WWⅡで有名なドイツ将軍一覧 ヒトラーの意見に反対し自決を迫られた者など理不尽な死を遂げている者が多い

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ハインツ・グデーリアン

ヒトラーの後押しでドイツ陸軍の機械化ば進めた装甲部隊の立役者
対仏戦・対ソ戦で活躍するけどモスクワとウクライナとゆう戦略目標の先度ば巡ってヒトラーと対立
そん後は戦況悪化もあって罷免しゃれて閑職へ
ヒトラー暗殺計画後のごたごたで参謀総長に選ばれたけど実権はほぼ与えられなかった模様
最終階級は上級大将

エーベルハルト・フォン・マッケンゼン

騎兵将校上がりで装甲部隊には懐疑的やったけどポーランド侵攻での戦車部隊の活躍を見て考えを改める
ソビエト相手に戦った後、1943年にイタリア戦線に派遣されるけど、イタリア見捨ててソビエトに全力注ぐべきとヒトラーに進言したらキレられて罷免された
最終階級は上級大将 

エヴァルト・フォン・クライスト

クライスト家はドイツの名門でご先祖には元帥もいたエリート
この人も騎兵出身で戦車には懐疑的で、対仏戦で猛スピードで進軍する部下のグデーリアンに停止命令出して喧嘩になったりしてる
その後は戦車の価値を認めて対ソ戦では装甲部隊を率いて活躍したけど戦況悪化してるからクリミア半島捨てるべきとヒトラーに進言したらキレられて左遷された
親ナチってわけでは無かったけど反ヒトラー運動には軍人としての矜持から参加しなかった漢
最終階級は元帥 

エーリヒ・フォン・マンシュタイン

エーリヒはマンシュタイン家の養子で、実のパッパはレヴィンスキー砲兵大将(ちな十男)
せやからレヴィンスキーとマンシュタインの二重姓になった
陸大出のエリートで年下のグデーリアンは同期
この人の戦歴で有名なのは所謂「後手からの一撃」
要所ハリコフをソビエトに奪われてヒトラーにさっさと奪還せいやとせっつかれるも、ソビエトの補給が伸びきったところを挟撃して大勝利を挙げた
その後も機動防御を駆使して劣勢のソビエト戦線を支えたけど、ヒトラーには一回奪った領土を奪われ続けている現状は耐えられず
「おまえは退却してばっかりだな」
とキレられ
「お前が無理な作戦たてて補給も行動の自由もよこさなかったのが悪いんじゃ(意訳)」
とキレ返したことで罷免された
最終階級は元帥 

エルヴィン・ロンメル

第一次大戦にも従軍してプール・ル・メリート章というすげー勲章をもらった有能
戦後は歩兵教官に就任したが、その時に執筆した教本はドイツ国内でベストセラーを達成
それを読んだヒトラーは感銘を受けて(あと平民出身な事もあって)ヒトラーに気に入られる
当初は歩兵将校で戦車に関心なかったんやがポーランド戦を視察した事で戦車の可能性に気付いて自分も戦車を率いたいとヒトラーに直訴
許されて第七装甲師団長に任命された。その後のフランス侵攻や北アフリカ戦線での活躍は著明
補給軽視など毀誉褒貶ある人物やが名将である事は疑いない
その後はフランス方面で防衛線構築を指揮するけど上官と意見の不一致もあり十分な防備は整えられなかった。
1944年に乗ってた自動車が英軍の航空機に機銃掃射を受けて負傷し入院。折悪くこの時にヒトラー暗殺未遂事件が発生。
容疑者からロンメル関与をほのめかす発言があったことでヒトラーに疑われ自決を迫られた
ロンメルが実際関与したかは微妙なとこだけど、自身の名誉を護るために服毒自殺を遂げた
最終階級は元帥

ギュンター・フォン・クルーゲ

対ポーランド、フランス、ソビエトと主要な戦いに参戦した歴戦の将軍。第一次大戦にも参謀として従軍
対ソ戦では第4軍司令官だったが、指揮系統上は部下にあたる第2装甲集団を率いるグデーリアンと事あるごとに対立。
貴族出身のクルーゲはプライドが高くって独断専行の気のあったグデーリアンとがそりが合わなかった
その後もグデーリアンとは作戦を巡って決闘騒ぎを起こしてヒトラーに止められるなど険悪な関係が続く
クルーゲの意向がグデーリアンの左遷に繋がった面もあってグデーリアンマンセーの強い日本ではやや不人気
ただモスクワ正面の戦線を一定期間維持したことは評価されるべき
その最後は、連合軍の空襲に遭遇して音信不通となった事が「あいつ独断で連合相手に降伏交渉してるぞ!」
とヒトラーによって疑われ、服毒自殺の道を選んだ
最終階級は元帥 

フェドーア・フォン・ボック

「キュストリンの聖火」のソウルネームを持つ軍人家系出身の将軍
対ソ戦では中央軍集団司令官という重職にあって序盤の躍進に貢献
ところが冬の到来までにモスクワを陥落させることが出来ず、ソビエトの冬季反攻に直面
その後は戦況の悪化やヒトラーの退却禁止命令が重なって心労が増えた事で体調を崩して司令職を罷免される
しばらくベルリンで養生した後、南方軍集団司令に任命されるも作戦実行に手間取った事で再度罷免されるも戦争のストレスからは解放された模様
その最後は終戦数日前にソ連の攻勢から逃れるべく自動車で移動中に英軍に爆撃されて家族諸共死亡というもの
最終階級は元帥 

ヘルマン・ホト

歩兵畑出身だが、ポーランド侵攻やフランス侵攻といった実戦で機動戦を学んだ実務肌の将軍
人望もあったらしく、ヒトラーから罷免されかけた際にはマンシュタインが掛け合ってしばらくしたら司令官として復帰させると約束を取り付けた(なお復帰はされなかった模様)
最終階級は上級大将 

ゲルト・フォン・ルントシュテット

騎兵将校の家系に生まれ、絵画、音楽、演劇、語学と多彩な才能を示し、執務中にミステリ小説を部下に隠れて読むなど茶目っ気もあった(部下は薄々感づいてた)
更には陸大に進学し最難関の参謀過程を修了するなど、秀才っぷりを発揮
対ソ戦では南方軍集団司令官として従軍。ソビエトの冬季攻勢に備え戦線を縮小すべきと提案するも、案の定ヒトラーの不興を買って罷免。
その後は西方総軍司令に任じられるも、連合の西部戦線での反撃が行われると、もはや勝ち目は薄いと考えヒトラーに講和を促し、やはり怒りを買って罷免。
この時既に69歳のおじいちゃんだったが、退任直前にロンメルに

「破滅の前に軍を退けて幸運。もう司令官にはならない」

と語る。ところが後任のクルーゲが前述の通り自決するとヒトラーオーナーの指示でまさかの再登板
さらには劣勢の西部戦線で反撃作戦を実施するよう命令を受けると、現状の戦力では無理と規模の縮小を提案するも聞き入れられなかった
やむなく実行に移したアルデンヌ攻勢は予想通り大した戦果を挙げられず、激怒したヒトラーにより三度目の罷免。
こうしてルントシュテットはようやく軍役の終わりを迎えることが出来た

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