戦前から昭和前半における少年犯罪を多数紹介 猟銃で撃ち殺したり、放火を楽しんだりしていた時代

ランキング,リストアップ

  1. 昭和9年(1934).12.6〔中1(満12~13歳)連続通り魔が女性27人を切る〕
  2. 昭和24年(1949).11.12〔16歳(満14~15歳)ら2人組が野球の口論で友人殺害〕 
  3. 昭和26年(1951).1.6〔高1が夜の男を刺殺〕 
  4. 昭和26年(1951).9.13〔中2が母親を殺人未遂〕 
  5. 昭和13年(1938).1.14〔18歳(満16~17歳)が墓を暴いて女性の死体を弄ぶ〕 
  6. 昭和3年(1928).6.17〔小4(満10~11歳)が友人を刺殺〕 
  7. 昭和2年(1927).3.9〔9歳(満7~8歳)が妹銃殺〕 
  8. 昭和3年(1928).6.23〔小1(満6歳)ら2人が幼女に硫酸あびせる〕 
  9. 昭和2年(1927).12.1〔12歳女子(満10~11歳)がおもしろいから放火〕 
  10. 19歳(満17~18歳)が主人一家と同僚16人皆殺し〕 
  11. 昭和2年(1927).10.26〔中5ら100人が学校で暴れ窓ガラス千枚割る〕 
  12. 昭和3年(1928).10.6〔小4クラス全員が女教師に暴行〕 
  13. 昭和2年(1927).2.19〔幼児(満3~4歳)が友人殺害〕 
  14. 昭和4年(1929).2.23〔12歳(満10~11歳)が女子を猟銃で射殺〕 
  15. 昭和4年(1929).2.19〔9歳(満7~8歳)が6歳を猟銃で射殺〕 
  16. 昭和10年(1935).1.17〔20歳(満18~19歳)ら6人組不良グループ「猫団」〕 
  17. 昭和2年(1927).6.25〔19歳(満17~18歳)がなまけ者と云われて父親斬り殺す〕 
  18. 昭和2年(1927).11.7〔慶応大学生多数が早慶戦に勝ってカフェーで暴れる〕 
  19. 昭和4年(1929).10.19〔中3(満13~14歳)が校庭で同級生刺して重体〕 
  20. 昭和2年(1927).3.15〔19歳(満17~18歳)が父親殴り殺す〕 
  21. 昭和49年(1974).3.17〔中1のウルトラ山田事件〕 
  22. 昭和13年(1938).5.31〔17歳ニートが働けと云われ父親殺人未遂〕 
  23. 昭和8年(1933).11.26〔19歳女子(満17~18歳)が盗みの弟殺害〕 
  24.  1933年1月9日、同級生立会いのもとに三原山火口で投身自殺が発覚。 

昭和9年(1934).12.6〔中1(満12~13歳)連続通り魔が女性27人を切る〕

 
 岐阜県岐阜市で夜10時前、中学1年生(14)が自転車に乗って、夜学から自転車で帰宅中の女工(17)に近づき「コンチクショウ!」と叫びながら押し倒して、ナイフで顔、首、胸などめった刺しにして重体として逃走した。 

昭和24年(1949).11.12〔16歳(満14~15歳)ら2人組が野球の口論で友人殺害〕 


 東京都中野区の自宅で、新聞配達少年(18)が殺され、友人の17歳と16歳が逮捕された。 
三人は野球仲間で「プロ野球の一番強いチームはどこか」で口論となり、犯人二人は新聞配達少年に言い負かされた。 
仕返しのために二人はナタを持って押し入り、顔などをめった打ちにして殺害したもの。 

昭和26年(1951).1.6〔高1が夜の男を刺殺〕 


 東京都世田谷区の旅館で、高校1年生(16)が男性(30)を刺し殺した。 
新宿で女装した男性を女と思いこみ一晩千円の約束で買ったが、連続3時間の性交の後に男と気づいてカッとなり、就寝中の男性の胸など10数ヶ所を所持していたナイフで滅多刺しにしたもの。 
慌てて男性のズボンを履いて逃走してしまったため逃げ切れないと考えて自首した。この年の銀行員大卒初任給3千円。 
東京地裁は懲役3年、執行猶予5年の判決。 

昭和26年(1951).9.13〔中2が母親を殺人未遂〕 


 東京都武蔵野市の自宅で、中学2年生(14)が就寝中の母親の首をカミソリで切ったうえに錐で突いて重傷を負わせて逃走、血だらけになってさまよっているを警官が見つけて逮捕した。 
2年前に学校でネコの解剖をしてから精神がおかしくなり、母親と一緒に死のうとした発作的な犯行。 

昭和13年(1938).1.14〔18歳(満16~17歳)が墓を暴いて女性の死体を弄ぶ〕 


 神奈川県高座郡で、人夫(18)が墓を暴いて女性(24)の遺体を自転車で杉林に運んだ。満月の月明かりの下、裸にして木に縛りつけて撫で回して眺めた。 
さらにナイフで腹を割いて内臓を手で掴み出して臭いを嗅いだ。墓の盛土の様子が変わっているのに気づいた遺族が掘り返して遺体が盗まれたことが発覚して無惨な姿の遺体が発見され、すぐに逮捕。 
村一番の美人で女子青年会長もしていた女性が2日前に病死したと聞いて、「あんなにきれいなキクさんの腹の中はどんなになっているんだろう」と思ったと自供。 
指紋を隠すために手袋をして遺留品を残さないように細心の注意を払っていた。友達もおらず、無口で暗い性格。 
少年の猟奇事件としてセンセーショナルに報道された。 

昭和3年(1928).6.17〔小4(満10~11歳)が友人を刺殺〕 

埼玉県北埼玉郡長野村で、小学4年生(12)が工員(14)を刺殺した。 
4人でクジ引き遊びをしていたが、「ごまかしてはダメだ」と頭を殴ったのでカッとして、所持していた工作用の切り出しナイフで脇を刺し、逃げるのを追っかけて背中から心臓を突き刺したもの。成績は良かったが凶暴性があった。 

昭和2年(1927).3.9〔9歳(満7~8歳)が妹銃殺〕 

千葉県香取郡の自宅で、長男(9)が猟銃で遊んでいて引き金を引き、妹(3)の頭を撃って死亡させた。 

昭和3年(1928).6.23〔小1(満6歳)ら2人が幼女に硫酸あびせる〕 

東京市深川区鶴歩町で、小学1年生(7,8)2人が女の子(5)を材木倉庫に連れ込み、 
1人が押さえつけて、1人が消火用にビールビンに入れて倉庫に積んでいた硫酸を身体にかけて自宅に逃走した。泣き叫ぶ声を聞いて近所の人が病院に運んだが4週間の重傷。これまでもこの女の子に何度か暴力を振るっていたが、親同士の間に人が入って示談となっていた。女の子の父親は「子どものいたづらにしては度が過ぎる」と激怒。 

昭和2年(1927).12.1〔12歳女子(満10~11歳)がおもしろいから放火〕 

兵庫県武庫郡で、女子(12)が近所の民家に放火し、火事の様子を見ながらはしゃいでいたのですぐに捕まった。数日前に酒蔵が火事になったのを見て、火事のおもしろさに夢中になったもの。 

19歳(満17~18歳)が主人一家と同僚16人皆殺し〕 

奈良県奈良市の薬局で、従業員(19)が主人一家10人と雇い人6人の皆殺しを謀り、 
朝食に塩酸モルヒネを混入して、雇い人1人が重体、残りも重傷となった。主人に疎まれるようになったため、1ヶ月前に薬を盗んで計画していた。

昭和2年(1927).10.26〔中5ら100人が学校で暴れ窓ガラス千枚割る〕 

千葉県山武郡の県立成東中学校で、5年生100人近くが教室、講堂、職員室などの窓ガラス千枚以上を割った。前日の軍事教練や教員排斥への反発で、近所の神社に集合してから、棍棒、竹刀、石などを手に、夜8時に叫びながら学校になだれ込んだもの。 
通報を受けて警官隊が急行したが引き上げたあとだった。 

昭和3年(1928).10.6〔小4クラス全員が女教師に暴行〕 

千葉県香取郡の小学校で、4年生45人が授業のため教室に入ってきた担任の女性教師を机のフタで袋叩きにして額に5センチ以上の傷と打撲傷を負わせた。日頃から厳しいことを恨んで復讐したもの。  

昭和2年(1927).2.19〔幼児(満3~4歳)が友人殺害〕 

東京府北豊島郡三河島町(現荒川区)の自宅前で、男子(5)が女の子(6)の頭を1.5メートルの竹棒で殴った。意識不明となり、運ばれた病院で死亡。友達同士で遊んでいたが、些細なことでケンカしたもの。市電乗務員の次男。 

昭和4年(1929).2.23〔12歳(満10~11歳)が女子を猟銃で射殺〕 

島根県那珂郡で、男子(12)が隣家の女子(13)と遊んでいて、女子の父親の猟銃を持ち出してふざけて撃つと弾が入っていたため頭を撃ち抜き即死した。 

昭和4年(1929).2.19〔9歳(満7~8歳)が6歳を猟銃で射殺〕 

岡山県御津郡の自宅で、9歳が隣家の6歳を射殺。母親が3時のおやつにモチを出してくれたが、焼き方が悪いとわがままを言って食べなかった。 
そこへ遊びに来た6歳が「おまえが食べねば、わしが食べてやろう」と食べ出したので怒って、 
「毒が入っているので死ぬぞ」「撃ち殺すぞ」などと脅したが、「撃ってもよい」と6歳が言い返したので、父親の猟銃で心臓を狙い撃ちしたもの。 

昭和10年(1935).1.17〔20歳(満18~19歳)ら6人組不良グループ「猫団」〕 


 東京市荒川区で、不良グループ「猫団」が逮捕された。 
親分・二代目白猫(20)と三代目三毛猫(20)などの小猫ら6人。 
カフェーで無銭飲食を繰り返し、ゆすり、たかり、ケンカなど。 
全員が右腕に猫の刺青を入れていた。 

昭和2年(1927).6.25〔19歳(満17~18歳)がなまけ者と云われて父親斬り殺す〕 


 青森県青森市の山林で、3男(19)が父親(46)の頭や首を山刀でめった斬りにして殺害、逃走したがすぐに逮捕された。 
一緒に仕事に出掛ける時に「なまけ者」と叱られたのでケンカになってカッとしたもの。 
知能が低かった。 

昭和2年(1927).11.7〔慶応大学生多数が早慶戦に勝ってカフェーで暴れる〕 

 東京市京橋区銀座で、慶応大学生多数がカフェー数軒で暴れて13人が逮捕された。早慶戦で勝って酔っぱらい、イスやテーブルを壊し、窓ガラスを割り、客を殴ったりしたもの。説教だけで釈放された。 

昭和4年(1929).10.19〔中3(満13~14歳)が校庭で同級生刺して重体〕 

東京府荏原郡大崎町(現品川区)の中学校校庭で、3年生(15)が同級生(15)の首を絞めたので所持していたナイフで心臓を刺して重体とした。仲が良く、ふざけあっていたもの。

昭和2年(1927).3.15〔19歳(満17~18歳)が父親殴り殺す〕 


 茨城県真壁郡の自宅で夜、長男(19)が就寝中の元小学校校長の父親(63)をマサカリで殴って殺害、逮捕された。 
  父親は教師時代から金貸しで莫大な資産を築いていたがケチで、長男が昨年10月から結核になっても医者にも見せず、「この肺病野郎。金ばかり使いやがって治りはしない。早く死んでしまえ」と罵倒されたので復讐したもの。 
 1.30に同じ村で19歳の父親殺しが起きており、この村にある同じ学校の前の校長でもあり、この事件に影響を受けたと自供。無期が求刑されたが、少年法により下妻裁判所は懲役5~10年の不定期刑判決。 

昭和49年(1974).3.17〔中1のウルトラ山田事件〕 


 大阪府大阪市の近鉄百貨店阿倍野店7階子供服売り場で、爆弾が爆発。 

「次の事を実行せよ われわれの要求に応じるならわれわれは第二第三と爆破及び放火計画を中止する 
 われわれの要求とは千葉兄弟を訳放せよ 要求に応じないときはわれわれに近鉄百貨店 近鉄電車が攻激目標となる 
 われわれは利益を目的としない 甘くみるな ウルトラ山田より」 

(訳放や攻激などの誤字は原文のまま。千葉兄弟とはコインロッカーを爆破して近鉄から1億円を脅し取ろうとして3.13に逮捕された44歳と31歳の犯人) 

という脅迫状が現場で発見され、また若い男から同内容の脅迫電話があった。 

 4.7には近鉄百貨店上本町店で見つかった落し物の懐中電灯を派出所で点検中に爆発し、警官6名が指を吹き飛ばされるなどのケガ。4.6には国鉄天王寺駅トイレも爆発。 

 手がかりはまったくなく迷宮入りになりそうだった9.26に、堺市の中学2年生(犯行当時13歳)を逮捕した。 
前日にこの中2生が空き巣を捕まえ、参考人として調書に押した拇印が爆弾の指紋と一致したため。 

 中2生はまったく学校に行っておらずこのような難しい字は書けないと母親は主張したが、じつはこの脅迫状は犯人の言うままに母親が代筆したものだった。 

昭和13年(1938).5.31〔17歳ニートが働けと云われ父親殺人未遂〕 


 埼玉県南埼玉郡粕壁町の自宅で、4男(満17歳)が父親(51)の胸をノミで刺し、倒れたところをさらに顔を何度も刺して重傷を負わせて逃走、すぐに逮捕された。 

小学校高等科1年で中退して父親の家具製造業の見習いとなったが、最近は仕事をせずに遊んでいるため 
「おまえのような親不孝者は死んだほうがよい。仕事をしない者は出て行け」と父と次兄(26)に叱られ2人の殺害を計画、妹(7)を負ぶって風呂から出てきたところを待ち伏せして襲い、次兄も殺そうと探したが見つからなかったもの。 
「殺し切れなかったのは残念です」と話す。無口でおとなしく、近所の評判はよかった。 

昭和8年(1933).11.26〔19歳女子(満17~18歳)が盗みの弟殺害〕 

徳島県麻植郡で、製糸女工(19)が弟(12)をタオルで絞殺した。弟が窃盗事件を起こし、一家のためと思って殺害したもの。女工は親孝行で評判だった。徳島地裁は懲役2年、執行猶予3年の判決。 

弟殺し 仕方なかった 一家のため 仕方なかった 

集団自殺も起こっている

 1933年1月9日、同級生立会いのもとに三原山火口で投身自殺が発覚。 

 1933年(昭和8年)1月と2月に実践女学校の生徒が伊豆大島の三原山火口へ投身自殺する。 
この2件とも同じ同級生が自殺に立ち会っていたことがセンセーショナルに報道され、この年だけで944人(男性804人、女性140人)が投身自殺した。  
この立会人の女生徒の事情が、高橋たか子の『誘惑者』の題材となっている。 

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