた原判決は、正当である。

【解説】

職務は、当該公務員が直接担当または執行する職務だけでなく、当該公務員が所属する機関・組織に権限がある職務全般を含む。従って、ある警察官が、その配属以外の警察署の職務に関連して利益を受けたとしても、その公務員が警視庁所属の警察官である以上、その職務もまた当該公務員の職務と見なされるので、職務関連性は否定されない。

 警察官は、基本的に都道府県警に所属し、その管区内の警察署に配属される。直接の職務は、配属先の警察署の署長が決定する。ただし、そのことによって、他の警察署の職務と無関係になるわけではない。所属する警察が要請する場合には、管区を超えて職務に就くことが要請されるし、大規模な都道府県の警察署が小さな県の警備に応援に行く場合もある。そのような場合、所属の県が異なっていても、現場で指揮にあたっている警察官の命令に従って行動することになる。警察組織は、一方では都道府県警に分割された地方分権的組織でありながら、警察庁を頂点とした中央集権的組織である。

 このように考えると、警視庁の管轄の範囲内において、配属の警察署が異なっていても、職務の共通性が認められる。

「職務に関し」の意義(2)(最決昭和59・5・30刑集38巻7号2682頁)

【事実の概要】

 国立医科歯科大学教授Xは、大学の設置を審議する大学設置審議会委員であり、歯科大学の専門課程における教員組織の適否を審査する歯学専門委員会委員であった。

 Xは、ある歯科大学設置準備委員会の実行委員のYから、この歯科大学の設置認可申請の調査審議に関して、便宜な取扱を受けたい旨で、あるいはその取扱を受けたことの謝礼として供与されたものであることの情を知りながら、そのころ自己が立候補していた日本学術会議会員選挙の陣中見舞名下に、現金合計150万円の供与を受けた。Xは、①大学設置の審査基準等に照らし設立大学の教員組織の適否を判断し、書類の記載方法などの指導をし、②歯学専門委員会の審査の結果を正式通知前に知らせた。

 第1審は、Xに収賄罪、Yに贈賄罪の成立を認めた。これに対して被告人が控訴した。

 控訴審は、被告人Xが行った①の行為は、歯学専門委員会の委員であることによって、はじめて行いうる実質的な判断行為であり、それは歯学専門委員会の場において審査・判断する前に行われているが、本リアの職務遂行に対してその準備行為として実質的な影響力を持つ行為である、そして②の行為は歯学専門員会の委員のみがなしうる行為である。①と②は、いずれも歯学専門員会の委員として法令上管轄する職務に関連し、事実上所轄する職務内の行為であり、歯学専門委員の職務と密接な関係にあるとして、控訴を棄却した。

 被告人Xは、①②の行為はいずれも私的な行為であって、職務権限に属するものではないとして上告した(私的な行為であるので、大学設置審議会の委員の職務関連性はなく、収賄罪には問われない。ただし、大学設置審議員の守秘義務違反には問われる)。

【争点】

 被告人Xは、大学設置審議会の委員である。学校法人が新たに大学を設置したいと申請した際、それを最終的に判断し、文部科学省に提案する会議の委員である。

 またXは、大学・学部のなかでも歯科大学・歯学部の設置の当否にあたって、就任予定の教員の専門分野、業績などを審査し、専門教育を担える人物であるか否かを判断する会議の委員である(大学の自治の精神により、だれを教員として採用するかは大学に委ねられているが、直近の過去5年間の研究業績などについて文部科学省がチェックをし、その適否を判断するが、そのチェックを実質的に行うのが専門委員会である)。

 Yは、ある学校法人の内部に設置された歯科大学設立準備委員会の委員であった。Yは、どうしても歯科大学を設置したかった。そのために、どのような書類を提出すればよいか、どのような教員スタッフであれば万全か、などの情報がほしかった。Xに150万円渡して、その情報を入手すると、贈賄罪・収賄罪に問われるので、Xが日本学術会議の会議員に立候補しているのを聞き、その陣中見舞いとして150万円渡した。

【裁判所の判断】

 Xは、……歯科大学の設置の認可を申請していた関係者らに対して、就任予定の各教員の適否について、右専門委員会における審査基準に従ってあらかじめ判定してやり、あるいは同専門委員会の中間的審査結果をその正式通知前に知らせてやったというのであって、Xの右各行為は、右審議会の委員であり且つ右専門委員会の委員である者としての職務に密接な関係のある行為というべきであるから、これを収賄罪にいわゆる職務行為にあたるとした原判断は、正当である。

【解説】

 歯学専門委員会委員の被告人は、歯科大学の設置を申請しているYから現金150万円を受け取ったという事実、審査基準に照らして教員組織の適否をあらかじめ判断して伝え、審査結果を事前に知らせた事実がある。後者の事実は、Xの職務権限に含まれる行為である。問題は、150万円の授受がその職務と関連しているのかである。現金150万円は、設置認可申請の調査審議の便宜な取り扱いに対する対価であったのか、それとも学術会議選挙の陣中見舞いなのか。事実認定においては、便宜な取り扱いを受けたい旨またはそれを受けたことの謝礼であると認定している。そのように事実認定した根拠は、事前に結果を知らせるなどした間接事実から推認されているのではな いかと思われる。

「職務に関し」の意義(3)(最大判平成7・2・22刑集49巻2号1頁)

【事実の概要】

 昭和47年8月、米ロッキード社の日本における販売代理店である丸紅の社長Xら被告人は、ロッキード社製の航空機(L1011型機)を全日空へ売り込もうと計画していた。運輸省・運輸大臣は、全日空に対する行政指導の権限を有していたので、全日空がロッキード社の航空機を購入するかどうかを決定するにあたっては、運輸大臣が行政指導することが可能であった。そこで、被告人Xらは、当時の内閣総大臣Yに対して、運輸大臣が全日空にL1011型機の購入を勧奨する行政指導をするよう請託した(Aルート)。また、XらはY自らが直接全日空に同趣旨の働きかけをするよう依頼した(Bルート)。その成功報酬として現金5億円の供与を約束し、その後、全日空がL1011型機 の購入を決定したことから、5億円の授受が行われた。

 第1審は、Aルートについて、運輸大臣の職務権限、閣議決定の存在を肯定したうえで、内閣総理大臣の指揮監督権限を認め、Bルートについては、内閣総理大臣の準職務行為を認め、Xらに贈賄罪の成立を認めた。Xは控訴したが、控訴損は控訴を棄却した。これに対してXが上告した。

【争点】

 公務員が、その職務に関連して金銭などを受け取る行為は、中立であるべき公務員の職務が金銭によってゆがめられているのではないかと社会的な不審を抱かれることから、収賄罪として処罰される。ただし、職務に関連せずに金銭などを受け取った場合、また社交儀礼の範囲内で物品などを受け取った場合には、それは職務の中立性をゆがめているとはいえないので、内部規則によって処分されることはあっても、収賄罪として処罰されることはない。

 職務関連性を広くとらえれば、収賄罪の成立する範囲は広くなるが、それに応じて収賄罪の成立範囲があいまいになるという問題が生ずる。反対に、職務関連性を狭くとらえれば、収賄罪の成立する範囲は明確になるが、それは狭くなる。したがって、利益の収受と職務との関連性を問題にする場合、利益が職務の対価であることを論ずる前に、その職務の範囲を明らかにしておく必要がある。

【裁判所の判断】

 (Bルートに関する判断は示されていない)。

 本件で問題となった行為が、内閣総理大臣の職務権限に属するというためには、(1)運輸大臣が全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行為が運輸大臣の職務権限に属し、かつ、(2)内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨をするよ う働き掛けることが内閣総理大臣の職務権限に属することが必要である。……運輸大臣が全日空に対しL1011型機の選定購入を勧奨する行為は、(航空法により)運輸大臣の職務権限に属する行為であり、内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨行為をするよう働き掛ける行為は、(憲法上)内閣総理大臣の運輸大臣に対する指示という職務権限に属する行為であるということができる。

 運輸大臣(現在の国土交通大臣)の職務は、航空法などの法律で定められている。その職務の具体的な内容や遂行については、閣議で審議され、決定される。総理大臣は、その審議を司り、運輸大臣に対して指示を出す。運輸大臣は、その指示なしに行政指導・勧奨することはできない。従って、被告人は、総理大臣の職務権限に属 する行為に関連して、5億円供与したといえる。

【解説】

 運輸大臣は、航空機の購入を検討している航空会社に対して直接的に行政指導する職務権限がある。どの国の、どの航空機を購入するのが、安全性・経済性の面から考えてふさわしいかを述べ、特定の航空機の購入を推奨することができる。

 ただし、運輸大臣は、単独でそれを行うのではなく、政府の管轄官庁の責任者として行うのであるから、政府で議論して、様々な意見を反映させて、最終的にまとまった政府の意見に従わなければならない。それを議論する場が閣議である。閣議を招集し、それを運命する最高責任者は、内閣総理大臣である。内閣総理大臣は、閣議の場において、運輸大臣から航空機購入の問題について報告させ、運輸大臣に対して具体的な指示を出すことができる。ボーイング社の航空機はやめたほうがよいとか、ロッキード社のものにすべきだとか、運輸大臣に対して指示を出すことができる。

 ロッキード社の子会社である丸紅の社長が、運輸大臣だけでなく、総理大臣に対して、全日空が自社の航空機を購入するよう行政指導してほしい、それが実現すれば5億円提供することを約束し、実際にも全日空がロッキード社の航空機を購入した。総理大臣による運輸大臣への指示は総理大臣の職務であり、5億円は総理大臣の職務に関連して授受されたといえる。

再選後の職務と賄賂罪の成否(最決昭和61・6・27刑集40巻4号369頁)

【事実の概要】

 M市の市長は、M市が発注する各種公共事業の工事に関して、入札参加者の指名および入札の執行を管理する職務権限を持っていた。市長は、近く施行される同市長選挙に立候補を決意を固めていた。市長選挙後、M市の市庁舎の建設が予定されていた。当選した市長が、その工事などについて具体的に職務を進めていくことが予定されていた。電気・管工事業者のAは、その工事の入札にあたって入札参加者として指名してほしい、そして入札の執行にあたって便宜有利な取計いをしてほしい旨の請託を市長と被告人に対して行い、市長と被告人は共謀して、その報酬として、現金3000万円の供与を受けた。

 第1審、控訴審ともに、被告人に対して受託収賄罪(刑法197条1項後段)の成立を認めた。弁護人は、現市長と被告人を区別する必要はないので、事前収賄罪(197条2項)が成立すると主張した。

【争点】

 刑法197条では、公務員がその職務に関しわいろを要求した、収受する約束を取り付けた、そして実際に収受した場合、収賄罪(要求罪、約束罪、収受罪)が成立する(1項前段・5年以下の懲役)。このような収賄罪が成立する場合に、請託を受けていたときには、受託収賄罪が成立する(1項後段・7年以下の懲役。前段の加重類型)。贈賄側は、職務との関連においてわいろを渡しているだけでなく、職務の遂行の内容に関して具体的な要求をしているので、公務員の職務の中立性はいっそうゆがめられるからである。

 公務員は採用されて、また当選して初めてその職務につく。採用前や当選前の時点では、「公務員になろうとする者」である。この者は採用後・当選後にどのような職務に従事するのか決まっていない場合もあるが、それが明確にされている場合もある。そうすると、わいろを贈る側のなかから、採用・当選前にわいろを渡そうとするものが出てくる。このような「公務員になろうとする者」が、職務に関連して、さらに請託を受けてわいろを要求・約束・収受する行為もまた処罰される。これが事前収賄罪である(刑法197条2項・5年以下の懲役)。ただし、公務員に採用・当選しなければ、処罰されない(客観的処罰条件)。請託を受けていても、また採用・当選しても、受託収賄 罪よりも軽く処罰される。

【裁判所の判断】

 市長が、任期満了の前に、現に市長としての一般的職務権限に属する事項に関し、再選された場合に担当すべき具体的職務権限の執行につき請託を受けて賄賂を収受したときは、受託収賄罪が成立すると解すべきである。

【解説】

 M市の市庁舎の建設工事は、市長選挙後に、新市長のもとで実施することが予定されていたが、その計画は市長選挙前にすでに現市長のもとで進められていた。この市庁舎の建設工事は、新市長の職務か、それとも現市長の職務か。

 市庁舎の建設工事は、新市長が担当する職務であると解すると、事前収賄罪が問題になる。しかも、当選しなければ処罰されない。それに対して、新市長が担当する職務を計画するのは現市長の職務であり、新市長の具体的な職務の内容を決定するのは新市長であっても、それを大まかに計画するのは、現市長の一般的職務権限に属する。現市長が、選挙後に新市長として市庁舎の建設工事を進めるために、具体的な職務権限を執行するにあたってAから請託を受けると(入札参加者として指名し、落札できるように配慮してほしい)、工事の計画段階においてAに有利な計画をするのではないだろうかと疑いがかかる。つまり、Aが渡したわいろは、どのような職務に対する対価かというと 、選挙後の工事の入札などの職務ではなく、選挙前の工事計画に対する対価である。このように理解するならば、最高裁が受託収賄罪の成立を認めたのは論理的に理解できる。

 被告人は、公務員でなくても、現市長が行った受託収賄罪の共同正犯になる(刑法65条1項が適用され、非身分者にも身分犯の共同正犯が成立する)。

 かりに、本件を事前収賄罪の問題であると解すると、現市長が落選した場合、不成立となる。被告人も無罪である。

抽象的職務権限の変更と賄賂罪の成否(最決昭和58・3・25刑集37巻2号170頁)

【事実の概要】

 兵庫県職員Aは、昭和50年3月末まで同県建築部建築振興課宅建業係長であったが、同年4月から建築部総務課課長補佐に任命されると同時に、同県住宅供給公社に出向となり、同後者開発部兼開発課長についた。被告人は、兵庫県知事から宅地建物取引業の免許を受けて会社を営む代表取締役であるとともに、社団法人兵庫県宅地建物取引業協会の常務理事兼総務委員長であり、同協会の生田支部長であったが、昭和50年7月頃、かつてAから同協会の指導育成ならびに同協会生田支部所属の宅地建物取引業者に対する指導監督などに便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨で、Aに対して現金50 万円を供与した。

 第1審、控訴審ともに、被告人に贈賄罪の成立を認めた。これに対して、Aが一般的職務権限においても、まったく別異な校舎職員に転じた後になされた現金授受には贈賄罪は成立しないと述べて上告した。

【争点】

 贈賄罪・収賄罪は、一定の職務に従事している公務員にわいろを贈る、わいろを受ける行為である。その成立には、職務に関連してわいろが授受されていることが必要であるが、その職務はわいろを授受するときに従事している職務を指すのか。そうであるならば、ある部署から他の部署へ配転された後に、かつての部署にいた時の職務に関してわいろを授受しても、わいろ罪の成立は否定されることになる。

 本件では、最高裁は、公務員が配転・出向などによって一般的職務権限の異なる部署に移っても、公務員である以上、収賄罪・贈賄罪が成立すると判断した。

【裁判所の判断】

 贈賄罪は、公務員に対し、その職務に関し賄賂を供与することによって成立するものであり、公務員が一般的職務権限を異にする他の職務に転じた後に前の職務に関して賄賂を供与した場合であっても、右供与の当時受供与者が公務員である以上、贈賄罪が成立するものと解すべきである。

 被告人は、Aに対して、兵庫県建築部建築振興課宅建業係長としての職務に関して現金50万円を供与した。供与した当時、Aは兵庫県住宅供給公社に出向し、以前とは一般的職務権限の異なる兵庫県住宅共有公社開発部参事兼開発課長としての職務に従事していた。そうであっても、Aが兵庫県職員(兵庫県建築部総務課課長補佐)としての身分を有し、同公社の職員は地方住宅供給公社法20条により公務員とみなされるのであるから、被告人には贈賄罪が成立するという原判断は妥当である。

【解説】

 105の事案は、警視庁に所属する警察官が配属外の部署の職務に関連して賄賂を収受した場合でも、警視庁の警察官としての職務関連性を認めた。この判断が、一般的職務権限の異なる職務であっても、被告人の職務との関連性を認めたのかどうかは明らかではないが、本件では、それを正面から認めている。ただし、それは兵庫県という自治体の範囲に限定されていることに注意すべきである。

あっせん収賄罪の成否(最決平成15・1・14刑集57巻1号1頁)

【事実の概要】

 A会社らは、埼玉県内の公共事業を受注する建設会社であった。A社らは、埼玉県内に支店を設けていた。A社らの営業責任者は、「B会」という会を組織していた。公正取引委員会は、その会員らが私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反の事実があるとして調査を続けていた。A社の代表取締役副社長の職にあった被告人Xは、公取委がA社等を同法違反で告発することを回避しようと企てた。平成4年1月、議員会館において、元建設省事務官であり与党の「独禁法に関する特別調査会」会長代理を務める衆議院議員の被告人Yに対し、公取委が告発しないよう公取委委員長Cに働きかけてもらいたい旨のあっせん方を請託し、こ れを承諾したYに対し、その報酬として現金1000万円を供与した。Yは、Xから、前記あっせん方の請託を受けてこれを承諾し、同現金の供与を受けた。その後、YはCに対して告発の見送りを強く申し入れたが、Cはこれを拒絶した。同年5月、公取委は、証拠不十分のため不告発とし、B会の会員に対し、独禁法3条違反を理由として、排除勧告をおこなった。

 第1審・控訴審は、被告人X・Yに対して、あっせん贈収賄罪の成立を認めた。これに対して、両被告人が上告した。

【争点】

 あっせん収賄罪とは、公務員が請託を受けて、他の公務員に職務上不正な行為をさせるように、または相当の行為をさせないようにあっせんすることの報酬として、またはあっせんしたことの報酬としてわいろを収受するなどの行為である。

 公取委委員長Cは、A社らを告発するか否かを判断する職務を行う。そのCがXからわいろを受ければ、受託収賄罪が成立する。しかし、わいろを受け取ったのはYであり、Yは告発の職務に従事していない。したがって、受託収賄罪は成立しない。ただし、独禁法に関する特別調査会の会長代理であるので、Cに対して影響を行使できる立場にある。

 あっせん収賄罪とは、Yのような影響力を行使できる立場にある者がCに対してあっせんすることの報酬としてXからわいろを受け取る行為である。受託収賄罪は成立しないが、あっせん収賄罪で処罰される。

【裁判所の判断】

 独禁法73条1項は、公取委は、同法違反があると思料するときは検事総長に告発しなければならないと定め、同法96条1項は、同法89条から91条までの罪は、同委員会の告発を待って、これを論ずると定めているところ、公務員が、請託を受けて、公取委がどう法違反の疑いをもって調査中の審査事件について、同委員会の委員長に 対し、これを告発しないよう働き掛けることは、同委員会の裁量判断に不当な影響を及ぼし、適正に抗しされるべき同委員会の告発及び調査に関する権限の行使をゆがめようとするものであるから、平成7年法律第91号による改正前の刑法197条ノ4にいう「職務上相当ノ行為ヲ為サザラシム可ク」あっせんすることに当たると解すべきである。

 衆議院議員が請託を受けて公取委の告発を見送るよう申し入れたことは、「他の公務員に相当の行為をさせないようあっせんした」ことに該当する。

【解説】

 あっせん収賄罪は、受託収賄罪として処罰されない「すきま」を埋める役割を果たしている。ただし、YがCに働きかけることができても、それが「あっせん」にあたるかどうかの判断基準が不明確である。

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