刑事判例資料を法学部生にもわかりやすく解説「フォト・コピーの文章性 通称の扱い 補助公務員の権限 事実証明書の意義etc.」

フォト・コピーの文書性(最判昭和51・4・30刑集30巻3号453頁)

【事実の概要】
 行政書士である被告人は、供託金の供託を証明する文書として行使する目的をもって、地方法務局の供託官Aが作成したA名義の真正な供託金受領書から、供託官の記名印および公印押捺部分を切り取り、虚偽の供託事実を記入した供託書用紙の下方に接続させて、これを電子複写機で複写する方法によって、あたかも真正な供託資金受領書の写しであるかのような外観を呈する写真コピーを作成し、それを公務所に提出または交付した。被告人は、公文書偽造罪、同行使罪で起訴された。

 第1審は、本件写真コピーは被告人作成名義の私文書であるとして、公文書偽造罪、同行使罪の成立を否定した。控訴審においても、検察官の控訴を棄却して、原審の判断を維持した。その理由は、写真コピーは、原本と同視し得る証明力ないし社会的機能と効用を有するとはいえない、コピーはコピーであって、原本ではないからである。一見して複写機により複写した写しであることが明らかなコピーは原本ではなく、それは原本の作成名義人の意思内容を表示するものではない。作成名義人の意思内容を直接表示するものは、原本だけである。ゆえに、本件写真コピーは、被告人が勝手に作成した内容虚偽の私文書である。

 これに対して、検察官が上告した。なお、供託金とは、法令の規定により法務局などの供託所に供託された金銭を指す。特に、選挙において立候補者が供託する金銭(選挙供託)がその典型である。

【争点】
 公文書偽造罪は、公文書を偽造・変造する行為を処罰する。公文書の偽造とは、公文書を作成する権限のない者が公文書のような外観の文書を作成することである。その文書に記載された事項が内容的に真実であっても、作成権限のない者が作成している以上、公文書の「偽造」にあたる。つまり、偽造とは作成権限のない者が文書を作成する行為である。
 これに対して、変造とは、作成権限のある者が虚偽内容の公文書を作成することである。作成権限のある者が作成しているが、内容的に虚偽なので罪になる。

 偽造される公文書は、原本である(コピーではない)ことが多い。例えば、公務員でない者が、公務所に侵入し、公文書の用紙を窃取して持ち帰り、それに記入して公文書を作成した場合、その内容が真実であっても(虚偽であっても)、そのような行為は、作成権限のない者による公文書の作成(偽造)であり、公文書偽造罪で処罰される。これに対して、作成権限のある公務員が、虚偽内容の公文書を作成(変造)した場合、作成権限を有する者が作成しているので、虚偽内容である場合に限って公文書変造罪が成立する。

【裁判所の判断】
 公文書偽造罪は、公文書に対する公共的信用を保護法益とし、公文書が証明手段として持つ社会的機能を保護し、社会生活の安全を図ろうとするものであるから、公文書偽造罪の客体となる文書は、これを原本たる公文書そのものに限る根拠はなく、たとえ原本の写しであっても、原本と同一の意思内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものと認められる限り、これに含まれると解するのが相当である。

【解説】
 作成権限のない者が作成した公文書や、たとえ作成権限のある公務員が作成した公文書であっても、虚偽内容の公文書が世間に出回ると、社会に流通している公文書が果たして真正なものなのか、真実が記載されているのかと疑われ、公文書の信用性がそこなわれ、社会生活の安定が害される。とくに原本に用いられる専用の用紙が用いられている場合、公文書の信用性がそこなわれることは明らかである。コピーの場合はどうかというと、コピーは一見してコピーであることがわかる。そのようなコピー文書を提出しても、「原本を持ってきてください」と断られることがある。そうであれば、公文書を改ざんし、そのコピーを作成しても、それは公文書偽造罪にはならない。しかし、コピーされた文書が提出された場合、それを受け取った人は、その原本が存在すると信用してしまうこともある。例えば、戸籍謄本がそうである。原本は一通しかないので、役所に提出するときは、その写しを出すのが一般的である。そして、戸籍謄本の写しには「これは写しである」ことを証明する署名と押印がおされている。このような場合、コピーは原本と同等の社会的通用力があり、原本文書と同様に扱われる。「たとえ原本の写しであっても、原本と同一の意思内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものと認められる限り、(公文書のコピーもまた)これ(公文書)に含まれると解するのが相当である」という最高裁の判断は、この意味において理解することができる。

事実証明に関する文書の意義(最決平成6・11・29刑集48巻7号453頁)

【事実の概要】
 私立大学の職員であった被告人と原審(控訴審)相被告人Aは、平成某年の同大学の入学試験に際し、替え玉受験を企て、原々審(第1審)被告人Bらと共謀のうえ、現役の大学生らに、同大学への入学を希望する志願者に替わって受験させ、原審相被告人にあっては合計21回(受験者延べ7名)、被告人にあっては合計60回(受験者延べ20名)にわたり、志願者作成名義の同大学入学試験解答案を偽造し、これを試験監督に提出して行使した。被告人、被告人A、被告人Bは、私文書偽造罪、同行使罪で起訴された。

 第1審は、私文書偽造罪、同行使罪を認め、被告人Bに懲役1年6月執行猶予5年、被告人Aに懲役1年6月、被告人に懲役2年を言い渡した。これに対して被告人Aと被告人が控訴したが、控訴は棄却された。さらに被告人が上告した。

【争点】
 私文書偽造罪(刑法159条1項)における文書とは、文字(漢字、かな、アルファベット)または文字に代わる符号(○、×、1、2、3)などを用いて、ある程度永続すべき状態において、物体(用紙など)の上に記載された意思または観念の表示であり、社会生活上の交渉を有する時効を証明するに足りる文書であると定義されている。
 例えば、購入申込用紙に、「購入希望のガスコンロの名前は、「アンゼン君」で、商品番号は『AXP-01』である」と表示した場合、それは購入者の意思内容を表示した契約書=私文書である。社会生活は一人で送るのではなく、相手方(ガスコンロの販売会社)がいる。その相手方と交流・交渉するにあたって、口頭(音声)だけで意思を表示すると、正確さを欠く。後で「言った、言わなかった」、「聞いた、聞かなかった」 と問題になるので、相手方に伝えるべき事実関係を文書として作成することが望ましい。契約書とは、そういうものである。したがって、文書とは購入希望のガスコンロの名前と番号に関する「事実証明に関する文書」であると定義される。

 本件では、私立大学の入学試験答案の文書性が争われた。

【裁判所の判断】
 大学入試選抜試験の答案は、試験問題に対し、志願者が正解と判断した内容を所定の用紙の解答蘭に記載する文書であり、それ自体で志願者の学力が明らかになるものではないが、それが採点されて、その結果が志願者の学力を示す資料となり、これを基に合否の判定が行われ、合格の判定を受けた志願者が入学を許可されるのであるから、志願者の学力の証明に関するものであって、「社会生活に交渉を有する事項」を証明する文書である。したがって、本件答案が刑法159条1項にいう事実証明に関する文書にあたるとした原判断は、正当である。

【解説】
 被告人が、本件事案を上告して争ったのは、私立大学の入学試験答案は私文書ではないと解したからである。
 大学に入学するためには、入学試験を受け、それに合格しなければならない。その試験は、一般に学力の有無と程度を調査・判定する試験であり、試験の答案は受験者の学力の有無と程度を証明する文書であると解されている。
 しかし、本当にそうか。入学試験は、出された問題について正解を認識しているかどうかだけを調査・判定するだけであって、受験者の学力の全体を判定するものではない。したがって、それは受験者の学力が有るか無いか、その程度有るのかという事実を証明する文書ではないように思われる。
 しかし、大学試験で問われているのは、受験者の学力の有無や程度ではなく、出題された問題について正解を認識しているかどうかの事実である。その事実が一定程度数値化されることで、上位者から入学が許可されることになっている。その意味において、受験者と大学の間において社会生活に交渉を有する事項を証明する文書であるといえる。

089偽造の意義(大阪地判平成8・7・8判タ960号293頁)

【事実の概要】
 被告人は、金融会社の無人店舗に設置された自動契約受付機を悪用し、他人に成りすまして融資金入出用カードを騙し取ろうと企て、大阪府公安委員会の記名、公印のある被告人の運転免許証の上に、甲野一郎の運転免許証の写しから氏名、生年月日、本籍・国籍、住所、交付の各欄および免許証番号欄の一部を切り取って、これを該当箇所に重なるようにして置き、上からメンディングテープを全体に貼り付けて固定し、運転免許証様の書面を作成した。

 次いで、A金融会社の無人店舗内において、同所備え付けの借入申込書用紙および極度借入基本契約書用紙の各氏名欄に「甲野一郎」などと記載し、引き続き同所に設置された自動契約受付機のイメージスキャナーに、被告人が作成した上記運転免許証様の書面、上記借入申込書および極度借入基本契約書を順次読み取らせ、同スキャナーと回線で接続された同社a支店設置の画面にこれを表示させるなどして、対応した同支店係員に各書面を提示した。被告人は、上記運転免許証様の書面の作成と提示に関して、有印公文書偽造罪、同行使罪で起訴された。

【争点】
 偽造とは、文書の作成権限を持たない者が、真正に作成された文書であると誤解させるに足りる形式・外観を備えた文書を作成することである。精密に作成され、誰が見ても真正(本物)であると見間違える文書であれば、それは「偽造」された文書である。しかし、よく見ると、真正ではない(偽物)であるとわかる文書であれば、「偽造」文書とはいえない。偽造か、それとも偽造でないか。それを区別する基準は何か。それを判断するにあたって、どのような事柄を踏まえる必要があるか。

 本件では、運転免許証の偽造が問題になったが、その偽造の有無を判断するにあたって、運転免許証それ自体だけでなく、その使用・利用方法などをも勘案すべきことが示された。

【裁判所の判断】
 文書偽造罪における「偽造」といえるためには、当該文書が一般人をして真正に作成された文書であると誤解させるに足りる程度の形 式・外観を備えていることが必要である。……ここで、当該文書の形式・外観が、一般人をして真正に作成された文書であると誤認させるに足りる程度であるか否かを判断するにあたっては、当該文書の客観的形状のみならず、当該文書の種類・性質や社会における機能、そこから想定される文書の行使の形態等をも併せて考慮しなければならない。……本件各運転免許証についてみるに、……これを直接手に取ってみれば、……誰にでも改ざんされたものであることは容易に見破られるものであるとみる余地がないではないが、電子機器を通しての提示・使用も含め、運転免許証について通常予想される前述のような様々な行使の太陽を考えてみると、一応形式は整っている上、表面がメンディングテープで一様に 覆われており、真上から見る限りでは、表面の切り貼り等も必ずしもすぐに気づくとはいえないのであって、そうすると、このようなものであっても、一般人をして真正に作成された文書であると誤認させるに足りる程度であると認められる。

【解説】
 文書を手にもって、どこから眺めても、本物と思えるようなものである場合、それが偽造された文書であることに異論はないであろう。しかし、その文書を見れば、偽物であることがわかるにもかかわらず、その使い方、呈示の方法などいかんによっては、偽造文書として扱われる場合がある。本判決は、そのように偽造の有無について判断基準を示した。

補助公務員の作成権限(最判昭和51・5・6刑集30巻4号591頁)

【事実の概要】
 市役所市民課調査係長の被告人は、自己および保証人の印鑑証明書を作成して行使するために、長作成名義の被告人本人宛ておよび義父宛ての印鑑証明書を作成したが、申請書を提出して手数料を支払うという正規の手続を経ずに作成した。

 同市役所では、印鑑証明書の作成・発行は、市の事務決済規程によれ ば、市民課長の専決事項であり、作成発行は市民課市民係が分掌していたが、実際には市民課長が一日分の申請書を一括して決済し、慣行上も被告人を含む市民課員全員がその事務を採る権限を有していた。また、作成された印鑑証明書は、正規の申請があった場合には、当然に交付されるはずのものであった。

 第1審は、被告人は、本来の権限を持つ者の承諾があるか、または承諾が当然に予想されるような状況のもとで、正規の手続により作成されたものではないので、そうである以上、被告人の行為は、印鑑証明書作成事務を正当に分担し援助して行った行為であるということはできないので、公文書偽造罪の成立を免れることはできないと判断した。これに対して、被告人が控訴した。

 控訴審は、一般には市民課の課員全員に、印鑑証明書の作成事務をとる権限があったが、被告人は、申請手続をはじめ正規の手続を履行せず、かつ専ら自己の住宅新築資金を得るために、自己の立場を利用して作成したのであって、権限の濫用というべきであるから、公文書偽造罪の成立は免れないと判断した。行われた行為。これに対して、被告人が上告した。

【争点】
 公文書の偽造とは、作成権限を持たない者が「公文書」を作成することである。内容的に真実が記載されている場合、それは真正な文書であると理解されてしまうが、作成権限を持たない者には作成することができないものなので、偽造にあたる。

 例えば、住民票は申請者あてに「市長」の名義で発行される。住民票を作成する権限を有しているのは市長だからである。しかし、実際の事務作業では、市民課住民票係の職員が、申請者からの申請を受けて、市長名義の住民票を作成し、申請者に交付する。そこには市長は関与していない。それにもかかわらず、その住民票は市長によって作成された申請な住民票である。それはなぜかというと、正規の手続が形式化され、作成を補助する職員(補助公務員)が直接作成することが許可されることによって、作成権限者の市長の関与が省略されているからである。つまり、市長名義の文書を市長自身が作成するのではなく、市長がその作成事務を保護する公務員に対して、作成の事務の一部または全部を行うことを許可し、かつそれを委託しているからである。

 本件では、被告人は市役所の「市民課調査係長」であった。同市役所では、印鑑証明書の作成発行は、市の事務決済規程によれ ば、「市民課長」の専決事項であり、作成発行は「市民課市民係」が分掌していたが、実際には市民課長が一日分の申請書を一括して決済し、慣行上も「被告人を含む市民課員全員」がその事務を採る権限を有していた。また、作成された印鑑証明書は、正規の申請があった場合には、当然に交付されるはずのものであった。

 事務決済規程に基づくと、印鑑証明の作成発行は、市民課長の決済事項であり、作成発行は市民課長の指示に基づいて市民課のなかでも市民係の職員が行うことになっている。しかし、実際の作成発行は規程どおりに行われておらず、市民課長が申請書を一括して決済し、それを市民課の市民係だけでなく、課員全員で行われていた。そのなかには市民課調査係の係長の被告人も含まれていた。

【裁判所の判断】
 公文書偽造罪における偽造とは、公文書の作成名義人以外の者が、権限なしに、その名義を用いて公文書を作成することを意味する。そして、右の作成権限は、作成名義人の決済を待たずに自らの判断で公文書を作成することが一般的に許されていない代決者ばかりでなく、一定の手続を経由するなどの特定の条件のもとにおいて公文書を作成することが許されている補助者も、その内容の正確性を確保することなど、その者への授権を基礎づける一定の基本的な条件に従う限度において、これを有しているものということができる。

 被告人が正規の手続によらないで作成した点において権限の濫用があるとしても、そのことを理由に内部規律違反の責任を問われることがあっても、公文書の偽造の責任が問われることはない。

【解説】
本件の事案では、印鑑証明書の作成発行の手続は、申請者が証明書の発行を正規の手続に基づいて申請し、市民係がそれを受理し、市民課長のところに持っていき、市民課長がその日の夕方頃に一括して決済し、被告人を含む市民課の課員全員に呼び掛けて、印鑑証明を作成し、翌日以降に発行するというものであった。このような手続を踏まえた場合には、市民課課員全員が市長の印鑑証明書作成事務を補助することが許されていた。被告人は、この手続を省略して、自分で印鑑証明書を作成した。これは内部規程とその慣行に違反する。しかし、その違反の責任は規程に基づいて問われるべきものであって、公文書偽造の責任とは異なる。

虚偽公文書作成罪の間接正犯(最判昭和32・10・4刑集11巻10号2464頁)

【事案の概要】
 被告人は、事務所長Aのもとにおいて、住宅金融公庫からの融資を受けて建築される住宅の審査などに関する文書の起案等の職務を担当していた。

 被告人は、行使の目的をもって、まだ建築工事に着工していないBの住宅の現場審査申請書に「建築完了」の旨の虚偽の記載をして、申請書を起案して、これをAに提出した。

 情を知らないAは、記載の通り建築が完了したものと誤信し、記名、捺印させて、虚偽内容の現場審査合格書を作成した。

【争点】
 公文書の偽造とは、作成権限を持たない者が公文書を作成する行為である(有形偽造)。たとえその内容に虚偽がなくても、公文書の偽造にあたる。

 これに対して、作成権限を持つ者が内容的に虚偽の公文書を作成した(無形偽造)場合はどうなるか。それは虚偽公文書作成罪として処罰される。

 虚偽公文書作成罪の成立要件は、当該文書を作成する権限を有する公務員(構成的身分)が、内容虚偽の公文書を作成し、その際に内容の虚偽性を認識していることを要する。公文書の作成は、作成権限のある公務員とその事務を補助する公務員によって、職務上の上下関係と信頼関係に基づいて行なわれる。それゆえ、補助公務員が公文書の申請書に内容虚偽の事項を故意に記載することは基本的にはなく、かりにそれがあっても、作成権限を有する公務員はそれを見抜くことは困難である。

 Aは、自ら作成する公文書の内容が虚偽であることを知らずに、その公文書を作成した。その行為は客観的に虚偽公文書作成罪の構成要件に該当し、違法である。しかし、Aはその虚偽性を認識していなかった。その認識は虚偽公文書作成罪の故意とはいえない。従って、虚偽公文書作成罪は成立しない。

 被告人は、事情を知らないAを利用して、虚偽の公文書を作成させた。その行為は、虚偽公文書作成罪の間接正犯にあたるか。

【裁判所の判断】
 刑法156条の虚偽公文書作成罪は、公文書の作成権限者たる公務員を主体とする身分犯であるが、作成権限者たる公務員の職務を補佐して公文書の起案を担当する職員が、その地位を利用し行使の目的をもってその職務上起案を担当する文書につき内容虚偽のものを起案し、これを情を知らない右上司に提出上司をして右起案文書の内容を真実なものと誤信して署名若しくは記名、捺印せしめ、もって内容虚偽の公文書を作らせた場合の如きも、なお、虚偽公文書作成罪の間接正犯の成立あるものと解すべきである。

【解説】
 本件の事案は、いくつかの理論問題が複合的に重なり合っている。
 虚偽公文書作成罪(156条)は、公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書を作成する行為である。文書は、公務員が作成権限を有する文書であるので、その範囲は限定されていない。

 当該文書を作成する権限のある公務員によって行われる犯罪であるので、構成的身分犯・真正身分犯である。本件の事案では、被告人は文書作成権限のある公務員Aを補佐して、公文書の起案を担当する者であったので、本罪の身分を有する者である。被告人は、Aを欺いて虚偽公文書を作成させたので、Aの行為は客観的に虚偽公文書作成罪の構成要件に該当し違法であるが、その故意はないので、無罪であるが、被告人は故意にAを利用して虚偽公文書作成罪の構成要件に該当する違法な行為を行わせているので、虚偽公文書作成罪の間接正犯にあたる(自ら作成した場合は、虚偽公文書作成罪の(直接)正犯にあたる)。

 かりに被告人以外の者(一般人)が、Aを欺いて虚偽公文書を作成させた場合はどうなるか。一般人は、被告人のように文書作成権限のある公務員Aを補佐して、公文書の起案を担当する者ではないので、本罪の身分を有しない。そうすると、虚偽公文書作成罪の「間接正犯」ではなく、その教唆にあたるのか。教唆は、一般に人をそそのかして、犯罪の実行を決意させて、実行させることなので、Aに虚偽公文書作成罪の実行を決意させていないので、教唆にはあたらない。虚偽公文書作成罪の間接正犯にも、その教唆犯にもあたらない。

 ただし、公文書のなかでも、登記簿や戸籍簿などの公正証書については、その作成権限者を欺いて、内容虚偽の公正証書を作成させた場合には、公正証書原本不実記載罪(157条)が成立する。それは「不実の記載をさせる」という行為が構成要件的行為なので、不実の記載をさせた一般人が正犯である。

代表名義の冒用と私文書偽造罪(最決昭和45・9・4刑集24巻10号1319頁)

【事実の概要】
被告人Xは、学校法人の理事会において理事長に選任されず、また当日の理事会記録を作成する権限が付与されなかったにもかかわず、行使の目的をもって、理事会がXを理事長に選任したとする理事会議事録を作成し、「理事会議事録署名人X」と記し、Xの印を押した。

 第1審および控訴審は、Xが、理事会議事録の作成について権限がなかったにもかかわらず、「理事会議事録」についての「署名人」の資格を冒用し、「理事会議事録署名人」を名義人とする「理事会決議録」と題する文書を作成したので、有印私文書偽造罪(刑法159条1項)が成立すると判断した。

【争点】
 刑法159条は私文書偽造等の罪を規定している。
 1他人の有印もしくは署名を使用して、権利、義務もしくは事実証明に関する文書などの「偽造」
  偽造した他人の有印もしくは署名を使用して、上記文書などの「偽造」
 2他人が押印・署名した上記文書の「変造」
 3前2項に規定するもののほか、(有印・押印・署名のない)上記文書の「偽造」または「変造」

 他人の有印・署名のある文書の場合には1項の罪が、他人の押印・署名のある文書の場合には2項の罪が、それ以外は3項の罪が成立する。

 被告人が役員を務めていた学校法人の理事会の議事録は、「理事会議事録」と題する文書であり、その名義人は「理事会」となっていた。被告人Xは、「理事会決議録」と題する文書を作成し、名義人を「理事会議事録署名人」とした。

【裁判所の判断】
 他人の代表者または代理人として文書を作成する権限のない者が、他人を代表しもしくは代理すべき資格、または、普通人をして他人を代表もしくは代理するものと誤信させるに足りるような資格を表示して作成した文書は、その文書によって表示された意識内容にもとづく効果が、代表もしくは代理された本人に帰属する形式のものであるから、その名義人は、代表もしくは代理された本人であると解するのが相当である。

【解説】
 被告人は、学校法人の議事録を作成する権限がなかったにもかかわらず、そのような文書を作成した。それは問題のある行為である。ただし、学校法人の議事録は私文書であり、それは刑法では有印私文書、押印私文書、それ以外の私文書と区別されて規定されていおり、それぞれ法定刑も異なる。

 学校法人の議事録は、「理事会議事録」と題する文書であった。その名義人は「理事会」となっていた。被告人が、そのような「理事会議事録」という題の文書を「理事会」の名義で作成し、それに理事会の印を押したなら、それは159条1項の罪が成立する。

 しかし、被告人が作成した文書の題は「理事会決議録」であり、その名義人は「理事会議事録署名人X」であり、Xの印が押された。この行為は、「理事会議事録」という題の文書を「理事会」の名義で作成した行為といえるか。

 最高裁は、本件の文書の名義人は「理事会」であって、「理事会議事録署名人」ではないので、また押された印も「理事会」の印ではなく、Xの印であったので、159条1項の文書としての有印性は認められないとした。従って、その有印性を要件としない3項の罪にあたると判断した。

通称の使用と人格の同一性(最判昭和59・2・17刑集38巻3号336頁)

【事実の概要】
 被告人は、日本統治下の済州島で生まれ、昭和24年10月ころに日本に密入国し、本名Aによる外国人登録をしないまま居住していた。
 昭和25年ころ実兄により、「B」の名義で、被告人の写真が添付された外国人登録証明書を受け取った。
 昭和53年3月、再入国許可を取得して、北朝鮮に出国し、再び日本に再入国しようとして、「B」と署名した再入国許可申請書を作成し、大阪入国管理事務所に提出した。
 この行為について、有印私文書偽造、同行使罪にあたるとして起訴された。

 第1審は、有印私文書偽造、同行使罪につき無罪を言い渡した。被告人は、日常的にBという名称を用いて生活し、それは限られた範囲にとどまらず、社会生活上一般に通用していた。従って、「B」という名称は、社会生活上一般に通用していた被告人の通称名であるので、被告人が「B」という通称名で再入国許可申請書を作成しても、その名義人「B」と作成者である被告人の人格的同一性には祖語は生じていない。

 検察官が控訴し、控訴審は、「B」という名称が一般の社会生活において被告人を指しあらわすものとして定着し、他人との混同を称するおそれがないほど高度の特定識別機能を十分に果たしているので、有印私文書偽造、同行使罪は成立しないと判断した。

 これに対して検察官が上告した。

【争点】
 被告人Aが、Bの名義で私文書を作成した場合、文書の作成者は「A」、その名義人は「B」作成者と名義人の人格の同一性は一致しているか、それとも一致していないか(齟齬が生じているか)。このような一般的な問いに対しては、「一致していない」と答えることができる。しかし、Aが有名人であり、日常的には「B」という名称で通っており、社会生活でも「B」として通用している場合、Aが「B」の名義の私文書を作成しても、Aと「B」との人格的同一性は「一致していない」ということはできない。つまり、Aは「B」の名義で私文書を作成する権限があるので、偽造(作成権限のない者が文書を作成すること)にはあたらないのである。

 このように本名ではなく通称を使用して私文書を作成した場合の作成者と名義人の人格的同一性が問題になることがある。第1審と控訴審は、被告人が社会生活上、「B」として通っていたことを踏まえて、「B」の名義で再入国許可書を申請する文書を作成しても、私文書の偽造にはあたらないと判断した。

 これに対して、最高裁は一転して偽造を認めた。それはなぜか。

【裁判所の判断】
 以上の事実関係を背景に、被告人は、原認定のとおり、再入国の許可を取得しようとして、本件再入国許可申請書をB名義で作成、行使したというのであるが、前述した再入国許可申請書の性質にも照らすと、本件文書に表示されたBの氏名から認識される人格は適用に本邦に在留することを許されているBであって、密入国し、なんらの在留資格をも有しない被告人とは別の人格であることが明らかであるから、そこに本件作成の名義人と作成者との人格の同一性に齟齬(そご・不一致)を生じているというべきである。したがって、被告人は、本邦再入国許可申請書の作成名義を偽り、他人の名義でこれを作成、行使したものであり、その所為は私文書偽造、同行使罪にあたると解するのが相当である。

【解説】
 本名ではなく、通称で文書を作成しても、作成者と名義人の人的的同一性に齟齬は生じず、偽造にあたらない場合がある。判例もそれを一般的に認めている。ただし、人格的同一性の齟齬の有無は、通称が社会生活において、どの程度広く通用しているかということだけで判断されるものではない。そもそも、その通称を用いているのが作成者だけであり、その通称を名乗っている人物が他に存在しないという事実が前提である。「鈴木栄治」という人は、「森田健作」という名前で社会生活を送り、千葉県知事としての公務にもついている。同じ名前の「森田健作さん」が他に実在しているかもしれないが、鈴木栄治が通称名として用いる「森田健作」は、実在する「森田健作さん」ではなく、鈴木栄治を指し示している。それが前提である。

 本件の事案では、被告人とは別に「B」という人物が実在している。しかも、その「B」は被告人の兄を介して外国人登録証の交付を受け、被告人はその登録証を受け取っている。その登録証の名義人は「B」であり、被告人ではない。たとえ、被告人が「B」という通称で社会生活を送っていても、通称の「B」は、登録証の「B」ではない。

 北朝鮮に入国・出国後、日本に再入国することが認められるのは、日本において外国人登録を済ませ、再入国を許可された者だけである。その再入国許可申請省の性質にも照らすと、申請書に表示された「B」の氏名から認識される人格は、外国人登録を済ませた適用に本邦に在留することを許されているBであって、「B」という通称で生活している被告人ではない。従って、被告人が「B」という通称で生活を送っている実態があっても、外国人登録証の「B」の名義で文書を作成することは、名義人と作成者との人格の同一性に齟齬(そご・不一致)を生じさせているといえる。

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