殺人 暴行 障害罪が成立するには?刑法の答案の書き方をご紹介

事例

 甲女は、インターネットの出会い系サイトでAと知り合い、Aに妻子があるのを知りながら、交際を始めた。その後、Aが家族の存在を理由に、付き合いを避けるようになった。甲女は、Aの家族を疎ましく思い、Aの娘Cの下校途中を待ち伏せ、嫌がらせのために、こぶし大の石を投げつけた。しかし、石はCの傍らを通り過ぎ、あたらなかった。そこで、甲女は、Cに近づき、その頭をつかみ、持っていたはさみで相当数の頭髪を根元から切り落とした。それでもまだ足りず、甲女は、Aの妻Bだけが在宅する時間帯に、A宅に約3000回の無言電話をかけ続けた。その結果、Bはノイローゼに陥り、重度のうつ病となった。

甲女の罪責は?

 このような問題が暴行罪や傷害罪の成否を問う標準的な問題である。6行の文章という短い問題であるが、何が問われているのか、どのように答えればよいのか、正解にたどり着くのは容易ではない。しかし、「答え」は「問い」の中にある。問題を読み、その中から論点を抽出して、答える努力と訓練を繰り返せば、考え方と解き方を身につけることがでできる。

 考え方の基本は、被告人の甲女がどのような行為を行ったのかを整理することから始まる。甲は何を行ったのか。甲は、

1 Aの娘Cの下校途中を待ち伏せ、嫌がらせのために、こぶし大の石を投げつけた。しかし、石はCの傍らを通り過ぎ、あたらなかった。

2 Cに近づき、その頭をつかみ、持っていたはさみで相当数の頭髪を根元から切り落とした。

3 Aの妻Bだけが在宅する時間帯に、A宅に約3000回の無言電話をかけ続け、Bをノイローゼに陥らせ、重度のうつ病にさせた。

 さらに純化すると、

1 Cにこぶし大の石を投げたが、あたらなかった。

2 Cの相当数の頭髪をはさみで切り落とした。

3 無言電話をかけて、Bをノイローゼに陥らせ、重度のうつ病にさせた。

 甲は3個の行為を行った。それぞれがどのような犯罪に該当するかを順に検討することが解き方の基本になる。刑法総論では、論点は構成要件論、違法論、責任論などの犯罪成立要件に対応して出題される傾向がある。例えば、構成要件論では、不作為が作為犯構成要件に該当するか否か、行為(作為・不作為)と結果の間に因果関係が認められるか否か、違法性論、特に違法性阻却論では、正当防衛などの論点として、予期された侵害に乗じて積極的に害を加える意思で行為を行った(急迫性の有無)、急迫不正の侵害の事実を認識せずに行為を行った(防衛の意思の有無)などが問われる。責任論では、錯誤や原因において自由な行為の理論などが争点となる。各論で問題になるのは、被告人の行為が暴行にあたるのか(構成要件該当性の問題)などの要件の問題である。そのため、総論の問題の解き方とはやや異なる。

 では、実際に解いてみよう。まずは、1の行為について、甲は嫌がらせのためにCにこぶし大の石を投げたが、あたらなかった。Cはけがすることはなかった。その限りで言えば、傷害罪の成立は否定されるであろう。しかし、傷害罪の成立は否定されても、その前段階の行為である暴行罪が成立する余地はある。こぶし大の石を投げつけられれば、人はヒヤッとするであろうし、嫌悪感を抱くであろう。このような実害が生じているので、石を投げる行為は暴行罪として処罰する必要性があるといえる。しかし、問題はそれを理論的にどのように論証するかである。それが解き方の最も重要な点である。

 一般には、5段落にわたって論証することをお勧めする。各段落で書くべきことは、以下の通りである。

 第1段落。問題の所在を明らかにする。「甲の行為は、暴行罪に該当するか」と問題提起をする。

 第2段落。その問題に答えるためには、そもそも暴行罪とはいかなる犯罪、どのような行為が暴行罪に該当するかを明らかにする必要がある。それを明らかにするためには、暴行の概念や定義を正確に理解しておくことが求められる。

 第3段落。甲の行為が暴行の概念・定義にあてはまっているか、暴行の要件を満たしているかどうかを述べる。例えば、暴行とは人に対する有形力の行使であり、それは傷害に至る危険な行為である。甲が投げた石はCにあたらなかったので、傷害の危険性はない。それでも人に対する有形力の行使であると評価して、暴行罪の成立を認めるのは、不当に暴行罪の成立範囲を拡張することになりかねない。このように暴行罪の成立を一般的に否定する仮説を提示する。

 第4段落。その上で、一般的な仮説をくつがえし、暴行罪の成立を肯定することを論証する。第3段落において提示した一般的な仮説(暴行不成立)を第4段落においてさらに考察し、それを反証する論述(暴行成立)が答案の最も重要なポイントであるといえる。例えば、暴行罪は、「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」に成立するので、暴行は傷害に至る危険な行為として理解することできる。暴行は、人に向けられた有形力の行使であり、それが被害者の身体に接触した場合に傷害の危険性を認めることができるのは言うまでもない。では、身体的接触は暴行の不可欠の要件であるのか。つまり、身体への接触がなければ、傷害に至らないといえるのか。傷害に至る行為のなかには、例えばラジオの大音量により耳鳴りが治らなかったり、目がくらむような光によって視力が低下するなどの場合もあり、身体的接触がなければ傷害に至らないとは必ずしも言えない。このように身体への接触の有無を争点として提示して、仮説を反証することが論証として求められる。

 そして、第5段落。甲の行為が暴行罪に該当することを結論づける。その場合、暴行罪(刑法208条)と記述することをお勧めする。

どのように答案を書くか

 甲女は、インターネットの出会い系サイトでAと知り合い、Aに妻子があるのを知りながら、交際を始めた。その後、Aが家族の存在を理由に、付き合いを避けるようになった。甲女は、Aの家族を疎ましく思い、Aの娘Cの下校途中を待ち伏せ、嫌がらせのために、こぶし大の石を投げつけた。しかし、石はCの傍らを通り過ぎ、あたらなかった。そこで、甲女は、Cに近づき、その頭をつかみ、持っていたはさみで相当数の頭髪を根元から切り落とした。それでもまだ足りず、甲女は、Aの妻Bだけが在宅する時間帯に、A宅に約3000回の無言電話をかけ続けた。その結果、Bはノイローゼに陥り、重度のうつ病となった。

 甲女の罪責を論じなさい。

 論点

(1)「暴行」とはいかなる意味か。「傷害」との違いは何か。

(2)有形力が人の身体に接触してなくても「暴行」にあたるか?

(3)無形的方法によって惹き起こされた生理的機能障害も「傷害」にあたるか?

 答案構成の例

(1)甲がCに対して石を投げつけた行為について

1 甲がCに石を投げた行為は暴行(刑法208条)にあたるか?

2 暴行とは「人の身体に対する有形力の行使」であり、「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」に成立すると規定されている。甲が投げた石がCの身体に当たり、傷害するに至っていれば傷害罪が成立し、傷害するに至らなかったときは暴行罪にとどまる。

3 暴行は、暴行したが、傷害に至らなかった場合に成立するとはいっても、暴行にも様々な態様と程度があるので、人の身体に有形力を行使し、傷害に至らなかった場合の全てを暴行とするのは暴行の成立を広げるものであり、その範囲を限定する必要がある。人に対して有形力を行使し、傷害に至らなかった場合に暴行として処罰されるのは、傷害に至らなかったからではなく、傷害に至る危険性があったからである。つまり、暴行は傷害の危険が生じ、傷害が未遂に終わった場合に成立すると解すべきである。

4 では、本件のように甲が投げた石がCの身体に接触しなかった場合でも「暴行」にあたるか。それは傷害に至る危険性があったか否かを実質的に評価することによって判断される。人に対して行使された有形力が身体に接触した場合に傷害に至る危険性があり、暴行罪の成立を認めることができるが、身体に接触しなくても、その危険が認められれば、暴行の成立を認める余地はあると思われる。本件で甲がCに投げた石はこぶし大の大きさであり、それがCの傍らを通り過ぎた事実を踏まえると、Cは恐怖感や嫌悪感を覚えるなどし、命中し負傷する危険性は大きかったといえる。本件の投石のような身体接触を伴わない投石であって暴行にあたる。

5 以上から、甲には暴行罪(刑法208条)が成立すると判断できる。

(2)甲がCの相当数の頭髪を根元から切り落とした行為について

1 甲がCの相当数の頭髪を根元から切り落とした行為は傷害(刑法204条)にあたるか。それとも暴行(刑208条)にとどまるのか。

2 刑法では傷害について「身体の傷害」(刑法204条)と規定しているだけで、その意味は必ずしも明らかではないため、解釈に委ねられている。

3 傷害をもって、人の身体の完全性の毀損と理解も可能であるが、身体の完全性の毀損を伴わない生理的機能の障害という意味において理解することもできる。本件の事案では、甲はCの相当数の頭髪を切り落とすなどした。存在した頭髪が失われたことからいえば、それは身体の完全性の毀損にあたる。

4 しかし、それを根元から切り落としても、それは再び生えてくるので、頭髪の自然増毛の機能が侵害されたわけではない。頭髪の増毛機能に障害が及ばない程度の身体の完全性の毀損は暴行として扱えば足りる。

5 以上から、甲には暴行罪(刑法208条)が成立するにとどまる。

(3)甲がA宅に約3千回の無言電話をかけ、Bを重度のうつ病にした行為について

1 甲がBだけが在宅するA宅に無言電話を3千回かけ、Bを重度のうつ病にした行為は傷害にあたるか

2 傷害(刑法204条)の意義を生理的機能障害と捉えると、うつ病は自然に治るのは困難な病気であり、その回復には医師の診断・治療が必要である。他人をうつ病にしたことは生理的機能障害であり、傷害にあたると言えそうである。

3 しかし、傷害は一般に人の身体に対する有形力の行使から生ずるものと考えられるので、本件の無言電話のような無形的方法によって果たして生理的機能障害が生ずるものなのか、また生じたとしても、それを傷害として扱うことができるのか。

4 刑法204条は傷害につき「人の身体を傷害した」と規定し、生理的機能障害である傷害を惹起する方法については有形的方法に限るとは明示していない。そうすると、そこに無形的方法も含まれると解する余地があるといえる。甲の約3千回の無言電話により、Bにうつ病が発生したことから、それは傷害にあたるといえる。ただし、甲には無言電話を行っている認識はあっても、それによってうつ病が発生すること、さらにそれが傷害にあたることを認識していたといえるか。つまり、傷害罪の故意があったといえるか。数回の無言電話であれば「嫌がらせ」程度の認識しかなく、うつ病を発生させる認識まではなかったと思われるが、約3千回の無言電話をかけ続けたことから、Bに対して何らかの精神的不安や恐怖、それに起因する心的ストレスなどを発生させる認識は、少なくともその未必の認識はあったと思われる。そうすると、甲には傷害の故意があったといえる。

5以上から、甲には傷害罪(刑法204条)が成立する。

(4)甲には、Cに対する2件の暴行罪(刑法208条)とBに対する傷害罪(刑法204条)が成立する。

 Cに対する2件の暴行罪は包括一罪の関係にたち、それとBに対する傷害罪は併合罪(刑法45条前段)の関係に立つ。

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