日本の青少年行政と青少年活動の流れ。「フリーター ニート 引きこもり」日本の少年は昔と比べてどのように変化したか。

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  1. 青少年に対して行政の動き
    1. 1950年代
      1. ヒロポンとは?
    2. 1960年代
      1. 国レベルでは、「非行対策から健全育成へ」の転換が行われ、「問題児」中心から、一般青少年の「健全」育成に重点が移る
    3. 1970年代
      1. 国の青少年行政総合化の流れが地方にも。
    4. 1980年代
      1. 社会参加論の登場。その変形としてのボランティア活動推進論、地域社会への注目。
    5. 2000年代
      1. 生きる力。「居場所」を求める青少年。
  2. 2.青少年活動の流れ
    1. 1950年代
      1. 戦前・戦中に解体された青少年団体が次々と復活してくる。また新しい理念の青少年団体も結成されてくる。
    2. 1960年代
      1. スポーツ少年団の結成や、全国子ども会連合会の結成などとともに、団体構成員は増大。
    3. 1970年代~80年代
      1. 全国規模の青少年団体の多くは、80年代にかけて会員数のピークを迎える。
    4. 1990年代
      1. 団体の活動にかげりが見え始め、多くの団体が会員数、参加者数を減少させていく。子どもや青年の集団離れ、組織離れが指摘される。
    5. 2000年代
      1. 集団活動による社会性の開発や、対人関係能力を伸ばすこと、野外などでの冒険的な活動の機会の提供といった、全国規模の青少年団体の活動は、多く規模を縮小を迫られ、新たな活動の転換を模索している。

青少年に対して行政の動き

1950年代

  • 非行対策としての民生行政として進展
  • 犯罪・不良行為(家出・ヒロポン・売春)への対策

ヒロポンとは?

日本では、戦時の勤労状態や工場の能率向上のために使われた覚せい剤のこと。1945年(終戦後)には日本軍の保有品の ヒロポン(注射剤)などが市場に放出され、非行少年や売春婦に乱用が広まった。

  • 1953年 青少年問題協議会設置法 / 青年学級振興法(~1999年)
  • 1954年 京都市青少年問題協議会設置
  • 1957年 勤労青少年ホーム設置法
  • 1959年 国立中央青年の家開設

1960年代

国レベルでは、「非行対策から健全育成へ」の転換が行われ、「問題児」中心から、一般青少年の「健全」育成に重点が移る

  • 「すべての者に中等教育を」「期待される人間像」=労働力としての人的資源養成の方向
  • 1966年 中教審答申「後期中等教育の拡充整備について」
  • 1966年  青少年育成国民会議設立
  • 1964年 「京都市の青少年問題」(京都市民政局青少年対策事務室編)
  • 「非行が上昇の一途(粗暴化、低年齢化、集団暴力化)・・・これは戦後的現象ではない・・・市の青少年対策の重点を①青少年一般には健全育成、②消極的行政として非行防止、③勤労青少年福祉対策に置く」
  • 1968年 総理府青少年対策本部の設置
  • 国レベルでの青少年対策行政の総合化が進む

1970年代

国の青少年行政総合化の流れが地方にも。

  • 「一般行政のもとに青少年行政を集約する方向に向かわせることになる」(上杉孝實)
  • 府県・大都市:首長部局に青少年主管部局を設置する
  • 中小都市:教育委員会にとどまる
  • 町村:首長部局に担当セクションが置かれる
  • 生涯教育論の導入。
  • 60年代後半に日本に紹介された生涯教育論が、各種答申に盛り込まれ、地方に受け入れられていく。
  • 1974年 「在学青少年に対する社会教育のあり方について」(社会教育審議会答申)
  • 勤労青少年中心の施策→在学青少年への注目

1980年代

社会参加論の登場。その変形としてのボランティア活動推進論、地域社会への注目。

  • 青少年のモラトリアム、アパシーが問題とされる。
  • 1979年 「青少年と社会参加」(青少年問題審議会意見具申)
  • 80年代に「ボランティア」が行政の中に登場
  • 1986年 「21世紀に向けての青少年の健全育成」(青少年審議会答申)
  • 1990年 「生涯学習整備振興法」公布
  • 1990年代
  • 不登校(登校拒否)・引きこもりの社会問題化→行政課題化。「居場所」という概念が取り入れられる。
  • 1992年 文部省通知「登校拒否問題への対応について」
  • 「登校拒否はどの子にも起こりうる。学校を心の居場所に・・・」
  • 民間施設へ通うことでも「出席」と見なす
  • 1994年 子どもの権利条約批准
  • 1995年 阪神淡路大震災・・・“NPO元年”
  • 1997年 「神戸児童連続殺傷事件」・・・「恐るべき世代(83年生まれ)」

2000年代

生きる力。「居場所」を求める青少年。

  • センセーショナルな10代の少年(少女)や若者による事件が連続的に起こり、少年法の改正論議や、マスコミの暴露合戦、識者や「評論家」「専門家」、「素人」を巻き込んだ原因追及合戦が起こる。
  • 「フリーター」問題→「ニート」の「社会問題」化。
  • 若者の雇用問題がクローズアップされる。
  • 子ども・若者の貧困の社会問題化
  • 2001年 スクールカウンセラー配置への補助が始まる。
  • 2004年 「若者自立・挑戦プラン」
  • 「ネットカフェ“難民”」(2007年に社会問題化→国の調査へ)
  • 2004年 『ニート~フリーターでもなく失業者でもなく~』(玄田有史・曲沼美恵)
  • 2006年 地域若者サポートステーション事業(国)開始
  • 2008年 『子どもの貧困』(阿部 彩=岩波新書)
  • リーマンショックを契機として、若者の就職難、雇用の不安定化(「派遣切り」!)が社会問題化
  • 2010年 「包括的な自立支援」策の提起
  • 2010年 「子ども・若者育成支援推進法」の施行

2.青少年活動の流れ

1950年代

戦前・戦中に解体された青少年団体が次々と復活してくる。また新しい理念の青少年団体も結成されてくる。

  • 青年団/ボーイスカウト・ガールスカウト
  • 4Hクラブ/ユースホステル

1960年代

スポーツ少年団の結成や、全国子ども会連合会の結成などとともに、団体構成員は増大。

1970年代~80年代

全国規模の青少年団体の多くは、80年代にかけて会員数のピークを迎える。

  • フリースクールの登場(1985年:東京シューレ開設)

1990年代

団体の活動にかげりが見え始め、多くの団体が会員数、参加者数を減少させていく。子どもや青年の集団離れ、組織離れが指摘される。

「忍耐、団結、奉仕といった価値から日本社会全体が離れつつあった。したがって、子どもたちにとってもそれらの価値自体が色あせたものであり、・・・あえて選択するものとはなりにくかった。」

  • 田中治彦『子ども・若者の居場所の構想』2001年、P19

2000年代

集団活動による社会性の開発や、対人関係能力を伸ばすこと、野外などでの冒険的な活動の機会の提供といった、全国規模の青少年団体の活動は、多く規模を縮小を迫られ、新たな活動の転換を模索している。

  • 子どもや若者の「集団離れ」への対応として→「居場所」作りの提案と一般化
  • 自立支援の活動が生まれてくる→行政事業の「受け皿」(受託者)としてのNPO
  • 就労支援に取り組む活動(NPOを中心とする)の広がり(育て上げネット/文化学習協同ネットワーク等)
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