国際承認の少ない国をいくつか紹介。国として認められていない場所が世界には多く存在します

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アブハジア共和国

Abkhaziaorthographicprojection

1992年にグルジア(現ジョージア)から独立宣言

1921年にソ連がアブハジア社会主義ソビエト共和国を設置したが、1931年にグルジアSSR(※ソビエト社会主義共和国の略)内のアブハズ自治ソビエト社会主義共和国へ降格された
その後ペレストロイカの過程でグルジア人の民族主義を強めたグルジアが1992年にアブハジアの自治共和国を事実上廃止、それに反発するアブハズ人が独立を宣言し宣言直後に勃発したアブハジア戦争に独立支持勢力が勝利することでアブハジアの大多数がグルジアの実効支配下から離れた
2008年のグルジア軍の南オセチア侵攻を契機として勃発した南オセチア紛争の結果、グルジアがアブハジアの一部で有していた支配権を獲得し、ロシアによって独立が承認された

アブハジア共和国を国として承認しない国々はアブハジアをジョージアの一部(アブハジア自治共和国)として扱っている 

アブハジアを承認してる国

ロシア
ニカラグア
ベネズエラ
ナウル
シリア
(沿ドニエストル)
(南オセチア)
(アルツァフ)

ベラルーシは承認していないが独立の支持をしている

南オセチア共和国

SouthOssetiaorthographicprojection

1991年にグルジア(現ジョージア)から独立宣言

1921年にソビエト連邦がグルジアSSR内の自治州として南オセチア自治州を設置したが、ペレストロイカの過程においてグルジアはグルジア人の民族主義政策強化の一環として1990年に自治州を廃止した
これに南オセチア自治州に多く居住するオセット人は反発し、1991年のグルジア独立直前に勃発した第一次南オセチア紛争を経て独立に至る
2008年のグルジア軍による南オセチア侵攻を契機として勃発した第二次南オセチア紛争の結果、グルジアが南オセチアの一部で有していた支配権を獲得しロシアによって独立が承認された

南オセチア共和国を国として承認しない国々は南オセチアをジョージアの一部(ラチャ・レチフミおよびクヴェモ・スヴァネティ州、イメレティ州、シダ・カルトリ州、ムツヘタ・ムティアネティ州)として扱っている 

南オセチアを承認してる国

ロシア
ニカラグア
ベネズエラ
シリア
ナウル
(アブハジア)
(沿ドニエストル)
(アルツァフ)
(西サハラ)
(ドネツク)
(ルガンスク) 

沿ドニエストル共和国(トランスニストリア)

Transnistria in Europe (zoomed)

1990年にモルダビア・ソビエト社会主義共和国(現:モルドバ)から独立宣言

1924年にソビエト連邦がモルダビア自治ソビエト社会主義共和国をウクライナSSRの自治共和国として設置したが、1940年にソ連がルーマニアからベッサラビアを獲得すると新設されたモルダビアSSRの一部に組み込まれ消滅した
その後ペレストロイカの過程でモルダビア政府がモルドバ人の民族主義政策および親ルーマニア政策を強めたことに対して旧ウクライナ領のドニエストル川東岸に多く居住するロシア系住民は強く反発、沿ドニエストルSSRとしての分離を宣言、その後沿ドニエストル共和国として独立を宣言した
そして1992年に勃発したトランスニストリア戦争の勝利によって実効支配を確実なものとしている

沿ドニエストル共和国を承認していない国々はモルドバの一部(沿ドニエストル地域・ベンデル)として扱っている 

沿ドニエストル、アブハジア、南オセチア、アルツァフは相互承認の関係にあり、沿ドニエストルとアルツァフはこの中から自国を引いた三国からしか承認されていない

中華民国

Locator map of the ROC Taiwan

1912年に建国

国共内戦の過程において1949年共産党により中華人民共和国が建国され、国民党政府が中国大陸から台湾島へ撤退すると双方が唯一の正当な中国としての地位を主張する分断国家となり、1971年には国連における中国の代表権は中華人民共和国のものとされ中華民国は国連を脱退した
その後現在まで中華民国は台湾島の実効支配を維持しているが中華人民共和国は他国に対して「二つの中国」を認めず、建国以来一度も統治できていない台湾島の主権も自国に正統性があるとの方針を貫いている
国連脱退後も中華民国を承認している国家は中米やオセアニアの小国など中華民国の支援を受けている国が多く、それ以外の国々は基本的に中華人民共和国を承認している

中華民国を承認しない国々のうち、中華人民共和国と親しい国は台湾を中華人民共和国の一部(福建省・台湾省)として扱っている、一方で中華人民共和国と親しい国以外は、台湾島を「台湾」という個別の地域として、中華民国政府を「台湾地区を実効支配する政治的実体」と認識している
中華民国はそれらの国と非公式的な実務関係を有しており、事実上の大使館として機能する台北経済文化代表処を設置している 

中華民国を承認している国

キリバス
マーシャル諸島
ナウル
パラオ
ソロモン
ツバル
バチカン
エスワティニ(旧スワジランド)
ベリーズ
グアテマラ
ハイチ
ホンジュラス
ニカラグア
パラグアイ
セントクリストファー・ネイビス
セントルシア
セントビンセントグレナディーン 

サハラ・アラブ民主共和国

Sahrawi Arab Democratic Republic (orthographic projection)

1976年にスペインから独立宣言

1884年からスペインの植民地となっていた西サハラの返還運動がモロッコとモーリタニアで高まった事を受け、1975年に三者間でマドリード協定が締結されスペインは西サハラから撤退した
協定ではモロッコ、モーリタニアによる西サハラの分割統治が定められていたが独立志向の現地住民はこれを不服として1973年にアルジェリアの支援の下で独立を宣言した
独立宣言直後から西サハラ戦争が本格化し、1979年にモーリタニアは西サハラから撤退したものの
1991年の停戦を経て現在に至るまで西サハラの約7割に当る地域をモロッコが実効支配し、サハラ・アラブ民主共和国は西サハラの約3割を実効支配しているが中央政府はアルジェリアに本拠地を置いたままとなっている

サハラ・アラブ民主共和国を承認しない国々はモロッコの西サハラ領有も承認していない為、西サハラを「国際連合西サハラ住民投票ミッションが完了するまで主権帰属先が未定の地域」として扱っている 

サハラ・アラブ民主共和国
緑が承認国 黒が承認を撤回、凍結した國

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北キプロス・トルコ共和国

Northern Cyprus (orthographic projection)

1983年にキプロスから独立宣言

1960年に独立したキプロス共和国はギリシャ系住民とトルコ系住民の共存を目指していたが、キプロス紛争の過程において1974年にギリシャ軍事政権の支援を受けたギリシャ系民兵によるクーデターで政権が崩壊した
これに対し全キプロスのギリシャへの統合の可能性を恐れたトルコは「トルコ系住民保護」を名目にトルコ軍をキプロスへ侵攻させ、キプロスは北部のトルコ支配地域と南部のキプロス政府実効支配地域に分断された
1975年にトルコ支配地域はキプロス連邦トルコ人共和国を建国して連邦制によるキプロス共和国政府との再統合を目指したものの、分断以前の体制への復帰を望む共和国政府との統合交渉が決裂したことによって独立に至った

北キプロス・トルコ共和国を国として承認しない国々は北キプロスをキプロス共和国の一部(ファマグスタ地区、キレニア地区、ラルナカ地区)として扱っている 

北キプロスの承認国はトルコのみ

アルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフ共和国)

Republic of Artsakh (orthographic projection)

1991年にアゼルバイジャンから独立宣言

ナゴルノ・カラバフはロシア帝国の制圧以前からアゼルバイジャン人とアルメニア人による領土紛争の舞台となってきたが、1921年にソ連はアルメニア系住民が多く居住する同地をアゼルバイジャンSSRに帰属させる決定を下し、1923年にナゴルノ・カラバフ自治州が成立した
これに対しアルメニア人たちは度々ソ連中央政府にナゴルノ・カラバフのアルメニアSSR編入を求めていた
1985年のペレストロイカ開始後にアルメニアへの編入を求める動きはアゼルバイジャン人とアルメニア人の暴力的な衝突へと繋がり、1988年のナゴルノ・カラバフ戦争勃発に至った
ナゴルノ・カラバフ自治共和国とその周辺地域はアゼルバイジャンの独立直後に「ナゴルノ・カラバフ共和国」の独立を宣言し、1994年の停戦によって実効支配を確実なものとしている

アルツァフ共和国を承認していない国々はアゼルバイジャンの一部(14の県)として扱っている。 

ドネツク人民共和国

Donetsk Oblast (orthographic projection)

2014年にウクライナから独立宣言

同年に発生したクリミア危機、ウクライナ東部紛争の過程で親ロシア派が州議会を占領して建国を宣言した
同国が領土とするドネツィク州の一部は現在もウクライナ政府の支配が及んでいない状況にあり、政府はロシアへの編入を求めている

ドネツク人民共和国を承認していない国々はウクライナの一部(ドネツィク州)として扱っている 

ドネツク、ルガンスクの承認国はお互いと南オセチアのみ 

ルガンスク人民共和国

Lugansk People's Republic in Ukraine (de-facto) (semi-secession)

2014年にウクライナから独立宣言

ドネツク人民共和国と同じくクリミア危機、ウクライナ東部紛争の過程において親ロシア派がロシアへの編入を求めて建国を宣言した
同国は現在もルハーンシク州のおよそ半分の地域を実効支配している
なお独立宣言の同年、ドネツク人民共和国と共にノヴォロシア人民共和国連邦の結成に調印したものの現在連邦政府は凍結状態の模様

ルガンスク人民共和国を承認していない国々はウクライナの一部(ルハーンシク州)として扱っている

ドネツク、ルガンスクの承認国はお互いと南オセチアのみ 

クック諸島

Cook Islands on the globe (Polynesia centered)

2001年のニュージーランドとの共同宣言において、ニュージーランドとの自由連合関係を維持しながらクック諸島が主権独立国家として外交を行うことを宣言

元々はニュージーランドの属領の一つであったが、1965年に自治権を獲得し1973年には個別に外交を行うと宣言し、そして2001年の主権国家宣言に至った
このように、クック諸島は現時点で独立国としての性格を強めているが、現在でも軍事や外交の権利をニュージーランドが行使しているし、
クック諸島住民の国籍がニュージーランドに置かれていることから国家の構成要件である「主権」「人民」を満たしていないとして国家承認をしていない国が存在する

クック諸島を承認しない国々はクック諸島をニュージーランドの自治権を持つ一構成体として扱っている

日本、中国、フランス、ドイツ、インド、オーストラリア、スペイン、イタリア、南アフリカなどと外交関係があり、アメリカとも領事関係をもつ 

ニウエ

Niue on the globe (Polynesia centered)

1974年に内政権を獲得、ニュージーランドの自由連合国となった

主権国家宣言はなされていないが、2007年に中華人民共和国が国家承認して以降は独立国であるとする記述もされるようになった
しかし同じ自由連合の立場にあるクック諸島とは異なり先述のように主権国家宣言がされておらず、ニウエの自由連合終了権も認められていない状態にある

ニウエを承認しない国々はニウエをニュージーランドの自治権を持つ一構成体として扱っている

承認国は日本、中国、インド、ブラジル、イスラムエルなど 

コソボ共和国

2008年にセルビアから独立宣言

20世紀初頭のバルカン戦争時にアルバニアの一部として独立したが、1913年の戦後処理でセルビア王国の領土とされた
ユーゴスラビア連邦の体制下で1946年にセルビアの一部としてコソボ・メトヒヤ自治州が設置され、1974年に自治権を拡大したコソボ社会主義自治州に移行された
が、1989年に成立したミロシェヴィッチ政権はセルビア民族統一主義政策の一環として自治権を縮小したコソボ・メトヒヤ自治州へ変更した
この措置に対してこの地域に多く居住するアルバニア系住民が強く反発し、旧社会主義自治州の関係者によって1990年にコソボ共和国の建国が宣言された
そして1998年に勃発したコソボ紛争の結果ユーゴスラビアの主権下を事実上離脱、国際連合コソボ暫定行政ミッションの統治下でコソボ地位問題の解決を目指していたものの2007年に国連暫定統治終了後の地位を巡る交渉が決裂したことによって一方的な独立に至った

コソボ共和国を承認しない国々は、コソボをセルビアの一部(コソボ・メトヒヤ自治州)として扱っている

国連非加盟国ではあるが107ヶ国から承認されている 

パレスチナ国

1988年に独立宣言

1947年のパレスチナ分割決議によってイギリス委任統治領パレスチナの分割、パレスチナ人国家とユダヤ人国家の創設が定められたがパレスチナ人はこれを不服とし第一次中東戦争に至ったために実現には至らなかった
第三次中東戦争以降パレスチナの全域がイスラエルの占領下に置かれるが、1987年に発生した第1次インティファーダの過程においてパレスチナ解放機構がパレスチナの独立宣言を出し、1994年にはオスロ合意に基づいてパレスチナ自治政府が設立された
2008年のガザ紛争以降にパレスチナを国家承認する国が増加すると自治政府は2011年から「パレスチナ国」としての国連加盟を求める運動を展開し、2011年よりUNESCO加盟国、2012年より国連総会オブザーバー国として、国連に参加している

パレスチナを承認しない国々は、パレスチナ国土をパレスチナ自治区、パレスチナ政府をパレスチナ自治政府として認識し、実務関係を有している 

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パレスチナの領土 

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