航空機事故 パイロットが自殺を決意し、乗員乗客を道連れにした事件一覧

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ウラジーミル・セルコフ ー セヴェルヌィ空港事件(1976年) 

 1976年9月26日の早朝、ウラジーミル・セルコフはロシア、ノヴォシビルスクにあるセヴェルヌィ空港から無許可のままAn-2を離陸させた。 
しばらくは超低空を旋回していたが、やがてそのままアパートへ突っ込んだ。機体は3階と4階の階段近くに激突し、60cmほどの穴を開けている。セルコフが死んだことはもちろん、これによる火災でさらに4名が亡くなっている。 

 実はこのアパートには元妻と子供が暮らしており、この犯行が彼女たちの命を狙ったものであることは間違いない。しかし、犯行当時、幸いにも2人は家を留守にしていた。 

ブライアン・J・ヘッジリン ー セント・ジョージ地方空港事件(2012年) 

 2012年、元恋人の殺害容疑で捜索中だったブライアン・J・ヘッジリンは、スカイウェスト航空の飛行機を盗み出した。当時40歳の彼は、ユタ州セント・ジョージ地方空港の滑走路にあった機体を動かし、その後機内で頭を撃ち抜いて自殺した。

ヨーネス・カヤティ(Younes Khayati) ー ロイヤル・エア・モロッコ630便(1994年)

ヨーネス・カヤティは失恋を苦にして1994年8月21日に自殺を図り、43名を道連れにした。フライト当日、沈んだ様子を見せてたが、事件を食い止めることはできなかった。ボイスレコーダーには「助けて、助けて! 機長が…」という副操縦士の最後の悲鳴が録音されていた。 

日本航空350便(1982年) 

1982年、当時35歳だった日本航空350便の機長はDC8型機を逆噴射させ、機体を墜落させた。これによって乗員174名のうち、24名が犠牲となっている。 

 機長はコクピットで叫ぶなど、異常な状態にあったと伝えられており、意図的に4基あるうちの2基のエンジンを逆噴射させ、自殺を図った。 
異変に気付いた航空機関士と副操縦士が回避行動に努めるが、そのまま滑走路から300m離れた東京湾の浅瀬に墜落した。機長自身は一番最初に救出され、生き残っている。 

クリス・ファツウェ ー エア・ボツワナ事件(1999年) 

 自殺を図ったクリス・ファツウェが機体もろとも墜落したのは1999年10月11日のことだ。 
乗客を乗せぬままサー・セレツェ・カーマ空港を離陸したファツウェは、2時間あまり旋回を続け、管制塔へ向けて「死ぬつもりだ」と無線を送った。 

 ファツウェはボツワナの副大統領イアン・カーマとの会話を要求し、さらに会社経営陣に対する遺恨を晴らすべくエア・ボツワナのオフィスビルに飛行機を突っ込ませると脅迫した。 
管制塔からビルには大勢の人がいると説得されると、空港のアスファルトへ向けて突っ込んだ。 

ツ・ウェン・ミン ー シルクエアー185便(1997年) 

 1997年12月19日午後3時23分、インドネシアのジャカルタをシルクエアー185便がシンガポールへ向けて飛び立った。晴れ渡ったスマトラ島上空で巡航高度約11kmまで達したが、突然機首を下げ、地表へ目掛け急降下を始めた。 
104名が犠牲となったこの事件の墜落の衝撃は凄まじく、機体の残骸は最大でも3mほどしかなかった。

エルミニオ・ドスサントス・フェルナンデス ー LAMモザンビーク航空470便(2013年) 

 アンドレアス・ルビッツの悲劇の2年前、不気味な類似点を見せる事件がモザンビークで発生していた。機長エルミニオ・ドスサントス・フェルナンデスが自動操縦システムを改ざんし、33名の命が失われたのだ。 

 2013年11月29日にアンゴラへ向けて離陸した470便のコクピットには、フェルナンデスが1人で閉じこもり、高度12kmに設定された自動操縦システムを180mに変更した。 
また、エアブレーキのデータからは手動でスポイラーが展開され、記録が途絶えるその瞬間まで維持されたことが判明している。パイロットの動機は依然として謎に包まれたままだ。

ガミル・エル・バトウティ ー エジプト航空990便(1999年) 

 1999年10月31日に発生し、218人が犠牲となったエジプト航空990便の事件については、エジプト政府と米政府との間に見解の相違が見られる。 
米政府側はパイロットによる意図的な墜落と発表しているが、エジプト政府は機械的な故障が原因としている。 

 ガミル・エル・バトウティが単身操縦を受け持つと、間もなく機体は40度の急降下を始めた。墜落した機体から回収されたボイスレコーダーによれば、コクピットへ戻った機長がエンジン停止から機体を守ろうとするが、 
これをバトウティが邪魔していたようだ。また、エンジンを停止する前、「運命を神に委ねる」というバトウティの声らしきものが数度録音されていた。 

 米国家運輸安全委員会は自殺と結論したが、ある航空ジャーナリストは以下のように記している。「彼らはピラミッド的な官僚機構の上層部に回答するという政治的な目的を追求していた。この言葉は上層部、 
おそらくはムバラク大統領から伝えられたもので、副操縦士のバトウティができたはずがない。エジプトの捜査当局は真実の究明はやめ、秘匿することにしたのだ。」  

アンドレアス・ルビッツ ー ジャーマンウィングス9525便(2015年) 

2015年3月24日に起きたばかりの事件だ。乗客144名と搭乗員6名を乗せたデュッセルドルフ行き9525便がバルセロナから離陸したのは午前10時1分のこと。 
10時31分に巡航高度から降下を始め、40分に高度約2kmの地点でフランスのレーダーから消失した。 

 高度約12kmに設定されていた自動操縦システムは、内部の何者かによって30mに変更されており、副操縦士アンドレアス・ルビッツ(27)の名が浮上した。 
ボイスレコーダーからは、ルビッツが機長に対しトイレに行くよう勧め、コクピットから締め出したらしいことが判明している。 

 大きな音の後、「後生だから、ドアを開けてくれ!」と機長の叫び声が聞こえ、再度斧か何かでドアを開けようとするかのような音が響く。 
しかし、飛行機の降下は止まらず、「地上が迫る。操縦桿を引け」と自動警報が鳴る。 
「このドアを開けやがれ!」と機長が叫び続ける中、乗客の悲鳴が響いた。 

 ルビッツの動機はまだ不明だが、当局の調査によって、彼が自分の病気を隠していたことが判明している。また、視力が低下し、パイロットのライセンスを剥奪されるのではないかと悩んでいたことも明らかとなっている。 
診断書には、ルビッツには過去に自殺傾向があり、ライセンスの取得前に心理療法を受けていたと記載されていた。

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