連合赤軍のメンバーを詳しく紹介 連合赤軍山岳リンチのやばい死亡理由も紹介

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あさま山荘事件

1中 青砥幹雄

赤軍出身
赤軍時代は森の秘書役?だった
森から度々注意を受けていたが暴力の対象にはならなかった
医学部出身
植垣康博と同じ大学出身
実は赤軍時代に喧嘩してナイフと爆弾を持ち出してまさに
一触即発の事態になったことがある 

加藤倫教

坂口弘たちと同じ革命出身
この人の兄が山岳ベース事件で最初に殴られた
その時は永田洋子に殴るよう命じられて泣く泣く殴った
兄の死後脱走を考えたが永田洋子になだめられて逃げられなかった
存命人物で当時のことを綴った書籍「連合赤軍少年A」を出版した 

遊 坂東國男

赤軍出身
森の腹心で、一番信頼していた人物
赤軍時代は森たち幹部の命令と
それに対する植垣康博たちの不満の板挟みになっていたらしい
その頃の彼について植垣は「面白い関西芸人みたいな人」とか思っていたとのこと
けど連合赤軍結成後は、自ら「冷酷な殺○マシン」と称するほど
森の暴力的な命令に服従していた
森がいないところでは代わりとなって連合赤軍メンバーに命令を出していた
射撃の名手で、あさま山荘事件では100メートル以上離れた場所にいる
機動隊員を狙撃して負傷させた
逮捕されるが、クアラルンプール事件で日本赤軍から
「坂東國男や坂口弘ら過激派左翼メンバーを釈放させろ」という要求があったため
釈放される。
その後、アラブで取材を受けた際の話が「永田洋子さんへの手紙」として出版された

森恒夫

赤軍最高幹部
革命左派メンバーが交番を襲撃して死傷者が出た際は、
「死をも恐れない勇敢な行動に感動した」として
革命左派に興味をもつ

1971年3月ごろから頻繁に坂口弘、永田洋子たちと面会するようになり、
その年の12月、革命左派との共同軍事訓練後に「連合赤軍」結成を宣言する
総括=暴力の理論を打ち出したが、その根拠が
「学生時代に剣道で頭を叩かれ気絶したが、目が覚めた時は別人のような
晴れやかな気持ちになった。革命や共産主義への意識が薄い人物を
自分と同じように殴って気絶させれば、共産主義化を受け入れられる」
という何とも馬鹿げたものだったが
これについて誰も疑問を持たず、「革命を実現するためには仕方がない」と
賛成した(というか、反対したメンバーは総括にかけられて死に至った)

あさま山荘事件前後には坂口弘らとは別行動をとっていたため
事件発生時にはすでに逮捕されていた
逮捕される時警官と戦ったが、その時一緒にいた永田洋子は
「今までとは別人のような弱気な態度だった」とのこと
1973年1月1日、初公判の日の朝に首吊り自殺
逮捕後、「自己批判書」という山岳ベース事件についての経緯を記した本を書いている 

永田洋子

革命左派最高指導者で坂口弘の妻
とにかく我が強く、革命左派の最高指導者となってからは
自分の我儘を無理矢理通すことがよくあった
赤軍の最高指導者である森とのコンビはまさに(悪い意味で)噛み合いまくり、
森に追従する形で暴力を容認し、森が批判する相手を同じように批判していった
特に美人女性に対しての摘発は(本人こそ否定しているが)彼女が主導した
自分と似たような存在と考えた遠山(赤軍出身女性)、
美人だった革命左派の女性メンバー2人(植垣康博の恋人と、吉野雅邦の妻)を
死に追いやった
時に遠山に対しての追求は尋常じゃないほど非道いもので、
森に命じられて自分の顔を自分で殴ってボロボロになった遠山に
「あなたの綺麗な顔がこんなになった」
などと言って鏡で顔を見るよう命令したり、
「あんたは偉い奴とばっかり交際してたのね」と貶したりとまさに畜生だった
逮捕されてからは「自分たちの共産主義への理論構築が不十分でこうなった」と供述してたが、
が、他の連合赤軍メンバーは「明らかに永田洋子の異様な嫉妬心も要因の一つ」と
彼女を非難した
2011年2月に病死
著書に「16の墓標上・下・続」がある
ちなみにこれ読んだけど自分も被害者みたいな書き方がしてあって二度と読みたくない 

植垣康博

赤軍出身
1971年に起きた、赤軍メンバーの銀行強盗「M作戦」の実行役
高校時代に陸上やったり山登りしたり、物理学が得意で大工仕事もできる、
料理もうまい、イケメンというハイスペック
連合赤軍になってからは革命左派のO・Sという女性と恋仲になるが、
そのきっかけが「隣り合って寝ていたO・Sにキスしたり胸を揉もうとした」と
いうものだった
このへんは山本直樹作の「レッド(連合赤軍メンバーの行動・事件をモデルにした漫画)」で
描かれている
O・Sが総括にかけられて「植垣も総括しろ!」と追求されたが、
植垣がいないと大工仕事が捗らないからあまり無理な追求をかけられず、
そうこうしている間にO・Sが凍死したりで結局殴られたり縛られたりはなかった
90年代に出所してからは喫茶店「バロン」を営む傍ら、
山岳ベース事件など連合赤軍に関わる事件を伝えていく役目を担っている
ちなみにバロンとは植垣の赤軍時代のあだ名
著書に「兵士たちの連合赤軍」などがあり、メディアにも度々登場する
この人の本は客観的に書かれていて結構読みやすいから、当時の一連の出来事を知るにはオススメ
NHKドキュメンタリーでの「死ぬことよりも、卑怯な奴と思わるのが嫌だった」
「O・Sさんを助らけるだけの理論が当時の私には無かった」という言葉が印象的 

坂口弘

革命左派幹部で永田洋子の夫
革命左派の指導者だった川島豪の教えを強く引き継いでいたが
永田洋子がそれをあまり好かず、森も川島豪は駄目だという考えだったため、
連合赤軍結成時には川島豪との決別を無理矢理宣言させられた
暴力第一の森と森こそが絶対という永田とは違い
暴力で総括を援助するという考えに疑問を持っており、
永田に打ち明けて暴力をやめさせようとしたが否定された

森と永田が上京した時は坂東國男と共にメンバーを指揮し、
さつき山荘に立てこもった後、警官の包囲網を突破してたどり着いたのがあさま山荘だった
「13名もの死者を出した総括も、その原因だった森と永田がいなくなって終わった。
これからは徹底的に警察と戦うぞ」と機動隊と必死の攻防を繰り広げたが2月28日に逮捕される

クアラルンプール事件で坂東國男と共に釈放要求されたが、
「もはや武力闘争を志す時代ではない」と拒否した
裁判では死刑が確定している
著書に「あさま山荘1972上・下・続」と、
死刑確定後に短歌を詠むようになりそれをまとめた「常しへの道」がある

吉野雅邦

革命左派幹部
銃砲店から銃を盗んだり逃げ出した革命左派メンバーを処刑したりと
永田と坂口の命令を忠実に実行しており、その功績から指導部に任命された
ただし、連合赤軍結成後は幹部といいながら席次は末席で
言いたいことも言えない実質的には非指導部メンバーだった
妻にK・Mという同じく革命左派の女性がいたが、彼女が吉野の子を妊娠した状態で
山岳ベースに来てしまったのが悲劇の始まり
「私は吉野君に付き添って今まで行動してきました。これから一人でも行動できるよう
吉野君と離婚します。」と宣言したのを、「離婚すればいいということではない!」と
永田に問題視される。
身重だったため小屋の中で過ごすことが多いのは当たり前だったが、これを
森と永田は「主婦気取りだ!」などと言いがかりをつけるようになり、
1月下旬にK・Mは総括のためとして縛られてしまう。
この頃吉野は新しいベース造りで別の場所にいたため彼女を擁護できなかった
本人曰く、この頃になると「もうK・Mに足を引っ張られたくない。離婚します。」と
宣言するなど、彼女に対しての愛情がなくなっていた。
K・Mが死ぬ前夜にミルクを与えるように森に指示されたが、「自分は総括できていることを示すため」
としてミルクを与えなかった。
翌日K・Mは死んでしまい「生涯の悔いとして残った」と悔やんでいる。 

吉野雅邦の自著はないが、彼の親友であり、K・Mの親友でもあった出版社勤めの大泉康雄が
彼らとの交流の日々から裁判での供述、事件後の親族とのやり取りをまとめた
「氷の城」と「あさま山荘銃撃戦の深層」がある
この2つの本で印象的なところは、
K・Mは山岳ベース入り直前に大泉に会っていたこと。
その際、K・Mは「ヤスくん(大泉のアダ名)、私達のやってることどう思う?馬鹿げてるのかな?」と問いかけたが
大泉はなんと答えたか憶えていないという。
この事実を知った吉野は後年大泉に対して、「その時K・Mを大泉が抱いていれば、彼女は助かったかもしれない」
と語った。(←これはレッドの巻末コラムに記載あり)

吉野は坂口と同様(森や永田と比べれば)そこまで危険な人物ではなく、あさま山荘に籠城した際
母親が「お母さんが撃てますか!?」と呼びかけるのを見ておれず、母親の乗る装甲車に向けて発砲した。
これは無論「撃てる」という意思表示ではなく「危ないから下がっててくれ」という意味合いのものであり、
その時の彼は涙ぐんでいたと坂口が自著に記している。

吉野は現在、無期懲役で服役中 

加藤元久

革命左派出身
事件当時16歳
山岳ベースで長兄が殴られた際、元久も泣きながら殴った。
長兄が力尽きた際は「こんなことやったって、今まで誰も助からなかったじゃないか!」
と叫んで山岳ベースを飛び出すが、結局戻ってきて永田になだめられた。
この発言は総括にかけられるような危険なものだったが、森や永田は彼を咎めることはなかった。
その後は問題視されるような行動はなく、むしろ坂口や永田に保護される

ような立場にあった。
あさま山荘事件では見張り役をしていたが、これは未成年者である元久に銃撃させてはいけない
という坂口の配慮があった。
しかし山岳ベースでの生活による疲れからか見張り役も十分にできなかったらしく、
彼がいる部屋に機動隊が催涙弾を投げ込んだことに気付かず眠り続け、
様子を見に来た坂口がビックリして「お前なにやってんだ!」と催涙弾に水をかけて消火した。 

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連合赤軍山岳リンチ被害者 


・尾崎充男(享年22)  
  「ちり紙をとってくれ」と言ったことを永田に問題視され殺害された 
・進藤隆三郎(享年22) 
  ハンサムな男で、女性をオルグする役割を持ったが森から「遅れている」と暴行を受け死亡 
・小嶋和子 (享年22) 
  恋人だった加藤能敬とキスしているところを永田に見られ怒りを買う。死亡 
・加藤能敬(享年22) 
  小嶋和子とキスしているところを永田に見られ死亡 
・遠山美枝子(享年25) 
  髪を伸ばしていること、鏡を見ていたこと、化粧をしていたことなどで永田からうらみ買う 
・行方正時(享年22) 
  坊ちゃん育ちのため、森に目をつけられた 
・寺岡恒一(享年24) 
  「森や永田がこけたら、俺がリーダーになる」「俺は初めから風船ババア(永田)が大嫌いだったんだ。 
   お前らがリーダーなんてちゃんちゃらおかしいや!」と発言したことで粛清される 
・山崎順(享年21) 
  森から「女性をめぐるトラブルが絶えず、組織から脱落しよう」としたとされ、死刑を宣告された 
・山本順一(享年28) 
  2ヶ月だった長女頼良(ライラ)ちゃんは愛知県の父親が引き取り育てた。現在40歳、子供が3人 
・大槻節子(享年24) 
  かなりの美人だったが、暴行を受け永田に髪を刈られて殺される 
・金子みちよ(享年24) 
  永田の嫉妬から妊娠8ヶ月で殺害される 
・山田孝(享年27) 
  森とはうまく噛み合うことはなく、人民裁判にかけられ死亡 
・加藤能敬(享年22) 
  小嶋和子とキスしているところを永田に見られ死亡

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